Fate/Prototype: Fragments of Sky Silver Vol. 1 - Little Lady
Materials
Act 1
- Fragment - Manaka ◼◼◼◼
Japanese Raw
輝くひと──
誠実で、誇り高くて。優しくて。
その笑顔は、まるで、朝の陽差しみたいに柔らかく煌きらめいて。
善を愛し、正義を信じる、優しいあなた。
争いを嫌っているのに、ひとたび剣を取れば誰より強い。
輝く剣は、世界のあらゆる邪よこしまなものを、悪なるものを、はね除ける。
──おとぎ話の王子さま。
現実に王子さまはいない。
探しても意味はない。
現実は、もっと、冷ややかで厳しいのだから。
私たちはそう言われながら育ってきた。
親に、師に。
もしくは世界そのものに。
ほら、こんなにも冷たくて、こんなにも厳しい。
世界を埋め尽くす色は黒。頑張ってもせいぜいが灰色。
王子さまも、白馬も、いない。
眩まぶしいくらいの夢と幻おとぎばなしなんて何処どこにも在りはしない。
でも、私たちは知っていた。
王子さまは、きっと、世界のどこかにいるということ。
そう、私たちは知っていた。
おとぎ話のような出来事は、世界のどこかに必ず在ると。
ええ。そう──
私たちは知っている。
輝きあなたが世界に在ることを。
運命あなたが世界に在ることを。
時に離れ、時に触れ合って。いつか、ぴたりと寄り添って。
世界の黒を引き裂きながら。
蒼あおと白しろ銀がねを纏まとって。何より眩しい、光輝く剣を手に。
──あなたは、此処ここに、来てくれる。
Fate/Prototype
蒼銀のフラグメンツ
The omnipotent girl has fallen in love―――――
Thou art a radiant person ――――
Sincere, proud.
And kind.
That smile of his sparkles softly, like the shining morning sun.
You, who art kind, believe in justice, and loves goodness.
Despite hating conflict, you’re stronger than anyone if you pick up your sword for a moment.
Your shining sword removes and eliminates those who’d become the evil, the wicked in every corner of the world.
――――You’re a prince from a fairy tale.
In reality there are no princes.
There is no meaning even in looking for them.
Because reality, is much more, cruel and harsh.
We were raised while being told as such.
By our parents, by our teachers.
Or perhaps by the world itself.
Look, at how cruel it is, at how harsh it is.
Black is the colour which permeates this world.
Its ashen colour persists to the utmost.
There are no princes, or white horses either.
There are also no such things as dazzling fairy tales anywhere.
But, we knew it.
My prince is surely, somewhere in this world.
That’s right, we knew it.
If there is something like a fairy tale like event, it is certainly somewhere in this world.
Yeah.
So――――
We know.
The brilliant you are there in this world.
You who art my destiny is there in this world.
We were separated by time, sometimes brushing each other in time.
But someday, we’ll snuggle up closely together.
While tearing apart the darkness of the world.
Clad in blue and silver.
With your shining sword that is more radiant than anything, in hand.
―――――You will come to me, here.
- Fragment - Prophecy
Japanese Raw
死者は蘇らない。
なくした物は戻らない。
いかな奇跡と言えど、
変革できるものは今を生きるものに限られる。
末世に今一度いまひとたびの救済を。
聖都の再現。
王国の受理。
徒波の彼方より、七つの首、十の王冠が顕れる。
罪深きもの。
汝の名は敵対者。
そのあらましは強欲。
その言祝ぎは冒 となって吹きすさぶ。
遍く奇跡を礎に。
此処に逆説を以て、失われた主の愛を証明せん。
There raise not the dead.
There cannot recover lost things, never again.
Even the greatest miracle can only affect the living.
In the final days, salvation can be found once more.
The Holy City of Jerusalem shall reappear.
The kingdom accepts all.
From yonder distant waves, seven heads, and ten crowns shall appear.
O’ you who art sinful.
Thy name is the enemy.
Thy heart is of greed.
Thy praises shall morph into blasphemy and rage over the earth.
In the foundation of a universal miracle.
There is no proof of our lost lord’s love, for it is a paradox here.
- Fragment - Ayaka 1999 [1]
Japanese Raw
聖杯戦争。
それは、魔術師たちによる願いを賭かけた殺し合いだ。
天使の階梯かいていを得た七人の魔術師と、七騎のサーヴァント。
かつて〝非業の死〟を迎えた英霊たちはサーヴァントという魂の器を得てひとたび現世に蘇り、己おのがマスターである魔術師と共にひとつの地に集い、人じん智ちを超えた苛か烈れつな戦いを繰り広げ、最後の一騎となるまで殺し合う。
魔術師、サーヴァント。共に、己が願望を叶かなえんが為に。
時に西暦一九九九年。
旧き千年紀ミレニアムの終わり。
約束された東の果ての地──この東京で、最も新しい聖杯戦争が始まる。
そして、今──
わたしの目の前に立つサーヴァント、一騎。
蒼色の瞳をした、彼。
白銀の鎧よろいを着た、彼。
最下位の第七位・権天使のマスターであるわたしに寄り添い、この聖杯戦争を共に戦うと誓ってくれた、第一位のサーヴァント。
わたしを守ると言った騎士あなた。
セイバー。
あの時のわたしには、あまりに背が高いように見えた、あなた。
我知らず、わたしは、八年前と同じようにあなたの姿を見つめる。
八年前。あの頃、あなたはお姉ちゃんの傍らにいて、きっと、わたしの知らないところで戦っていて。なのに。わたしは、多くのことを知らなかった。
あなたのことも。
お父さんのことも。
聖杯戦争というものが、具体的に何を意味するのかも。
お姉ちゃんが、何をしていたのかも。
お姉ちゃん──
愛まな歌かお姉ちゃん。
誰より輝いていたひと。
あなたと共に、八年前の聖杯戦争を駆け抜けたひと。
あの時のわたしはまだ幼くて、今では思い出せないことも多いけれど、でも、確かに思い出せることもあって。
たとえば、そう。
わたしは、お姉ちゃんのことが、ずっと──
The Holy Grail War.
It is, a bloody conflict, where we magi will wager our lives for the sake of a wish.
Seven Servants, and Seven Magi who have obtained the rank of an angel.
Heroic Spirits who once met an ‘untimely death” will revive into the modern world by temporarily obtaining vessels for their souls called Servants, gathering together in one place alongside the magi who are to be their Masters, they will kill each other until one Servant remains at the end, unfolding into a brutal battle that surpasses human intellect.
Magi, Servants.
For the sake of having their wishes granted, together.
When it is the year 1999 AD.
The end of the old millennium.
A new Holy Grail War will start, here in Tokyo――――a Promised Land at the far end of the East.
And, now.
A single, Servant stands before my eyes.
He, who has green eyes.
He, who wears silver armour.
The first ranked Servant, who swore to fight together with me in this Holy Grail War, nestles close to me, a Master of the lowest of the seven ranks, Princes.
You, a knight who said that you’ll protect me.
Saber.
To the me of that time, you, seemed to be too tall.
Without realising it, I’m looking at your figure as if it was 8 years ago.
8 years ago.
At that time, you were probably, fighting in a place unknown to me, assuredly, by my older sister’s side.
And yet.
There were a lot of things that I didn’t know about.
About you.
About my Papa.
About what this thing called the Holy Grail War, specifically meant to you?
Or what my older sister had done back then?
My older sister―――――
Big Sis Manaka.
A person who shone more than anyone else.
A person who’d participated in the Holy Grail Wars 8 years ago, together with you.
Although there are a lot of things that I don’t remember even now, as I at that time was still young, even so, there are also things that I surely do remember.
That’s right, for example.
I, have always, about my big sister――――――
- Fragment - Ayaka 1991 [1]
Japanese Raw
閉めたカーテンの隙間から差す、眩まばゆい陽の光。
窓のすぐ先にある木々の枝に留まって時を告げる、小鳥たちの声。
朝の気配。夜の暗がりと冷たさは噓のようにどこかへと消えて、眠る直前までは〝明日〟だったはずの日が、〝今日〟のかたちになってやって来る。
「ぅー」
まだ幾らか重い瞼まぶたを擦こすりながら、柔らかなベッドの中で、沙さ条じょう綾あや香かはぼんやりと目を覚ます。
陽の光。小鳥たちの声。
爽やかで、心地良いはずの朝の気配は嫌いではないのだけれど。
朝の訪れそのものは、あまり、好きになれない。
(もう、朝なんだ)
自分の体温が移って、丁度良いくらいの温かさを保ったベッドの感触の心地良さが好きなことも否定はしない。微睡まどろんだまま、こうして温もりを感じながらごろごろするのは、好きか嫌いで言えば好きの部類。
(目覚まし、まだ、鳴ってない……)
幾らかの期待を掛けて、毛布に頭までくるまりながら、枕元に置いたデジタル式の時計に手を伸ばす。毛布から出た右手に、ひやりとした空気が触れる。この感覚もどちらかと言えば好きなほう。
それでも、寒いものは寒い。
時計をすぐに毛布の中に引きずりこむ。
西暦や日付、曜日まで表示される、そこそこ高級な時計だった。去年の誕生日に買って貰もらったもの。もっと可愛いものが欲しかったけれど、父に文句を言う気にはなれなくて、もう一年以上もこの時計を使っている。
【1991】
いつもは意識しない西暦表示へちらりと視線をやってから、時刻を確認。
【AM 6:14】
午前六時十四分。
同年代の女の子であれば、きっと、多くは二度寝を決め込むに違いない時間。けれど、綾香の生活習慣スタイルは一般的な小学生女子とは些いささか違っていたから、デジタル表示を目に、少しだけ困った顔になって、
「……ぴったり」
呟つぶやきながら、目覚まし機能のスイッチをオフにする。
目覚ましを設定した時刻は午前六時十五分。
だから、ぴったり。これ以上はベッドの中にいられない。
もぞもぞと毛布の中から這はい出て。もぞもぞと寝間着パジャマを脱ぐ。
やはり、朝の空気はまだ冷たい。寒い。昨夜眠る前に学習机の椅子の上に置いた、きちんと折り畳んだ着替えを手に取って、脱ぐ時よりは幾らか早く着替える。
ひとりで着替えができるようになったのは、いつからだったろう。
少なくとも小学校に上がった時にはできていた。逆に言えば、誰かに着替えさせて貰っていた頃のことを、もう、覚えていない。父にして貰っていたのか、母にして貰っていたのかも、はっきりしない。
多分、父ではないと思う。
覚えていないのに、不思議とそういう確信だけはあった。
「よし」
着替えを済ませて、洋服簞だん笥すの脇にある姿見の鏡の前に立つ。
ちゃんと着替えられている。大丈夫。
明るい赤色をしたこの上着は、綾香のお気に入りだった。赤色の釦ボタンがちょっとお洒しゃ落れで可愛いと思う。
壁掛けの時計を確認しつつ、櫛くしで手早く髪を梳すく。
髪はそう長いほうではないから、すぐに済む。大丈夫。時間には間に合う。それでもぎりぎりではあるから、気持ち、急ぐ。
(……お料理もするなら、もっと早く起きないといけないよね)
ひとりでの着替えはできるけれど。
料理は、まだできない。父に任せきりだった。
家のことの多くは、基本的に、父がひとりで行っている。たまにお手伝いさんが来る日もあるものの、入れない部屋がそこそこ多い沙条家の大きな家は、結局のところ父が取り仕切っている。綾香が家事を手伝うのも、父の指示あればこそ。
「お父さん、もう起きてるよね」
昨夜も遅くまで起きていたはずの父。
きっと、今朝も朝食の用意をひとりでしてくれるはずだけれど、綾香がそれを手伝うことは基本的にない。せいぜいが配膳の準備を手伝うくらい。
朝の時間、綾香には他にするべきことがある。
定められた日課。
すなわち──黒魔術の訓練。勉強と、実践。
廊下の空気は、部屋の中よりもずっと冷え込んでいた。吐く息も白い。
両手を息で温めつつ、洗面所へ。綾香用にと父が作ってくれた踏み台を置いて、その上に立って、空気なんて気にならなくなるほどの冷たさの水で顔を洗う。
朝特有のふわりとした感覚が瞬時に消える。
微睡みの名残もどこかへ行って、意識がはっきりする。
自分用のタオルで顔の水気を拭ぬぐって、うん、と頷うなずく。鏡を見ると、前髪がだいぶ濡ぬれてしまっていて、ピンで留めておけば良かったと今更ながらに思う。鏡の向こうの自分が、困ったような顔になる。
「へんな顔しないの、綾香」
再度、うんと頷いて。廊下へ戻る。
そうして、ようやく気付いたことがひとつ。
「あれ?」
なんだかいい匂いがする?
近所の、どこかの家の朝食だろうか。ベーコンと卵の匂いなら毎朝の沙条家の献立として不思議ではないものの、漂っているのは、ベーコンの匂いもあるような気がするものの、もっと別の料理の匂いでもあるような。料理には詳しくないし、勉強もしていないのでさっぱりわからない。
なんだろう、と意識の片隅で思いつつ、廊下をまっすぐ進んで。
突き当たりまで歩いて、曲がって。
綾香はガーデンへ向かう。
洗面所から出て、廊下をずっと歩いた先にある扉を開けて、外へ出る。更に渡り廊下を進んで、その突き当たりのガラス戸を開けて。ようやく、到着。綾香の家は大きいね、とクラスメイトに言われても、ずっと住んでいる家のことであるせいか、ぴんと来ないことが多いものの、こうしてガーデンに来る時だけはそう感じる。
大きいというか、広い、というか。
でも、嫌ではなかった。
歩く距離、長いなと感じても。
日課への気の重さを感じても。
ここに来ることそのものは、嫌ではなかった。
──庭でも、庭園でもなくて。
──ガーデン。
繁茂した緑の木々。花。何十種類もの植物。それに、何羽もの鳩。
綾香の姿を認めると、何羽かまっすぐに飛んできて、足下に群がってくる。
家の庭というには植物が多い気がするし、庭園と呼んでしまうほど大げさなものではない気がするから、やはり、ガーデンと呼ぶのが合っていると綾香は思う。
ずっと前に「なぜガーデンと呼ぶの」と尋ねたことがあるけれど、父は特に何も返答しなかった。曖昧あいまいに頷いただけで。だから、綾香は勝手にこう考えることにした。ここをガーデンと名付けたのは父ではないのだ、と。
きっと、母が名付けたのだ、と。
正確に分類するなら、きっと、温室。
ガラス製の壁や天井は、今も朝の陽光をたっぷりと採り入れている。
酸性雨への対策が大事ですからとか、お父さんは偉いとか、家庭訪問の時に学校の先生が言っていたものの、本当にそういう理由なのかはわからない。そもそも、ガーデンを作ったのが父なのかどうかも。
「おはようございます」
おはよう、ではなく、おはようございます。
すり寄ってくる鳩へ意識を向けないようにしながら、ガラス製ではない壁面、木製の壁で形作られた専用の場所へ声を掛ける。陽光を浴びせないほうがいい薬瓶や本の山があるあたり。父の研究室のような場所であり、綾香の朝の勉強場所でもあるところ。
けれど──
「あれ?」
首を傾げてしまう。
いつも、この時間、父はここにいるはずなのに。
午前六時半から七時半まで、朝食前の一時間、父から黒魔術を学ぶ。
それが綾香の朝の日課。
なのに、そこには誰もいない。
「お父さん」
そこにいないだけで、ガーデンのどこかにはいるのかも知れない。そっと、呼びかけてみる。一秒、二秒、待ってみる。
それでも返答はない。
代わりに足下で鳩が何羽か喉を鳴らすだけ。
「あなたたちじゃなくて……」
考えてみる。今日は父が黒魔術の勉強を見ない日、だったろうか。
それでもやること、やるべきことは変わらないのだけれど。日課である訓練は、同時に父からの言いつけでもあって、何もしなくてもいい朝というのは基本的に存在しない。
事前に言われたことを忘れてしまって怒られることは、少なくもない。だから、もしかしたら昨晩、今朝のことについて言われていたのかも知れない。
そういえば──
「何か……」
──これから。
「始まるん、だっけ」
──始まるのだ。
「それで」
──我々はそれに参加せねばならない。
「えっと……」
──沙条の家の悲願。
──否、それは、我々魔術師の大願を成すために必要なことだ。
「鳩には声を掛けるなと、以前も言ったぞ。綾香」
聞き慣れた声。
すぐに、声のした方向へと振り返る。
ガーデンの出入口のガラス扉のすぐ近くに、背の高い、父の姿があった。煌めく陽光のせいで、顔には陰が落ちていて、見上げる綾香からは表情がわからない。
「お父さん」
「生贄いけにえには声を掛けるな。言葉を掛けるな。我々は決して生贄に共感してはならない。共感は躊躇ためらいを導いて黒魔術師を迷わせる。幾度も言い聞かせたな」
「……はい」
俯うつむきながら綾香は頷く。
流石に、何度も言われたことは覚えている。だから意識しないようにしていたのに、つい、足下の鳩に声を掛けてしまった。
今もこうして懐いてくる鳩たち。
ガーデンに入った時は数羽だったのが、もう、十羽近く集っている。
「鳩と人間は言葉を交わせないし、交わさない。本来は共感を得られるものではないが、幼いお前はすぐにでも感じてしまうだろう」
「……」
「これはお前のためだ。綾香」
何度も言われたこと。
毎朝言われていることを、また、言われてしまう。
綾香自身、父の期待には応えたいと思う。
けれど、こうして懐かれてしまうと、どうしても──
父に指示された通りにすることに、抵抗を感じてしまうのも事実だった。
「黒魔術と生贄は切り離すことができない。生贄の苦痛は黒魔術の力の源だ」
これも、何度も言われていることだ。
毎朝、聞かされていること。忘れがちな綾香とは言え、流石に忘れたりしない。
「がんばり、ます」
小さく呟く。俯いていた顔を上げるのは、無理だったものの。俯いたままの視線の先には、外履きサンダルの先端をついばむ白い鳩の姿があった。
「いや。今朝は構わん。もう食堂ダイニングへ行け」
「え」
──え?
何を言われたのかわからなかった。
毎朝、食事の時間までは絶対にガーデンから出してくれないのに。
やっと綾香は顔を上げる。
父は、こちらを向いていなかった。視線は母おも屋やのほうへ向いて。どこを見ているのか、一瞬、わからなかった。方向からすると、多分、食堂のほう──
「朝食だ。今朝は、愛歌に付き合ってやってくれ」
ひとりで来た廊下を、ふたりで戻る。
なぜ、と綾香は言わなかった。
父の言いつけは絶対だから、うん、と言って頷いただけ。返事は「はい」だ、と叱られたことは気にならなかった。言わなかっただけで、なぜ、という疑問はぐるぐると大きな渦になって綾香の頭の中に広がっていた。
「……」
じっと、少し先を歩く父の背中を見上げて、見つめる。
どういうことか言ってくれるだろうか。
言わないままなのだろうか。
あまり、魔術のこと以外は語らないひと、という印象が父にはあった。
たとえば、母のことを尋ねても答えてくれない。ガーデンの由来についても。そういう時は、やはり、曖昧に頷くだけで済まされてしまう。
なのに──
「愛歌がな」
父は、珍しく口を開いていた。
こちらへは振り返らずに。
「朝食をな。悪いが、付き合ってやってくれ」
「お姉ちゃん?」
「私よりも、お前のほうがいいだろう」
「?」
父の言っている意味が、よく、わからない。
綾香は首を傾げてしまう。
朝食の時間はいつも父と姉、そして綾香の家族三人で過ごしていて、だから、食堂に姉がいるというのは不思議なことではなかった。けれど、時間が早すぎると思う。多分、まだ午前六時半を過ぎてすぐのはず。
「お姉ちゃん、おなか減ったの?」
言いながら、それは何かおかしいと綾香は思う。
姉──
綾香の六歳上の姉である、沙条愛歌。
姉の存在は、綾香にとって特別なものだった。
食事の時間を早めて欲しいとか、そんな〝普通の子〟が言うようなことを、姉が言うとは思えない。言わない。絶対に言わないだろうという、確信さえ胸の中にはあった。
だから、父の言葉の意味がわからない。
「料理をしたいんだそうだ」
「お料理?」
何度か、姉が料理をするのは見たことがあった。
ただしそれは、父が忙しすぎて時間が取れなかった時だけで、自分から進んでした、ということではなかった。けれど、今の父の口振りは、姉が自分から望んで、進んでそうしたいと告げた、とでも言うようで。
「お姉ちゃんが言ったの?」
「そうだ」
「そうなんだ」
素直に、綾香は頷く。
なぜだろうと不思議には思ったものの、姉がそう言ったからには、きっと。
完璧かんぺきに料理をしてみせるんだろう、と、自然にそう思えた。
なぜなら──
The light of the dazzling sun, was flowing in from a gap in the closed curtains. The voices of the songbirds, were telling the time as they perched on the branches of every tree immediately beyond the window. Signs of the morning. Disappearing somewhere like a lie the coldness and darkness of the night, the day which should’ve been “tomorrow” just before she had slept, had come in the form of “today.”
Ayaka: “Uuー”
Still rubbing her somewhat heavy eyelids, Ayaka Sajyou faintly woke up, in her soft bed. The light of the sun. The voices of the songbirds. Although, she didn’t hate the signs of the mornings which ought to be comfortable, and invigorating. She couldn’t become fond of the arrival of morning itself, too much.
Ayaka: (It’s already morning)
Shifting her own body temperature, she didn’t deny that she liked the comfortable sensation of her bed which kept its warmth to just the right temperature. Speaking of preferences in a category of fondness, though she’d preferred to keep sleeping, scattering her body about while still feeling its warmth like this.
Ayaka: (The alarm clock, hasn’t rung, yet……..)
Holding some expectations, she reached out for the digital clock placed at her bedside, while covering her head with her blanket. The cold air was touching her right hand, as it came out. If she had say which one of these sensations she’d prefer, then she liked this one more. However, cold things are still cold. So she immediately drew the clock back into her blanket.
It was a reasonably high quality clock, which displayed the days, dates and the AD. It was an item which had been bought and given to her for her birthday last year. Although she had wanted a much more cuter one, she had already been using this clock for more than a year, and couldn’t be bothered to complain about it to her Papa.
【1991】
She could always confirm the time, by unconsciously giving a fleeting glance to the AD display.
【6:14 AM】
6:14 AM.
If she was a girl her age, then surely, at this time most people would certainly go back to sleep again. However, because Ayaka’s lifestyle was somewhat different from your typical elementary school girl’s, she decided to turn off the alarm clock while grumbling “…...perfect,” making a slightly troubled face as her eyes laid onto the digital display. The set time on the alarm clock was 6:15 AM. Thus, perfect. She couldn’t stay in bed any more than this. Squirming, she crawled her way out of the blanket.
Squirming, she took off her pajamas. As expected, the morning air was still cold. Cold. Picking up the change of clothes that had been folded up properly and placed on top of her desk chair, before she had gone to sleep last night, she changed a bit more quickly than the time that it’d took for her to remove them. Since when, had she become able to change her clothes by herself. She had been able to do it since she moved up to elementary school at least. If she said it conversely, then she didn’t remember when she was made to change her clothes by someone. Whether she had been made to by her Mum or her Papa, she couldn’t say.
Though she thought that it probably wasn’t her Papa. She only believed that it was sort of strange, despite not remembering it.
Ayaka: “Okay!”
Having finished changing her clothes, she stood in front of the full length mirror there beside the wardrobe. She had properly changed her clothes. Alright. This bright red coat was Ayaka’s favourite. She thought that the red buttons were cute and a bit fashionable. While checking the clock hanging on the wall, she combed her hair quickly with a comb. Immediately finishing it, because her hair wasn’t that long. It’s okay. She’ll make it in time. Her feelings were racing, though, because it’d be down to the wire.
Ayaka: (…….I’ve got to get up much earlier, if I want to do the cooking)
Although, she was capable of changing her clothes by herself. She couldn’t cook, yet. It was a job left up to her Papa. Her Papa did most of the chores, basically, by himself. Granted there were days where a helper would come in occasionally to help, but at the end of the day, her Papa was the one who managed the huge Sajyou family estate, which had a reasonable number of rooms that couldn’t be entered. If it was on her Papa’s instructions, though then Ayaka could also help with the housework.
Ayaka: “Papa, should already be up by now.”
Her Papa who must’ve stayed up late again, last night. Although, he was surely the one preparing breakfast again this morning, Ayaka basically couldn’t help him with it. At the very least, she could help with setting the table. But, Ayaka had other stuff to do in the morning hours. An established daily routine. In other words――――her black magic training. Studying, and practice.
The air in the hallway, was much colder than the inside of her room. The breath which she exhaled was also white. While warming both hands with her breath, she started heading towards the bathroom. Placing the footstool that her Papa had made for her own use, she stood on top of it, washing her face with enough cold water that she couldn’t be bothered somewhat by the air. The fluffy characterised morning sensation was instantly fading away. Clearing her mind up, as the traces of sleep also went somewhere else.
Nodding, a “yeah”, she wiped her damp face with her own usable towel. Looking into the mirror, she was now thinking that she should’ve held her bangs back with a pin, having considerably soaked her bangs. To the version of herself beyond the mirror, she was making an apparently troubled face.
Ayaka: “Please don’t make strange faces, Ayaka.”
Nodding, yet another “yeah.’ She returned to the hallway. Just then, she finally noticed one thing.
Ayaka: “Huh?”
Is there some kind of a nice smell? Is it the breakfast from somewhere in the house, or in this neighbourhood? Although it wouldn’t be strange if it was the smell of bacon and eggs as it was a typical item on the Sajyou family’s daily morning menu, although she felt like the smell wafting in the air was similar to the smell of bacon, it was sort of more similar to the smell of another dish. But there’s no way she’d know it, because she hadn’t studied it, and she wasn’t allowed to cook. While thinking in a corner of her mind, “What is it?”, she proceeded straight through the corridor. Walking towards the other end of the hallway, she turned. Ayaka was turning towards Garden. Having exited the washroom, she opened a door that was past where she had walked much earlier through the hallway, and went outside. Opening the glass door at the other end, she proceeded further into the passageway.
Finally, arriving. Even if she were to say to a classmate that her house was big, was it because she had lived in this house for too long, but although there were many times where she hadn’t come with such liveliness, she felt it was so whenever she came to Garden like this. Or, did she mean that it’s big, or spacious? But, she didn’t hate it. Even if she felt that it was a long, distance to walk. Even if she felt the weight of her motivation towards her daily routine. She didn’t hate them in itself, because she could come here.
――――It wasn’t a garden, or even a park.
――――Garden.
Lush green trees. Flowers. Dozens of a variety of plants. Additionally, there were also several pigeons. Gathering at her feet, several of them flew straight at her, recognising Ayaka’s appearance. Since she felt that calling it a garden was too grandiose, and felt that many of the plants could be called house plants, Ayaka thought that calling it Garden suited it, after all. Although she had always asked, “Why is it called Garden?” since way back when, but her Papa hadn’t particularly given her an answer. He just vaguely nodded with approval. So, Ayaka decided to wilfully think like this. If, it wasn’t her Papa who named this place “Garden.” Then, surely, her Mum had named it. If she could accurately classify it, then it was definitely, a Greenhouse.
Even now, the glass ceilings and walls was taking in a lot of the morning sunlight. Whether it was because it was a precious countermeasure against acid rain, or her Papa was incredible, although her school teacher had said so when she came over for a home visit, she didn’t know whether it was really a reason like that. In the first place, whether it was really her Papa who somehow created Garden.
Ayaka: “Good Morning.”
Not, morning, but good morning. Making sure not to notice the pigeons that were cuddling up to her, she greeted her private place which had been built out of wood, and didn’t have walls made out of glass. Nearby was a mountain of books and medicine bottles that were better off not bathing in sunlight. It was a place that was like her dad’s study, a place that was sort of a morning study spot for Ayaka.
Although――――
Ayaka: “Huh?”
She tilted her head. Her Papa should be here, at this time, like always. From 6:30 am to 7:30 am, for one hour before breakfast, she’d study black magic from her Papa. It was Ayaka’s daily routine. And yet, no one was there.
Ayaka: “Papa.”
He might’ve been somewhere in the Garden, only there was no one there. Gently, she tried to call out to him. She tried to wait for one second, two seconds. Even so, there was no reply. Only some pigeons warbling at her feet instead.
Ayaka: “Not you guys……”
Trying to think about it. Was today a day, where her Papa couldn’t see to her black magic studies? Although it didn’t change what she had to do, she had to do it even so. Her training which was her daily routine, basically didn’t exist on mornings where it is was okay to do nothing, and they had even been on her Papa’s orders at the same time. At least there’s no reason for her to get upset with him for having forgotten to tell her beforehand. Therefore, he might’ve said something about it this morning, or last night perhaps.
Now that she mentioned it――――
Ayaka: “Something…….”
――――From here on out.
Ayaka: “…….is, beginning.”
――――It’s beginning.
Ayaka: “And because of that……”
We have to participate in it.
Ayaka: “Ummm……..”
――――It’s the Sajyou family’s dearest wish.
――――No, it’s necessary in order to achieve the great ambition for us, Magi..
???: “I’ve said it before; don’t call out to the pigeons. Ayaka.”
A voice that she had gotten used to hearing. Immediately, she turned around in the direction of the voice. Immediately close to the glass doors at Garden’s entryway, was the tall figure, of her Papa. Due to the sparkling sunlight, and having shadows cast over her face, looking up Ayaka couldn’t tell his expression.
Ayaka: “Papa.”
Hiroki: “Don’t call out to the sacrifices. Don’t speak to them. We must never sympathise with the sacrifices. Sympathy makes black mages waver and leads them into doubt and hesitation. I shouldn’t have to countlessly instruct you on this.”
Ayaka: “…..Yes.”
Ayaka nodded while bowing her head. As one would expect, she remembered him telling her this on several occasions. Even though she was trying to not be aware of them, she had called out to the pigeons at her feet, just then. The pigeons who were even now becoming emotionally attached to her like this. It had only been several of them when she had entered the Garden, but, already close to 10 of them were gathering.
Hiroki: “Humans and pigeons cannot exchange words, so don’t mix with them. Originally they weren’t creatures who could gain sympathy, but I’m sure you who are young can probably feel it for them even now.”
Ayaka: “……….”
Hiroki: “This is for your own sake. Ayaka”
He had told her this on numerous occasions. He told her, and yet, he would tell her every morning. Ayaka herself, was thinking that she wanted to live up to her dad’s expectations. However, they kept getting attached to her like this, no matter what she did―――――Additionally, since she could only obey the instructions that her Papa gave her, it was a fact that she was also feeling opposed to this.
Hiroki: “You cannot separate Sacrifice and Back Magic. The pain of the sacrifices is a source of the power for the Black Arts.”
She had also heard this several times now. She had heard it every morning. Nonetheless forgetful Ayaka, still wouldn’t forget it.
Ayaka: “I’ll do, my best.”
Mumbling a little.
Although it was unreasonable, for her to raise her downward head. At the edge of her still downed gaze, were the figures of the white pigeons who were pecking at the tips of her sandals.
Hiroki: “Well. I don’t mind this morning. You can go to the dining room now.”
Ayaka: “Eh?”
――――Eh?
She didn’t know what to say. In spite of never being allowed to leave Garden until meal time, every morning. Ayaka finally raised her face. Her Papa wasn’t facing her. His gaze was more towards her Mum’s room. Where was he looking, in that moment, she didn’t know. If he was looking in that direction, then perhaps, the dining room―――――
Hiroki: “It’s breakfast. You can keep Manaka company, this morning.”
Together they returned to the hallway, from which she came from by herself. Ayaka couldn’t ask, “Why?” Since her Papa’s orders were absolute, she just nodded and said “Okay.” She wasn’t concerned with him scolding her that her response should be “Yes.” The question of, “why,” which she just couldn’t ask, spread throughout Ayaka’s head becoming a huge whirlpool which went around and around.
Ayaka: “………..”
Staring, she was looking up fixatedly at her Papa’s back, who was walking a bit ahead of her. Will she be able to say “What do you mean?” Is she still unable to say it? Her impression of her Papa, was one of a person, who didn’t talk very much except when it concerned magic. For example, he wouldn’t answer even if she was asking about her Mum. Or, even about the origins of Garden as well. At such times, he could just vaguely nod, as expected.
And yet――――
Hiroki: “It’s Manaka…...”
Her Papa strangely opened his mouth. Without looking over at her.
Hiroki: “About breakfast. Sorry, but can you please keep her company.”
Ayaka: “Big Sister?”
Hiroki: “She’ll probably prefer you, over me.”
Ayaka: “Huh?”
Not really understanding the implication, of what her Papa was saying. Ayaka tilted her head. Breakfast time was always with her Papa and older sister, and Ayaka’s family spent it with the 3 of them together, so, it wasn’t strange for him to say that her big sister was in the dining room. However, thinking that time was passing by too quickly. Perhaps, it’s still immediately past 6:30 am.
Ayaka: “Is Big Sis, hungry?”
As she said it, Ayaka thought that something was off.
Her big sister――――
Her older sister who was 6 years older than Ayaka, Manaka Sajyou. Her big sister’s existence, was special to Ayaka. She couldn’t think to say to her big sister something like “You’re an ordinary child,” or “I want breakfast to hurry up.” She won’t say it. She even held a belief in her heart, that she would never say it. That’s why, she didn’t understand the implication of her Papa’s words.
Hiroki: “It seems she wants you to cook.”
Ayaka: “Cook?”
On countless occasions, she had seen her big sister cooking. However, it can’t be said, that she only proceeded to do so by herself, whenever her Papa just couldn’t take the time to do it, being too busy. Although, her Papa’s way of speaking now, appeared to be saying, that her big sister had desired this for herself, and that she had told him that she willingly wanted to do this.
Ayaka: “Big Sister said that?”
Hiroki: “That’s right.”
Ayaka: “I see.”
Ayaka nodded, meekly. Although she thought it was strange and wondering why that was, surely, it was because her big sister had said so. So naturally she thought, now I can show her that can cook perfectly.
After all――――
- Fragment - Ayaka 1991 [2]
Japanese Raw
お姉ちゃんは、すごいひとだから。
可愛くて、ううん綺き麗れいで、頭もよくて、何でもできるひと。
「綾香、お皿取ってくれる? トーストもね?」
「うん。お姉ちゃん」
「あ、そっちじゃないわ。ベーコンエッグのお皿だから小さいほうね。ほら、あなたが前に割っちゃったほう。あとね、トーストは厚いのじゃなくて薄く切ったほう」
「あっ、う、うん──」
ほら、今だってそう。
厨房キッチンの中で、てきぱき。でも、とても優雅に。
お父さんのかわりにお姉ちゃんがキッチンへ立つことは何度かあったけど、今とは違って、必要だから用意するっていう感じだった。効率良く、手際よく。
こんな風に、今みたいに──まるでコックさんみたいにてきぱきとした感じじゃなかったし、お話の中に出てくる〝お母さん〟みたいに綺麗だなっていう感じでもなかった。
前の時とはぜんぜん違う。
あの時もすごかったけど、何だろう。
同じすごいという言葉でも、意味っていうか……。
性質? そういうものが違うと思う。
献立の数も、ほら。見ただけで違うってわかる。
前の時は、ベーコンエッグにトーストに、サラダに、ミルク。
今は、ベーコンエッグにトーストに、サラダに、ミルクに、キドニーパイに、鱈たらの切り身とポテトを揚げたものに、チーズとハム、ポリッジとスコーンに、紅茶、それから、デザートには桃を切ったものとプラム。
食べきれないくらい、たくさん!
どれもこれも手早く、お姉ちゃんは正確に作っていく。
キッチンナイフを手にした真っ白い指先さえ、見てるだけで溜息ためいきが出そう。
わたしと、歳、六つしか違わないのに。
どうしてこんなに、このひとは綺麗なんだろう。
小学校にも可愛い子はいるけど、でも違う、お姉ちゃんとは──
「ありがと、綾香。ふふ、どうしたのぽかんとして」
「ううん……」お姉ちゃんが綺麗だから、とはなぜだか言えなくて。
「そう?」
綺麗な、愛歌お姉ちゃん。
キッチンはお城の広いホールの一部で、お姉ちゃんはそこでくるくる踊るお姫さまみたい。
たくさん、たくさんお料理をして、何だか嬉うれしそう。楽しそう。
お母さんの顔はおぼえていないけど、きっと、生きていた頃のお母さんはこんな風だったのかなって思う。
窓から差し込む陽の光で、きらきら。
お姉ちゃん、ほんとに綺麗。
今までもそうだったけど、なんだろう。
今朝は特に。
綺麗で、眩しくて。
「イギリスのひとはね、鱈が好きって本に書いてあったの」
ブリテンのひともそうだとは限らないのだけど──
そう言うと、お姉ちゃんは、朝陽を浴びながら柔らかく微笑んで。
やっぱり、綺麗。
笑った顔は何より綺麗で、どんな絵本やお人形のお姫さまよりも可愛い。
こんなに嬉しそうなお姉ちゃんの顔を見るの、いつぶりなのかな。
何でもできるひと。お姉ちゃん。
お勉強も、黒魔術も、何でもできて、算数のドリルも黒魔術の訓練も、あれもこれもうまくできないわたしとは違って、本当に。何でもできる。
何でも、そう。
鳩だって。
猫だって。
わたしみたいに、立ちすくんだりしない。
何でもできるお姉ちゃんは、「できたから嬉しい」とか「やってみて楽しい」っていうことは、多分、ないのかなって思ってた。
でも違ったみたい。
ほら、お姉ちゃん、こんなに楽しそう。笑ってる。綺麗──
「ねえ。味見してくれる、綾香?」
「う、うん。いいの?」
「いいのよ。ほら、あーんしなさい」
言われるまま唇を開けて、白くて細い指につままれたフライドフィッシュをひとかけ、ぱくり。油のお料理ってあんまり好きじゃないけど、でも。
「どう?」
「おいしい……」
本当に、おいしい。
油もののお料理、あんまり好きじゃないのに。
さくっとして、ふわっとして、ぜんぜん油っぽい感じがしない。おいしい。
「サワークリームのおまじないが効いたみたいね。よし、綾香が大丈夫なら♪」
「おまじない?」
「お料理をおいしくする、秘密のおまじない。魔術よりすごいのよ」
テーブルで、コーヒーを飲んでいたお父さんがむせて、咳せきをするのが聞こえる。
お姉ちゃんやわたしが声を掛ける前に、「何でもない」とお父さん。
多分、お父さんはびっくりしたのだと思う。お姉ちゃんの言葉に。
魔術。お呪まじない。
わたしだって覚えてる。
だって、魔術っていうものは、本当にあるもので。
わたしたちの──
「えっと、魔術よりもすごいのって、えっと……」
「なあに?」
「お父さん、言ってたよ。魔術よりすごいものは、ひとつしかないって」
「そうね。だから、それを使ったの」
お姉ちゃん。
当然のことなのに、何を言ってるのかしら。
そういう顔だった。
きらきら、朝の輝きを浴びながら。
桜の花びらとおなじ色をした唇から聞こえる声。
まるで、本当に、それは──
「恋の魔法をね」
本物の魔法みたい。
わたしは、それがどんなものか知らないのに、そう思って。
「恋?」
「ふふ。綾香には、まだ、わからないのかしら。恋の魔法っていうのはね」
そう言って──
お姉ちゃんは、わたしを見て囁ささやく。
まるで、わたしの向こうにいる誰かに話し掛けるみたいに。
「魔術師の使う、どんな神秘よりもすごいのよ」
After all, Big Sis is such an amazing person.
She’s pretty and smart, and oh yeah cute, a person who can do anything.
Manaka: “Ayaka, will you take the plates? And the toast too?”
Ayaka: “Yes. Big sister.”
Manaka: “Ah, not that one. Since it’s for the sunny side up fried eggs and bacon, I prefer the smaller ones. See, you must separate them beforehand. All that’s left is, ah, cut the toast thinly not thickly.”
Ayaka: “Ah, o, okay―――――”
See, even now she’s like this. Prompt, even in the kitchen. But, she’s very graceful. Although there were countless times where my big sister had stood in the kitchen instead of dad, it’s feels different now, I feel like she’s preparing it because she needs to.
Efficiently, skilfully.
In this way, like now――――it didn’t feel like she’s prompt like a cook, and it didn’t even feel like she was becoming as beautiful as “Mum” was, which had come out in conversation. It’s completely different from that time before. Although that time was also amazing, what is it I wonder? Even words that had the same ‘amazing’, what did I mean by that……... Her disposition? I think that those kind of things are different.
See, there are a number of items on the menu. I could tell that its different just by looking at it. That time before, we had milk, salad, and bacon and eggs on toast. But now, there was bacon and eggs on toast, salad, milk, kidney pie, cut codfish and fried potatoes, cheese and ham, porridge and scones, black tea, and then, there were plums and sliced peaches for dessert. There’s so much of it, that even I couldn’t eat it all!
Quickly doing this and that, Big Sis was making it all so accurately. Even her white fingertips which were holding a kitchen knife, seemed to be making me sigh just by looking at her. Even though, we only have, a 6-year difference between us. Why was she so, this person why was she so beautiful? Although I’m also a cute girl in elementary school, we’re too different, Big Sis is―――――
Manaka: “Thank you, Ayaka. Fufu, why’s your mouth so wide open?”
Ayaka: “Uhhh……..”
For some reason I can’t say, that it’s because Big Sis is so pretty.
Manaka: “I see?”
My pretty, big sister Manaka. The kitchen is like a part of a wide palace ballroom, and Big Sis is like a princess dancing around and around in there. Cooking lots, and lots of food, she seems happy somehow. She seems to be enjoying herself. Although I don’t remember my mum’s face, surely, I think that’s what my mum may’ve been like when she was alive. In the light of the sun flowing through the window, she’s sparkling.
Big Sis, is truly pretty. Although it’s been like this up till now, what happened to her? This morning in particular. She’s pretty, and radiant.
Manaka: “It’s written in a book that British people, like codfish.”
However, British people aren’t confined to it either―――――As she said that, Big Sis, smiled softly while basked in the morning sun. Like I thought, she’s pretty. Her smiling face is cuter than a princess doll or one from any kind of picture book, and she’s pretty above all else. Looking at Big Sis’s apparently happy face like this, I wonder when did it happen?
A person who can do anything. My Big Sister. She’s truly, different from me who can’t even do studying, black magic, anything I make, arithmetic drills, black magic training, or this and that all that well. She can do anything. Or it seems, to be anything. Even pigeons. Even cats. She wouldn’t stand petrified at them, like me. Big Sis who can do anything, perhaps by saying “I’m happy since you made it for me” or “Try and have fun,” she thinks that I’m worthless. But it’s like she’s different. See, Big Sis, seems to be having so much fun. She’s smiling.
Pretty――――
Manaka: “Here. Have a taste, Ayaka?”
Ayaka: “O, okay. Is it okay with you?”
Manaka: “It’s fine. Look, go ahh.”
Opening my lips as she’s still saying it, I bit into, the piece of fried fish that she was holding out to me in her slender white fingers, ah ump.
I don’t like fatty foods too much, but still…….
Manaka: “How is it?”
Ayaka: “Delicious………”
It’s truly, delicious.
Fatty foods, although I don’t really like them. It was crunchy, and fluffy, and it didn’t feel greasy at all. It’s so good!
Manaka: “Okay, it’s looks like the good luck charm in the sour cream was effective. Okay, if Ayaka is okay with it♪”
Ayaka: “Good luck charm?”
Manaka: “To make my cooking delicious, a secret good luck charm. It’s more amazing than magic.”
At the table, Daddy who was drinking coffee started to choke, and cough as he’d heard it. Before Big Sis and I could start yelling, Daddy muttered “it’s nothing.” Maybe, I think Daddy was shocked. By Big Sis’s words. Magic? A good luck charm? Even I can remember that. After all, the thing that people call magic, is real.
Our――――
Ayaka: “Umm, The thing more amazing than magic, umm…….”
Manaka: “Whaat?”
Ayaka: “Daddy, said it. He said there was only one thing, more amazing than magic.”
Manaka: “That’s right. That’s why, I used it.”
Big Sis. Despite sounding so natural, I wonder what you’re talking about. It was a face like that. Dazzling, while basking in the morning radiance. A voice that could be heard from lips that were the same colour as the cherry blossom petals.
It’s as if, it’s truly, like―――――
Manaka: “The magic of love, see!”
Real magic. I, despite not knowing what kind of thing it is, think that it’s true.
Ayaka: “Love?”
Manaka: “Fufu. Ayaka, I wonder if you don’t know about it yet. It’s called the magic of love, of course.”
As she said it――――Big Sis looked and whispered something to me.
It’s as if, she was addressing someone behind me.
Manaka: “It’s more amazing, than any kind of mystery that a Magus uses.”
Act 2
- Fragment - Arthur 1991 [1]
Japanese Raw
「──どうぞ、召し上がれ」
朝そのものである輝きを背に、少女は言った。
東の窓辺に立って、さまざまな料理が並べられた食卓テーブルを示しながら、屋敷の外で今なお囀さえずる小鳥よりも愛らしい声で。どこか、遠慮がちな仕草さえ添えて。
可か憐れんな少女だった。
陽に透けるかの如き柔らかな髪。
淡く、透き通った色の瞳。
翠みどり色のドレスが実によく彼女に映えている。
輝きに咲き誇る花、一輪──
そう、彼は少女の姿を内心で形容する。
たとえば淑女の扱いに慣れた典雅の騎士であれば、即興で、少女の美を讃たたえつつ、振る舞われる数あま多たの料理への感謝を捧ささげる詩のひとつも謳うたってみせるところなのだろう。
けれど、彼は、どちらかと言えば淑女には慣れていなかった。
故に、ただ、少女を見つめて。
「ありがとう」
短く告げる。
感謝の意を込めて。
「ええと、ね」はにかむ素振りを見せつつ、少女は笑顔を浮かべて「好みがわからなかったから、もう、思い付くだけ作ってみたの。量、多すぎたかも知れないのだけど」
「いや。有り難く戴いただくよ」
「無理はしないでいいのよ、食べたいものだけ……」
遠慮がちに告げる声。
それが、不意に、小さくなっていく。
少女の視線の焦点が、彼の姿から食卓へちらりと移った刹せつ那なのことだった。
「食べてくれれば……」
陽を浴びて踊る善の妖精もかくやという朗らかさ。華やかに咲き誇る、朝露に濡ぬれた大輪の花。それらの輝きが、翳かげる。妖精は隠れ、咲き誇る花は時を戻して閉じてしまう。
視線が揺れて。少女の表情、沈んでしまう。
「それで……」
恐らくは──
食卓に並べられた料理の山を前に、今、ようやく我に返ったと見える。
確かに、常人の一食分と言うにはあまりに量が多いのだろう。
卵料理。ベーコンエッグ、スクランブルエッグ、ポーチドエッグ。それぞれが、およそ六人分か。ちなみに、ポーチドエッグはトーストに添えられている。これも六人分。
サラダ。緑を基調とした見目良いそれも、六人分程度。
肉料理。白色で肉厚の茸きのこと一緒に焼いたソーセージ、これも六人分。更に、牛の内臓や肉に茸を具材としたキドニーパイが、丸ごとひとつ。恐らくは、焼き上がったばかりだろう。六等分して初めてひとり分、と言ったところ。
ミルクの麦粥ポリッジも六人分。鱈たらの切り身とポテトを油で揚げたものは、山盛りに。
桃を切ったものにプラムを添えたデザートも、それなりに。
食後にと用意されたスコーンとクリームも、かなりの量がケーキスタンドに置かれている。
概おおむね、彼にとっては見慣れない料理だった。
ひとつひとつ、少女に教えて貰もらって初めて名と像が結びついたものばかり。
「量のことなら問題はないよ」
「でも──」
「食事は戦場に臨む騎士の活力となるものだ。多くあって困るものではないよ」
そう言って、彼は微笑む。
少女を安心させるために形作った表情ではあったものの、事実、この程度の量であれば無理という話でもない。言葉にした事柄もある種の事実。いざ戦場へ臨むにあたり、騎士は大いに活力を必要とする。肉も、芋も、酒も、あるだけ平らげてみせる剛胆を成してこその騎士という考え方も、なくはない。
無論、何事にも例外はあるし限度もある。
脳裏に浮かべた円卓に集う騎士も、全員がこの言葉に頷くとも限らない。
兎とも角かく。少なくとも、彼自身としては迷うことなくこう言えた。
「噓ではないよ」
誇りと剣に賭かけて。
決して、虚偽なるものを口にはすまい。
「きみの振る舞ってくれるものは、すべて戴こう。愛まな歌か」
沙さ条じょう愛歌──
それが、少女の名だった。
朝食を始めて、暫しばらくの後。
言葉のままに料理を口へと運び、およそ半分の量が消える頃になって、ようやく少女は元の朗らかさを取り戻していた。美味おいしいね、と彼が言葉を告げる度に、少女はみるみるうちに明るくなって。
妖精と花の気配が戻る。
自然と、口元には微笑みが浮かんでいた。
少女も、彼自身も。
「それでね」
満面の笑みを浮かべて、少女が告げる。
花が言葉を述べることがあれば、こういう響きになるのだろう。
そう思うに足る響きだった。かの妖精の郷アヴァロンに棲すまう娘たちは、このように囀ってみせるのだろうか、とさえ。
「お魚の揚げ物のサワークリームにはね、自信があったの。油もの、とっても苦手な綾香が美味しいって言っていたから。これならきっと、って」
「うん、それは特に見事な味わいだった」
「ふふ。お気に召したなら嬉うれしいわ」少女は心底嬉しそうに目を細めて「今朝はね、現代の、ううん、正確に言えば十九世紀から二十世紀にかけての英国式の朝食にしてみたの。やっぱり故郷に近い味が良いかしら、って」
「ああ。美味しいよ」
「本当に?」
「ああ」
「本当の、本当?」
「ああ、イエス・我がマイ・主レイディ。きみの料理はすこぶる美味だとも」
言葉を重ねる。
すると、少女は更に笑顔を深めて。
「良かった──」
小首傾げて、髪を揺らす。
彼も、応えて僅わずかに微笑む。
踏み込んで言えば──英国、という言葉に対して、彼は馴染なじむものを感じない。
けれども少女の想いは伝わる。充分だ。
事実として、美味なものだった。彼の知る料理とは前提の手間、工程からして異なるのだろう。恐らくは、長い年月を掛けて文化の断絶もあったろうし、異国からの混淆こんこうもあったろう。口に運ぶ料理には、そういった時間の差を感じる。
そこに何かを想わない訳ではないが、それでも、気遣いは有り難い。
少女が真実、何を考え、何を感じ、何を想ってこうしているかはわからない。
ただ、純粋なものを彼は受け止める。
戦いへ臨む緊張感など微み塵じんも浮かべることなく、年の頃に似合った無垢むくな表情を浮かべながら言葉を掛けてくる少女へ、ただ、微笑みを返す。
と──
「ね、セイバー」
「何だい」
改まって、自らの名を呼ばれて。
彼セイバーは、少女を見つめる。
「わたし、今朝、ひとつわかったことがあるの。ううん、きっと、初めからわかっていたことなのでしょうけど」
うん、と少女は頷いて、
「要はね、お料理と同じなの」
何が、と問い掛けるより前に言葉が響く。
桜色の唇から。
静かに、一切の調子を変えることなく。
至極当然に。
たとえば、杯を返せば中身が零こぼれるのと同じように。
「──聖杯戦争のやり方」
The person reflected in the girl’s eyes is――
Manaka: “Here you go, Bon Appetite.”
The girl said, with her back to the radiance that was morning incarnate. Standing by the east window, while showing off a table which had various dishes arranged on it, in a voice that was more lovelier than the songbird who was even now chirping outside the residence. Which was in some respects, even accompanied by her shy gestures.
Was a pretty girl.
With soft hair that was visibly transparent. And pale, translucent coloured eyes. She looked really pretty in her green dress. A single, radiant flower in full bloom――――That’s right, he was describing the girl’s figure in his mind. For example, if he was an elegant knight who was accustomed to handling ladies, then he would improvise, by extoling the girl’s beauty while he was still on the verge of giving praise, during the one time where he could offer his gratitude for the many dishes that were served to him. However, if anything, he wasn’t experienced with the ladies.
Thus, he was just, gazing at the girl.
Saber: “Thank you.”
He briefly told her. Loading his feelings of gratitude in it.
Manaka: “Umm, well….”
Despite showing some shy behavior, the girl was wearing a smile.
Manaka: “Since I don’t know your tastes, I, ended up trying to make whatever came to my mind. Although I might’ve made a bit too much of it.”
Saber: “No. I appreciate your gratitude.”
Manaka: “You don’t have to push yourself, just eat what you’d like……”
A voice which was shyly telling. That is, it was suddenly, becoming smaller.
It was about the moment when the girl’s incomprehensible gaze, quickly shifted from his figure to the table.
Manaka: “If you eat it for me…...”
A cheerfulness that was said to make all good fairies who were dancing and basking in the sun perspire. A large brilliantly blooming flower, which was wet with the morning dew. Each of their radiances, were darkening. The fairies hide, and the blooming flower closes over rewinding back in time.
Her eyes were shaking. The girl’s expression sank.
Saber: “Well then……...”
With all due respect―――――
In front of the mountain of dishes which had been arranged on the table, he could now, see himself finally coming back to his senses. Certainly, there was probably too much of it for say a normal person’s meal’s worth. Egg dishes. Bacon and Eggs, Scrambled Eggs, Poached Eggs. Each of them, were roughly enough for six people!? Incidentally, the poached eggs were accompanied by toast. This was also for six people. Salad. Good-looking with green as its basic theme, it was also enough for six people.
Meat dishes. As for the sausages which were grilled together with the thick white mushrooms, this was also for six people. Furthermore, there was one whole Kidney Pie, which had been made using mushrooms with meat and cow intestines as its ingredients. Perhaps, it had just been baked. She had just said to him, that after she’d cut it into 6 equal pieces, she’d give him the very first piece.”
The milk porridge was also for six people. An item which had cod fillet and potatoes deep fried in oil in it, was also in the pile. Dessert which was plums served with sliced peaches, were also fitting in its own way. As for the cream and scones which had been laid out for after the meal, a considerable amount of it was placed on a cake stand. On the whole, they were dishes that were unfamiliar to him. Separately, they were just items which had names which had been taught to him by the girl and images attached to them.
Saber: “It’s not a problem if it’s this amount.”
Manaka: “But――――”
Saber: “A meal serves as a knight’s vitality for when he’s appears on the battlefield. Though there is a lot of them, it is not something that will trouble me.”
Saying that, he smiled. Although it was a facial expression that he had made in order to relieve the girl, in reality, if it was this amount then it was not an impossible argument. There was a certain truth in the matter that he had expressed in words.
Now that they were facing the battlefield, a knight needed a lot of vitality. Meat, potatoes, and alcohol, it’s not like, there was an inherent belief that those knights who established their courage had to consume just that. Of course, there are limits to every exception. All of the knights who gathered at the Round Table which arose in his mind wouldn’t confine themselves to nodding at these words. In any case.
At least, he could say this without being at a loss with himself.
Saber: “It’s not a lie.”
He was betting his sword and pride on it. He will never, let himself tell a lie.
Saber: “A person with your given conduct will obtain it all. Manaka”
Manaka Sajyou―――――
That was the girl’s name.
After a little while, breakfast began. He carried the food to his mouth as words, and when almost half of the food had disappeared, the girl finally regained her original cheerfulness. Every time he told her words “It’s good.,” the girl would become cheerful right before his eyes. The presence of fairies and flowers returns. And naturally, a smile appeared on their mouths.
On the girl, as well as himself.
Manaka: “And then.”
The girl told him, with a huge smile on her face. If flowers could speak our language, then it’d probably be a sound like this. It was a sound worthy enough for him to think so. If only, his daughters who were living in that distant Avalon[1], could sing like this.
Manaka: “See the sour creamed deep fried fish, I have confidence in that. After all, very picky Ayaka told me, that this fried food, was delicious. So this must be the one, right?”
Saber: “Yes, it has a particularly magnificent flavour.”
Manaka: “Fufu, if you like it that much then I’m happy.”
The girl closes her eyes seemingly completely happy.
Manaka: “You see this morning, nowadays, um well, to be precise I tried making an English styled breakfast from the 19th to 20th century. So, I guess what I’m wondering is if the flavour is close to your homeland’s.”
Saber: “Yes, it’s delicious.”
Manaka: “Really?”
Saber: “Yeah”
Manaka: “Really, truly?”
Saber: “Yes, My Lady. Your cooking is extremely delicious.”
Repeating his words. The girl, then deepened her smile even more.
Manaka: “I’m so glad ――――”
Tilting her head, her hair was swaying. He too, was smiling a bit in response. Depressingly speaking though―――――regarding the word, “England,” he didn’t feel like it was something that he could get used to. However, the girl’s feelings were being conveyed to him.
That was enough. As a matter of fact, it was a delicious meal.
The dishes known to him were of reasonable labour; so they probably varied in their steps. Perhaps, they had a cultural decline over the long months and years, and may’ve also combined them with ones from foreign countries. He could feel this type of time difference, in the food that he carried to his mouth. It was like he was yearning for something in there, but even so, he was grateful for the consideration.
The girl didn’t know, what he desired, what he was feeling, what he thought about all of this, or the truth. But, he was accepting of the pure being. Without expressing, even the slightest bit of nervousness about facing the battles, he just, returned a smile towards the girl, who was talking while wearing an innocent expression that suited a girl her age.
And then――――
Manaka: “Hey, Saber…”
Saber: “Yes, what is it?”
Renewed, she called out his name. So Saber, looked at the girl.
Manaka: “I, this morning, there was one thing that I understood. Um well, yeah, I definitely, must’ve known it from the start, but….”
The girl nodded “a yeah.”
Manaka: “You know in essence it’s the same as cooking.”
Before he could ask “What is?” the words were reverberating. From her cherry blossom lips. Quietly, without changing her entire tone. In an extremely natural way. For example, in the same way as a cup whose contents were spilling out as it was being turned over.
Manaka: “――――The way we do things in the Holy Grail War.”
- Fragment - ◼◼◼◼◼◼ ◼◼◼◼◼◼'s Notes [1]
Japanese Raw
聖杯戦争とは、闘争である。
我々にとって、闘争の類たぐいは決して主題ではない。
本来、世代をも超えた不断の学究に身命を捧ぐことこそ魔術師の本道。
研究や家系を守る過程で個人や社会との衝突が発生することはあっても、闘争そのものを主題とすることは、通常ではあり得ない。
しかし、例外はある。
聖杯戦争だ。
実に単純明快な理屈だ。
聖杯が叶かなえ得る願いはただひとつ。
対して、聖杯戦争に参加する魔術師──『マスター』は七名。
六名は排除されねばならない。
闘争は、回避不能の前提であると覚悟せよ。
The Holy Grail War is, in a way a conflict.
Even for people like me, this kind of conflict would never be a subject for discussion.
Originally, the right path for a Magus is to offer their own life to being a constant student who can surpass their generation.
Even if a conflict occurs between society and an individual who is in the process of protecting their family lineage and their research, it is normally impossible, to stop it from becoming a subject of conflict itself.
However, there is an exception.
The Holy Grail War.
Actually it’s for a simple clear reason.
The number of wishes which the Holy Grail is able to grant is just one.
Against, seven “Masters” ――――Magi who are participating in the Holy Grail War.
Six of them must be eliminated.
So prepare yourself, for this is the unavoidable basis of the conflict.
- Fragment - Arthur 1991 [2]
Japanese Raw
「お料理も、聖杯戦争も、何だって同じなのねってわかったの」
少女の言葉は続く。
朗らかに──
大輪の花の美しさを保ったまま、一点の曇りなく。
「手間がかかってしまうなら、かからないように頭を使えば良いの。煮込み料理をコトコトずうっと煮込むのは時間がかかるけど、圧力鍋を使ったら手軽に済むでしょう? 電動ミキサーだって、電子レンジだって、莫迦ばかにしたものじゃないわ」
ぴん、と人差し指を立てて。
仕草は、まるで、幼い子供が何かに思い至った時のよう。
否。そうなのだろう。目前の年若い少女にとっては、まさしく、良いことを思い付いたというだけのことなのだろう。
刹那の間に彼は理解する。
少女の無垢を。
少女の純粋を。
今朝の料理と、聖杯戦争は、彼女にとってはおよそ同列。
それは、経験の浅さから来る年若い万能感、聖杯戦争という過酷な闘争を理解し得ない無邪気さの顕あらわれか。それとも、圧倒的な天賦の才がそう言わしめるのか。
恐らくは、後者。
この年若さでマスターとして選出されている以上は。
「それに、やっぱり下した拵ごしらえね。目的のために事前の準備をしておくっていうのは、何にとっても大切だと思うの」
言葉は続く。
彼の視線を受け止めながら。
「サーヴァントはどれも強力だろうから、やっぱり、マスターを狙うのがいちばん効率が良いのだし。更に言えば、マスター本人を狙うよりも、力の劣る弱みがその人にあるのなら、それを狙うのがいっそう効率が良いわ」
言葉は続く。
弱み──一般的な魔術師なら、家系そのもの。家族。子女。
「だから、子女の略取。もしくは殺害?」
彼が沈黙を保てたのは、少女がそう告げる時までだった。
最も早はや、唇を開くしかない。しかしそれは、己おのが主人マスターである魔術師に戦略・戦術的な意見を具申するためではない。
ただ──
「愛歌」
耐えきれなくなったのだ。
少女が、何の衒てらいもなく順応しているさまに。
聖杯戦争に。殺し合いに。
六人六騎をすべて殺し尽くすため、手段を選ぶつもりはない──と既に決めてしまっていることに。
それは、聖杯戦争を勝ち残ろうとする魔術師としては当然のことではある。如何いかに取り繕おうとも、行われるのは命を賭けた闘争に他ならない。己が願いのために、魔術師も英霊も、すべてを費やして勝利を求めるだろう。
それでも──
「戦いへと挑むには、勇気が必要だ」
椅子から立ち上がり、食卓から僅かに離れた窓辺に立って、彼は言葉を紡ぐ。
騎士道を説くつもりは、ない。
それは、恐らく、遠き現代の少女の身に理解し得るものではない。
「恐らく、きみは既にそれを得ているのだろうね」
強制的な言葉ともなり得ない。
何故なら、彼の主人マスターは誰あろう、この少女に他ならないのだから。
「だが、無関係の誰かを巻き込んではいけない。
それが幼い者、力なき者であるなら尚更なおさらのことだ」
眼下の無垢へ静かに告げる。
まさしく、年若い幼子へと言い含めるように。
せめて、この可憐な少女が、血塗られた非道を選ぶことがないように、と。
けれど──
「あなたのためなのよ、セイバー」
微笑みは、揺るがない。
朝露に濡れた花が、涼しげなそよ風に揺られるのと大差なく、変わることのない笑顔がそこには在って、諫いさめる言葉を今なお届けようとする彼の意思を阻む。
輝く瞳が、まっすぐに彼を見つめ返している。
「私の……」
「そう、あなたが傷付かなくてすむの。サーヴァント同士の衝突で、第一位のあなたは負けるはずがないけれど、それでも、戦って傷付いてしまったりしたら」
言いながら、少女は胸元に手を掛ける。
翠色のドレスの胸元。
繊細な指先が、ゆっくりと、釦ボタンを外して──
「わたし、そんなの耐えられない。それにね」
ドレスの胸元がはだけて。
雪のように白い肌と、そこに刻まれた黒色の模様が露あらわになる。
熾天使、七枚羽の令呪。
「これ、使いたくないの。絶対」
短い言葉。
込められた意味を、彼はかろうじて感じ取る。
サーヴァント同士が本格的に衝突する戦闘ともなれば、この令呪に込められた膨大な魔力を利用せざるを得ない局面が訪れてしまうことも、当然、否定できるものではない。
それを少女は忌避している?
何故──と視線で問い掛ける彼へ、少女は漸ようやく表情を変える。
──頰、僅かに朱に染めながら、切なげに。
──愛、告白する淑女のように。
「これは、あなたとのつながりだから」
──一画たりとも減らしたくないの。
──今は、これだけが、あなたとの確かなつながりだから。
そう、少女は囁ささやいて──
Manaka: “I understood that cooking, as well as the Holy Grail War, is the same as anything else.”
The girl’s words continue. Cheerfully ――――While still maintaining the beauty of a large blooming flower, without 1% of overcast.
Manaka: “If it takes time, then it’s better to use your head so that it doesn’t take time. Although it takes time for stewed dishes to stew ‘blub, blub’ for a long time, wouldn’t it simply be over and done with if you used a pressure cooker? Or even an electric mixer, or even a microwave oven. I’m not an idiot.”
“Ping,” she raised her index finger. Her gesture, was quite like, a young child when they had realized something. No. It was probably so. Even to the young girl before his eyes, truly, she had just probably came up with a good thing. During that moment he could grasp it.
The girl’s innocence. The girl’s purity.
This morning’s cooking, and the Holy Grail War, to her they were roughly the same. Was it, the all-around feeling of her youthfulness which comes from her inadequate experience, or a manifestation of her innocence which wasn’t able to grasp the rigorous conflict called the Holy Grail War? Or, did her overwhelming natural gift made him say such a thing? It’s probably, the latter. After all she had been chosen as a Master at such a young age.
Manaka: “Besides, either way it’s the preparations, right? I think what’s also important, is that we make those preparations in advance for the sake of our goal.”
She continued her speech. While receiving his gaze.
Manaka: “Since we don’t know how powerful the other Servants are, I guess, it’ll be more efficient to target the Masters first. Speaking further, rather than targeting the Masters themselves, if that person has a weak point who is inferior in power, then it’s much more efficient to target it.”
Continuing her speech. A weak point――――if it’s a typical Magus, then it’s their family lineage itself. Their family. Their children.
Manaka: “So, should we abduct their children? Or, kill them?”
Until the girl had told him this, he had kept his silence. Now, he had no choice but to open his lips. However, it wasn’t to offer his tactical / strategic opinions to the Magi who was his Master. It’s just――――
Saber: “Manaka.”
He couldn’t bear it any longer. For the girl, to acclimate to that without any pretension whatsoever.
For the Holy Grail War…… For the sake of killing each other…….
In order to completely kill all six Servants and Masters, he had already thought that they weren’t planning on choosing the means. That is, a matter of course for Magi who are trying to survive the Holy Grail War. Regardless of how it is glossed over, for the ones carrying it out it is nothing but a conflict where they wager their lives. For the sake of their wishes, the Magi as well as the Heroic Spirits, will probably devote their all in seeking victory.
But, even so ――――
Saber: “Courage is needed, to challenge someone to a fight.”
Rising from his chair, standing by a window that was slightly separated from the table, he spun his words. It was not, his intention to preach about chivalry. It is, probably, not something that the girl of the distant Age of Reason could grasp herself.
Saber: “Perhaps, you’ve gotten it already.”
He also couldn’t make any forced words. Why, because his master, was none other than this girl.
Saber: “But, I cannot allow someone unrelated to it to get wrapped up in this. These are young people, all the more so if they are people who lack power.”
He said quietly to the innocence beneath his eyes. No doubt, it was as if he was giving detailed instructions to the young child. So that at least, this lovely girl, wouldn’t have to choose the path of a blood smeared killer. However――――
Manaka: “But it’s for you sake, Saber”
Her smile, was unwavering. Even now it was thwarting his intentions to deliver his remonstrating words to her, for in there was an unchanging smile, that was not so greatly different than flowers which were wet with the morning dew, swaying in the gentle cool breeze. Her shining eyes, were staring straight back at him.
Saber: “My…….”
Manaka: “That’s right, you mustn’t get hurt. In a clash with your fellow Servants, you who are of the first rank, I believe won’t lose, but even so, if you get hurt whilst fighting, then I…...’
While saying it, the girl put a hand to her chest. The chest of her green dress. Her delicate fingertips, were gently, unfastening her buttons――――
Manaka: “I just couldn’t bear it. Besides……”
Exposing the chest area of her dress. Her skin which was as white as snow, and the black pattern that was tattooed there became exposed. The Seraphim, a Master’s Degree of seven single feathers.
Manaka: “This, I don’t want to use this on you. Ever.”
Brief words. He could barely sense, the meaning that was included in them.
Once it’s a battle where he is clashing all-out with his fellow Servants, naturally, he couldn’t deny, that a situation could arrive where he’d be compelled to use the enormous prana that was charged into the Master’s Degree. So the girl was avoiding it?
The girl finally changes her expression, to he who was asking her―――― “Why?” with his gaze.
――――Her cheeks, while slightly dyed red, seemed sad.
――――Like a lady, who was confessing, her love.
Manaka: “Because, this binds me to you.”
――――I don’t want to reduce it down to one stroke.
――――Because for now, just this, definitely binds me to you.
Yes, the girl whispered――――
- Fragment - ◼◼◼◼◼◼ ◼◼◼◼◼◼'s Notes [2]
令呪。
天使の階梯かいてい。
それは、障害すべてを鏖殺おうさつする力の窮極を管理する鍵かぎ。
聖杯戦争に於おいては、強力無比なる武器が七名の魔術師に与えられる。
七種七騎の英霊。
天使の階梯を得た魔術師一名につき一種一騎。
我々は、是これを『サーヴァント』と呼称する。
魔術の神秘を超えるもの。
ひとの夢見る最強の幻想。
町ひとつを焼き尽くす現代兵器にさえ、彼らは決して後れを取るまい。
本来は魔術師程度の神秘使いが使役し得るはずもない、歴史の何処かに名を残し、伝説を打ち立てた偉大なる英雄たちの現うつし身み。聖杯のもたらす膨大な魔力によって初めて召喚及び現界が可能となる、最強無比の存在。
英霊は強大であり、異質だ。
多くの場合はひとのかたちを成すが、本質的に彼らはひとではない。
故に、魔術師の身に刻まれるのが令呪。
魔術を超える存在である英霊をさえ支配する、聖杯の力の一端。
合計三画。
すなわち英霊への三度の強制、もしくは強化をもたらすもの。
是なくして、聖杯戦争は成立し得ない。
Master Degrees.
An angelic hierarchy.
It is a key, that controls an ultimate power which exterminates all obstacles.
In the Holy Grail War, seven magi are bestowed with unparalleled weapons.
Seven classes of seven Heroic Spirits.
One class of spirit per magus who has acquired the rank of an angel.
We refer to these as “Servants”.
A being that transcends magical mysteries.
The most powerful of illusions that people dream about.
Even modern weapons that can burn a town to ashes, could never keep up with them.
Originally it wasn’t believed that they could be employed as a magus-level mystery familiar, leaving their names somewhere in history, they are the incarnations of great heroes who have established their legends.
As the strongest most unparalleled beings, it has become possible to summon and manifest them for the first time due to the enormous magical power brought about by the Holy Grail.
Heroic Spirits are powerful, and unusual.
In many cases they achieve the form of a person, but they are essentially not human.
Therefore, Master Degrees are carved onto a Magus’s body.
A fragment of the Holy Grail’s power, they can control even Heroic Spirits who are beings that transcend magecraft.
They have a total of 3 strokes.
In other words, it can compel a Heroic Spirit three times, or it can strengthen them.
Without this, the Holy Grail War cannot come into existence.
- Fragment - Arthur 1991 [3]
Japanese Raw
「効率と、きみは言ったね」
再度、彼は言葉を掛ける。
記憶は正確だ。昨日、少女とその父である魔術師から聞かされた、現時点で予想される他のマスターの情報は彼の脳裏に刻まれている。
魔術の名門、玲瓏館れいろうかん家。マスターのひとりと目される現当主の娘と、この少女は近い年頃であるという。面識もある、と。向こうはどう思っているかわからないけど、友達のようなものね、と少女は確かに言っていた。
記憶情報を整理し、慎重に、彼は言葉を選ぶ。
ひととして、正しき道を。
ひととして、在るべき姿を導くべく。
「マスターの子供を狙うときみは言った。
友人を手に掛けるようなことを、きみにはさせたくない」
「優しいのね。セイバー」
「愛歌」
「でも、大丈夫。心配なんていらないの」
「ひとは間違いを犯すものだ。けれど、きみは聡明そうめいだ。
間違いを選ばずとも、きっと、聖杯を得て願いを遂げることはできる」
「ええ」
曖昧あいまいに頷いて──
少女は、また、彼へと微笑みかける。
「あなたのためなら、何でもできるわ」
届いていない。
届かない。
諫めんとする言葉は聞こえているはずだが、会話は、成立していない。何故?
胸の裡うちにある焦りを、彼は自覚していた。
故に、結論を急いだ。決定的な一言を先に述べていた。
すなわち──
「ひとを殺あやめるのは、良くないことなんだ。愛歌」
「どうして?」
声、言葉。
それは、大いなる衝撃を伴って彼の胸へと抉えぐり込まれる。
戦場で振るわれる鋼鉄の大鎚による一撃、天を裂き地を穿うがつ荒ぶる竜の爪牙、それらでさえも届くまいと思わせる、それは、言葉と表情による刃だった。
何よりも──
少女自身が、それを刃と感じていないことが、深く、彼の胸の裡を貫く。
けれど、まだ、彼は諦めない。
先刻、この少女は愉たのしげに語っていた。食事のことを。妹のことを。
ならば。まだ、望みはある。
「たとえば」
紡ぐ、言葉を。
まだ。まだ、諦めはしない。
「きみが朝の時間を過ごした、きみの家族。父上と妹君。
それは同じことなんだ。きっと、玲瓏館のマスターにとっても──」
「どうして、そんなこと言うの?」
──微笑み。
「あなたに聖杯をあげると、決めたの」
──輝く瞳。
「あなたの願いをかなえてあげる。あなたが、ブリテンを救えるように」
──美しささえ伴って。
「そのためなら」
──輝きに咲き誇る花、一輪。
「何だってできるし、何だってするわ」
──ただ。
──少女は、眩まばゆく、柔らかく、微笑みかけるだけで。
Saber: "Efficient,” you said.
Again, he spoke those words. His memory is accurate. Yesterday, he was engraving into his mind the information about the other Masters who had been anticipated at this current time, based on what he had heard from the magi who was that girl and her father.
The noted mage family, the Reiroukan family.
The daughter of the current family head who is regarded as one of the Masters, is said to be close to the same age as this girl. And, she is also an acquaintance.Beyond that he didn’t know what to think, but the girl had definitely said, that she was like a friend.
Arranging the information in his memory, he would carefully, choose his words. As a person, he had to follow an honest path. As a person, he must show his people the way to his utopia.
Saber: “You said “to target the Master’s child.” I don’t want to make you, do something like kill a friend with your own hands.”
Manaka: “You’re so kind. Saber.”
Saber: “Manaka.”
Manaka: “But, I’m fine. You don’t have to worry about me.”
Saber: “People can make mistakes. However, you are wise. Even if you don’t choose to make a mistake, you can certainly, achieve your wish by attaining the Holy Grail.”
Manaka: “Yep.”
Vaguely nodding――――The girl, is still, smiling at him.
Manaka: “If it’s for your sake, I’ll do anything.”
It couldn’t reach her. It won’t reach her. Although she should be able to hear his remonstrating words, a conversation, isn’t being established. Why is that? He was aware of the impatience, that was inside of his heart. Therefore, he rushed to a conclusion. A single definitive word spoken earlier.
In other words――――
Saber: “Killing a person, is not a good thing. Manaka”
Manaka: “Why?”
Her voice, her words. It, gouged into his chest along with a huge shock. A blow by a huge steel hammer that could be swung on the battlefield, the fangs and claws of a dragon which rages piercing the earth and ripping apart the heavens, it would make one think that it wouldn’t even reach those, and it, was a blade brought by words and expressions. But, more than anything――――The girl herself, couldn’t feel it as the blade, deeply, pierces the inside of his breast. However, still, he won’t give up.
A while ago, this girl was happily talking. About the meal. About her younger sister. If that’s the case.
Then, there’s still hope.
Saber: “For example”
Weaving, his words. Again. Still, he won’t give up.
Saber: “The morning hours that I spent with you, your family. Your dear father and younger sister. That is the same thing. Surely, even to the Reiroukan Master――――”
Manaka: “Why, do you say such things?”
――――Her smile.
Manaka: “I’ve decided, to give the Holy Grail to you.”
――――Her radiant eyes
Manaka: “I’ll grant your wish. So that you can save Britain.”
――――Accompanied by even her beauty.
Manaka: “If it’s for that purpose.”
――――A flower, a flower that’s brilliantly in full bloom.
Manaka: “Then, I can do anything, I’ll do anything for you.”
――――It’s just.
――――It's just that the girl, is faintly, softly, smiling at him.
Act 3
- Fragment - Brynhildr [1]
Japanese Raw
光が──
灯あかりが落ちているはずなのに、時折、眩まばゆい光が ほとばしる。
煉れん瓦がに似せて作られたコンクリート建材の床がひとりでに削れていく。
僅わずかに遅れて響く甲高い金属音。
同時に、風、と一言で表現するには凶悪に過ぎる衝撃が周囲を吹き荒すさび、植え込みの木々が砕け散る。緑の葉が舞い上がる。樹皮の破片が飛び散る。街灯が割れる。
暗がりのビル街の一角。
その光景を目撃する者は、いない。
もしも誰かが偶然に通りかかったとしても、常人の視覚では、此処ここで何が行われているのかを把握するのは難しいだろう。JR池袋駅からやや離れた超高層ビルディングの麓ふもと。夜深い都市の暗がりの中で、まさか、瞳に映るか否か──視覚情報を常人の脳では正しく認識し得ないほどの超高速で交差しながら刃を打ち合わせる人影がふたつ、など。
目にしたとして、誰が信じられるだろう。
まさか、こんな。
「流石は第一位のサーヴァント」
声が、響く。
片方の人影が、ぴたりと足を止めていた。
姿を見せていた。呟つぶやいていた。
優に自分の身長以上はあるだろう長大な金属塊を、軽々と、片手で構えて──
「剛剣ですね。それでいて速く、正確で、僅かな隙もない」
槍使いランサーは言った。
そう、それは『槍やり』だ。
あまりに長大。あまりに巨大。
先端部が幅広く刃のようにして広がった形状を有する金属塊は、この二十世紀現在では書物や映像といった記録、もしくは博物館の中でしか目にしないものだ。西暦以前からおよそ近代までの永きに渡り、人類の闘争に於おいて重要な武具として位置付けられ、多くの勇士が命を預け、命を奪い続けたもの。長柄の刃。戦場の華。すなわち『槍』。
「さぞ……」
異様な光景だった。
池袋最大の超高層ビルディングであるサンシャイン60の傍らで。
たった今も、時折は自動車の数台が走り過ぎていく首都高速道路の高架下で。
鋼の鎧よろいを身に付けた女が、こうも長大巨大に過ぎる『槍』を手に。
「さぞ、名のある勇士であったことでしょう」
──そう、呟きながら微笑んでいる、などと。
Even a Heroic Spirit in a girl’s love story―――――
A light――――
Despite the light having faded, occasionally, a dazzling light flares up. A concrete material floor that was made to falsely look like bricks will shave by itself. A high pitched metallic clanking noise echoes after a slight delay. At the same time, an exceedingly brutal impact shoots through the area, breaking and scattering the thick trees as if to express the “Wind.” in one word.
The green leaves soar. Pieces of bark go flying about. Street lights smash.
At the corner of the dark downtown high-rise area.
There’s not a soul, to witness that scene.
Even if someone on the off chance suddenly happens to pass by, in the eyes of ordinary people, it’d probably be difficult for them to guess what was is being carried out here.
At the base of a high-rise building very separated from the JR Ikebukuro station. In the darkness of a city late at night, who would’ve thought, regardless of whether it is reflected in their eyes or not――――that there would be two shadows who were knocking blades while colliding at such super high speeds that their visual information couldn’t be recognized by the minds of ordinary people.
As one witnessed this, who could believe it.
Could it be, that this.
Lancer: “Just as I’d expect from the first ranked Servant.”
A voice, resounds. One of the figures, completely stopped in their tracks. Showing themselves. They muttered. While lightly, taking a huge metal mass that was easily probably more than their own body height in one hand――――
Lancer: “That’s quite a sturdy blade you got there. And yet its quick, precise, with not so much as a crack in it.”
Lancer said.
Yes, a “lance.”
One that’s too long.
Too large.
The metal mass which has a spread shape like a blade with a wide tip, is an object that can only be seen in this current 20th century in records such as in books and films, or in the inside of a museum. Spanning a long time since before the Christian Era up to modern times, it was positioned as an important weapon in the conflicts of mankind, and it is an item that many brave warriors entrust their lives to, one that has continued to take lives.
A long-handled blade.
A flower of the battlefield.
In other words, “a lance.”
Lancer: “Surely……”
It was a bizarre scene.
At the side of the Sunshine 60 which is the largest skyscraper building in Ikebukuro.
Under the overhead structure of the Shuto Expressway which even now has a few vehicles occasionally running across it.
A woman wearing steel armour, holds her excessively long and very large “lance” as so.
Lancer: “Surely, you are a hero with some renown, yes?’
――――Yes, she was smiling as she was mumbling it.
- Fragment - Arthur 1991 [4]
Japanese Raw
成る程、槍か。
これほどの豪槍を目にすることになろうとは。
英霊七騎を用いて行われる聖杯戦争が如何いかなるものか、サーヴァントには一通りの前提知識が聖杯によって自動的に付与される。魔術師による魔力の衝突、英霊同士の巨大な力の衝突、英雄譚えいゆうたんに語られた奇跡と絶技の具現。それは物理法則さえねじ曲げる驚嘆、世界へのある種の蹂じゅう躙りんにして神話の再演でもある、とか。
目前の女は、巨大槍を軽々と片手に携えて、くるりと回転などさせている。
紙で出来ているのかと錯覚を起こしかねないさまだが、大盾と見み紛まごうほどの巨刃を穂先とする槍の重量は、既に、身を以もって理解している。
重い槍だ。人じん智ちを超えて。
恐らくは、優に一〇〇キログラムを超えている。
柄の部分までが鋼鉄製の大型槍としてもあり得ない。ならば、かの巨大にして重きに過ぎる槍は物理を超えた存在なのだろう。実に、槍の英霊が有する武具に相応ふさわしく。
「成る程」
内心の感嘆を──彼は、己おのが声に乗せる。
白銀色と蒼色に輝く甲かっ冑ちゅうを纏まとった姿で。
彼は──セイバーは右脚を引きつつ、己が『剣』の切っ先を後ろへと下げる。
得意な構えのひとつ。現代にあっては既に戦場でさえ振るわれる機会が去って久しいとされる──そう、槍と同じくして既に過去の武器であるはずの『剣』を、彼は、こうして両手で『構えて』みせる。
戦うために。
刃、交えるために。目前に立ちはだかる槍持つ敵と相対するために。
約二四〇メートルの地上高を誇る超高層ビルディングの麓。ゆるやかな階段が幾つも重なった、実に足場の悪い、一見すれば中規模の公園にも見える偽物の煉瓦で形作られた広場のただ中にて。
数段先の階段に立って、こちらを見下ろす敵と対たい峙じする。
夜の静寂が似合う女ではあった。
長い髪は戦場では足枷あしかせにしかなるまいに、自信と実力の顕あらわれか。
槍の女。修行時代の友に女槍兵はひとりいたが、まるで戦い方が異なる。鎧装束も、彼の実際の記憶から思い浮かぶものはない。ブリテンならざる異国の英霊と言う訳だ。
「貴女あなたの豪槍も大したものだ、第四位のサーヴァント。ランサー」
「あら、ばれてしまいましたね」
「私と違い、貴女の武器は判りやすい」
「そうですね。そちらの武器は、残念なことに姿を見せてはくれないようですし」
女は薄く微笑む。
そう、彼の剣は確かに見えざるものだ。
不可視の剣。周囲に集積され封じ込まれた大量の風、空気が、光の屈折を操って剣本来の姿を覆い隠している。故に、槍使いの英霊──ランサーからすれば、完全透明な不明の武器を有した戦士を相手にしている、ということになる。
「やり難にくいものですね。見えない武具、というのは」
「降伏はいつでも受け入れよう。騎士は本来、淑女に刃を振るわぬものだ」
「優しいのですね」
女は、微笑みを崩さない。
「そんな風に、優しくされると──」
女が動く。否、戦士が動く。性の差などこの場で如何ほどの意味がある?
ない。相手は英霊だ。人々の記憶に残り、時経ても歴史の狭はざ間まに名を刻んだ伝説そのものの顕現に対して、そんなものは露ほどの意味もない。あるのは、ただ、こうして現界したことによる驚異なりし猛威、物理法則への挑戦、圧倒的なまでの破壊!
見るがいい。
超高速で接近するランサーのしなやかな指先に、金属塊、巨大槍の姿はあるか。
寸前まで軽々と手元で弄もてあそばれていた超重量の槍は、今や姿を消していた。セイバーと同じく風の魔力を用いたものか、何らかの魔術を用いたものか、それとも超自然的な伝説の効果によるものか。いずれも違う。ただ、それは速いだけだ。速い。速い。ただただ、速く、ランサーの指先と掌てのひらに導かれて回転し、空舞う鳥の羽よりも軽やかに扱われて、不可視の域にまで速度が上がっているに過ぎない。
「困ります」
声と同時に攻撃が放たれる。
体感的には、ほぼ同時に五回の攻撃。
極限の更に先にまで高められた高速回転する巨大槍が、五度、襲い掛かる。
直後、五回の金属音。ランサーの放つ同時五連の槍撃を、セイバーは真正面から自らの剣によって受け止めていた。正真正銘の不可視である刀身が、超高速による疑似的な不可視の五連撃を弾はじく。超高速と超重量への即時対応。連射された銃弾を受け止めるに等しい物理法則への反逆だが、それが英霊、聖杯を求め戦うサーヴァントというものだ。
高速で打ち合わされる鋼の刃と刃。
ほぼ同時に、両者の周囲に衝撃波ショックウェーブが発生する。
偽物の煉瓦が砕ける。
かろうじて生き残っていた街灯が、次々と破裂していく。
「お見事」
彼女の声には未だ、微笑みの残ざん滓しがある。
返答せずにセイバーは後退する。直後、彼の立っていた場所を五連撃が襲い、固いコンクリート建材の床に深々と爪痕つめあとを残す。爪。そう、爪だ。最も早はや、ランサーの振るう槍はひとつの『手』と化していた。彼女のしなやかな体たい軀くの背後には巨大な不可視の『手』が在って、その指先一本一本が鋭い鋼鉄の鉤爪かぎづめを伴って、蒼銀の剣士を襲っている──もしもこの場を目にする者がいれば、そんな錯覚を覚えただろう。
断続的に『手』は襲い掛かる。断続的な五連槍撃。
セイバーはそれを時に躱かわし、時に剣で受け止めて、全体的には後退していく。
回避。防御。どちらも完璧かんぺき。衝撃波などは只ただの余波、避けるまでもない。
だが、攻めの手がない。長柄武器による一撃の攻撃距離リーチは長く、なおかつこの超高速での連続攻撃と来れば、攻撃距離に劣る剣での反撃は困難。
しかし。合計七度目の五連撃を回避した、直後。
「───ッ!」
セイバーは攻撃に転じていた。
同時五連は驚異の技ではあるものの、あまりに単調。あまりにぬるい。
まずは紙一重で不可視の『手』をくぐり抜け、そのまま、白銀鎧に包まれた体を横に回転させながらの一閃いっせん。真一文字の薙なぎ払い。風纏う剣、その刃は、それまでの両手持ちではなく、片手で振り抜かれていた。体軀を横回転させながら半身の姿勢による片手の一撃。両手時よりも遥はるかに長い攻撃距離は、巨大槍の攻撃範囲に守られる形でいたはずのランサーの華奢きゃしゃな体軀へと届く!
魔力で編まれたと思おぼしい彼女の胸部鎧を貫く、刹那。
炎が舞った。
セイバーの視界を炎が覆う。
構わずに、彼は、剣を握る手に力を込める。刃を突き出す。
敵の心臓部を貫くべく、剣の切っ先を押し込む。だが。手て応ごたえは薄い。
見れば、ランサーの姿は大きく離れていた。
刃を振れば届く距離ではない。再び、間合いを詰める必要がある距離。
「……手て強ごわいですね」
漸ようやく、ランサーの声からは微笑みが消えていた。
「この程度。あまりに単調な攻撃を続けたのは、そちらだ」
「あら、また、ばれてしまいましたね。優しいひと。こちらの心臓を狙ったのは、一撃で終わらせようという慈悲の顕れなのでしょうか」
「慈悲などと」
再び、不可視の剣を構える。
距離を詰める方法は幾らでもある。
未だ、セイバーは手の内を幾らも見せてはいない。だが、それは、槍持つ彼女とて同じではあるのだろう。ただ巨大にして超重の槍を操るだけで、英霊としての存在を成し得るはずなどないのだから。奥の手を隠している可能性はきわめて高い。
たとえば──
「優しいひと。優しいサーヴァント。そんなにも優しいと、私」
このように。
何処からか取り出した、いかにも魔術の品じみた小瓶であるとか。
「困ります」
小瓶に満ちた赫色をした液体を、ランサーは一気に呷あおってみせる。
静かに。視線をこちらへ向けたまま。
‘I see, so it’s a lance huh?’
‘Let’s see how great this lance is.’
No matter what sort of event the Holy Grail War which is performed by using 7 Heroic Spirits was, basic requisite knowledge has been automatically granted to me by the Holy Grail. A clash of magic by mages, a clash of enormous powers between fellow Heroic Spirits’, and the embodiment of their special moves and miracles that’s spoken of in heroic epics. Is it a wonder that twists even the laws of physics, a reiteration of a myth or maybe even a type of violation towards the world?
The girl before my eyes, holds her huge lance in one hand, and makes it to spin lightly around and around. Although its appearance could generate an illusion that would make one question whether it is made of paper, I can already grasp, the weight of the lance and where the huge blade that can be easily mistaken for a large shield make its tip with my body.
A heavy lance.
That surpasses human wisdom.
It probably, easily exceeds 100 kilograms.
Though that’s unlikely even if a portion of the grip is made up of a large steel lance. If that’s the case, then a lance that huge and excessively heavy is likely an item that surpasses the natural laws.
Truly, it is the most fitting weapon to be held by the Heroic Spirit of the Lance.
???: “I see.”
The admiration in his heart――――he’ll let it ride on his voice. With a figure that’s cladded in armour shining in blue and silver colours. He――――Saber while drawing back his right foot, will lower the tip of his “sword” to his back.
It’s one of his specialty stances.
In modern times, the opportunity to even swing it on the battlefield has long since gone already――――so yes, he’ll show, that he can “adopt” his “sword” which should already be a weapon of the past like her lance, with both hands like this.
In order to fight. To cross blades. To face-off against an opponent who carries a lance and imminently stands in his way.
At the base of the high-rise building which boasts a surface height of roughly 240 metres. In the middle of a plaza that was built with fake bricks and made to resemble a mid-size public park at first glance, on truly bad scaffolding, where many loose steps overlapped. Standing on the stairs a few steps ahead of him, and facing the enemy who is looking down at him……Was a woman who suits the silence of the night.
Long hair won’t necessarily become a shackle on the battlefield, so is it a display of her ability and assurance?
A woman of the lance.
There was one female lance user amongst my comrades in my training days, but it’s like her fighting style differs from hers.
Nothing also came to mind from his actual memories about her armoured attire either.
This means that she’s a Heroic Spirit from a foreign country that’s not Britain.
Saber: “Your sturdy lance is mighty indeed, 4th ranked Servant. Lancer.”
Lancer: “Oh, so I’ve been discovered.”
Saber: “Unlike mine, yours was easy to discern.”
Lancer: “I guess so. Though it’s quite lamentable that you won’t do me the favour of showing me yours.”
The woman weakly smiles.
Yes, his sword certainly cannot be seen.
It’s an invisible sword after all.
I’m concealing the sword’s true form by manipulating refracting light, with a huge volume of air or wind that can be gathered and trapped from its surroundings. Thus, if it’s from Lancer――――the lance-using Heroic Spirit, then it means, that she is marking the warrior who possesses a perfectly transparent and unclear weapon as her enemy.
Lancer: “It’s a difficult item you use. Your invisible weapon, I mean.”
Saber: “I’ll accept your surrender at any time. A knight by nature, is someone who doesn’t swings his sword at a lady.’
Lancer: “Oh, you’re so kind.”
The woman, doesn’t relax her smile.
Lancer: “If you insist on being so kind to me, like this――――”
The woman moves.
No, the warrior moves.
How much significance does gender difference have in this place? None.
His opponent is a Heroic Spirit. For the manifestation of a legends itself who has carved their name in the intervals of history and even throughout time, leaving themselves in the memories of people, such a small thing has no significance at all. What’s there, is just, a miraculous power that comes from having manifested like this, a defiance to the laws of physics, and an overwhelming destruction!
Behold.
Is that a figure of a huge lance, or a metal clump, in the gentle fingertips of Lancer who is approaching him at ultra-high speeds?
The ultra-heavy lance which is being played with lightly in her hands just before, has now disappeared. Was she using wind prana like Saber, some sort of magic, or something brought by the effects of her supernatural legend?
All of that is wrong.
She’s simply, just fast.
Fast.
Quick.
It is certainly, quick, as it turns guided by Lancer’s palm and fingertips, lightly being handled more than a feather from a bird fluttering in the sky, and going no further than to raise its speed to an invisible level.
Lancer: “How troubling.”
She releases her voice at the same time as her voice. Perceiving it, she released 5 strikes roughly at the same time. The huge lance which was turning at such a high speed that it had been further raised beyond its limits, attacks him, 5 times.
Straight after that, came 5 metallic clanks.
Saber received Lancer’s 5 consecutively released lance strikes, with his own sword, direct from the front. His authentic invisible sword blade, deflects the 5 pseudo-invisible strikes with ultra-high speed. An immediate response to its super-heaviness and ultra-high speed. A treason against the natural laws of physics which is similar to taking a bullet that has been rapidly fired, but that is a Heroic Spirit, that is a being called a Servant who fights seeking the Holy Grail.
Blade and a steel blade colliding at high speed. At roughly the same time, a shockwave erupts through the pair’s surroundings.
It smashes the imitation bricks.
And one by one, shatters the scarcely surviving streets lights.
Lancer: “Splendid.”
Her voice, still has a tinge of a smile there. Without responding, Saber pulls back. Immediately after, 5 consecutive strikes assailed the spot where he had been standing, leaving very deep claw marks in the hard-concrete material floor.
A claw.
Yes, a claw.
Already, the lance that Lancer wields has transformed into a “hand.” A huge invisible hand is there at the back of her elegant body, along with sharp steel claws at each one of its fingertips, attacking the sky silver knight―――― perhaps if there is someone to witness this scene, they’d probably remember it as a delusion.
The “hand” is attacking repetitively.
A repetitive 5 strikes.
At times Saber evades it, sometimes receives it with his sword, falling back completely.
Evade.
Defend.
Either is perfect.
There’s no need to avoid, the usual after-effects of the shockwaves.
But, I must attack at some point.
The reach of the strikes caused by her long-shafted lance is long, nevertheless if she keeps coming at me with these repeated ultra-high-speed attacks, then it’ll be difficult for me to counter-attack with my blade which has an inferior strike range.
However…...
He avoided the five consecutive strikes for a total of 7 times, but straight after that……….
Saber: “――――ngh!”
Saber alters his strike. Although the five consecutive strikes have a wondrous technique to it, it’s too monotonous. Too soft. First, I’ll slip pass her invisible “hand” with a paper-thin difference, and just like that, I’ll flash my blade while rotating my body which is covered in silver armour sideways. And mow her straight down at once.
This sword that’s clad in wind, that blade edge, will be swung with one hand, and not with both as it has been till now. As I let my body turn, it’ll be a one-handed blow brought by my half-bodied stance. This far longer reach than when I use both hands, will reach Lancer’s slender body which ought to be in the shape to protect herself with her huge lance’s attack range!
He penetrates her chest armour which appears to be compiled of prana, and in that instant…….Flames danced.
The fire covers Saber’s vision. Regardless, he, charges power into the hand that clasps the sword. And pushes the blade in.
I must pierce the enemy’s heart, and cram the tip of my blade into it. But. Her reaction is weak. Taking a glance, Lancer’s figure is largely separated from mine. It’s not a range I can reach if I swing my sword. Again, a distance where I need to shorten the gap.
Lancer: “…...You’re rather formidable.”
At last, the smile disappeared from Lancer’s voice.
Saber: “Is that all you’ve got? You, the one who has persisted with these all too monotonous attacks.”
Lancer: “Oh, so again, I’ve been discovered. O’ kind one. Is this perhaps an expression of your mercy to try and end it in one blow, by targeting my heart?”
Saber: “If it’s mercy.”
Again, he preps his invisible sword.
There are many ways to shorten the gap.
Still, Saber hasn’t shown some of his cards yet.
But, it’s, probably the same for she who holds the lance.
There’s no way she could’ve formed her being as a Heroic Spirit, simply by just manipulating an ultra-heavy lance and making it larger.
The possibility of her concealing her trump card is also very high. For example――――
Lancer: “O’ kind one. Kind Servant. If you insist on being so kind to me, then …….”
Like this. She had produced from somewhere, something like a small vial that indeed looks like a magical item.
Lancer: “It will bother me.”
Lancer immediately gulped down, the made red liquid which filled the small vial.
Quietly. Still with her gaze towards him.
- Fragment - Arthur 1991 [5]
Japanese Raw
成る程、槍か。
これほどの豪槍を目にすることになろうとは。
英霊七騎を用いて行われる聖杯戦争が如何いかなるものか、サーヴァントには一通りの前提知識が聖杯によって自動的に付与される。魔術師による魔力の衝突、英霊同士の巨大な力の衝突、英雄譚えいゆうたんに語られた奇跡と絶技の具現。それは物理法則さえねじ曲げる驚嘆、世界へのある種の蹂じゅう躙りんにして神話の再演でもある、とか。
目前の女は、巨大槍を軽々と片手に携えて、くるりと回転などさせている。
紙で出来ているのかと錯覚を起こしかねないさまだが、大盾と見み紛まごうほどの巨刃を穂先とする槍の重量は、既に、身を以もって理解している。
重い槍だ。人じん智ちを超えて。
恐らくは、優に一〇〇キログラムを超えている。
柄の部分までが鋼鉄製の大型槍としてもあり得ない。ならば、かの巨大にして重きに過ぎる槍は物理を超えた存在なのだろう。実に、槍の英霊が有する武具に相応ふさわしく。
「成る程」
内心の感嘆を──彼は、己おのが声に乗せる。
白銀色と蒼色に輝く甲かっ冑ちゅうを纏まとった姿で。
彼は──セイバーは右脚を引きつつ、己が『剣』の切っ先を後ろへと下げる。
得意な構えのひとつ。現代にあっては既に戦場でさえ振るわれる機会が去って久しいとされる──そう、槍と同じくして既に過去の武器であるはずの『剣』を、彼は、こうして両手で『構えて』みせる。
戦うために。
刃、交えるために。目前に立ちはだかる槍持つ敵と相対するために。
約二四〇メートルの地上高を誇る超高層ビルディングの麓。ゆるやかな階段が幾つも重なった、実に足場の悪い、一見すれば中規模の公園にも見える偽物の煉瓦で形作られた広場のただ中にて。
数段先の階段に立って、こちらを見下ろす敵と対たい峙じする。
夜の静寂が似合う女ではあった。
長い髪は戦場では足枷あしかせにしかなるまいに、自信と実力の顕あらわれか。
槍の女。修行時代の友に女槍兵はひとりいたが、まるで戦い方が異なる。鎧装束も、彼の実際の記憶から思い浮かぶものはない。ブリテンならざる異国の英霊と言う訳だ。
「貴女あなたの豪槍も大したものだ、第四位のサーヴァント。ランサー」
「あら、ばれてしまいましたね」
「私と違い、貴女の武器は判りやすい」
「そうですね。そちらの武器は、残念なことに姿を見せてはくれないようですし」
女は薄く微笑む。
そう、彼の剣は確かに見えざるものだ。
不可視の剣。周囲に集積され封じ込まれた大量の風、空気が、光の屈折を操って剣本来の姿を覆い隠している。故に、槍使いの英霊──ランサーからすれば、完全透明な不明の武器を有した戦士を相手にしている、ということになる。
「やり難にくいものですね。見えない武具、というのは」
「降伏はいつでも受け入れよう。騎士は本来、淑女に刃を振るわぬものだ」
「優しいのですね」
女は、微笑みを崩さない。
「そんな風に、優しくされると──」
女が動く。否、戦士が動く。性の差などこの場で如何ほどの意味がある?
ない。相手は英霊だ。人々の記憶に残り、時経ても歴史の狭はざ間まに名を刻んだ伝説そのものの顕現に対して、そんなものは露ほどの意味もない。あるのは、ただ、こうして現界したことによる驚異なりし猛威、物理法則への挑戦、圧倒的なまでの破壊!
見るがいい。
超高速で接近するランサーのしなやかな指先に、金属塊、巨大槍の姿はあるか。
寸前まで軽々と手元で弄もてあそばれていた超重量の槍は、今や姿を消していた。セイバーと同じく風の魔力を用いたものか、何らかの魔術を用いたものか、それとも超自然的な伝説の効果によるものか。いずれも違う。ただ、それは速いだけだ。速い。速い。ただただ、速く、ランサーの指先と掌てのひらに導かれて回転し、空舞う鳥の羽よりも軽やかに扱われて、不可視の域にまで速度が上がっているに過ぎない。
「困ります」
声と同時に攻撃が放たれる。
体感的には、ほぼ同時に五回の攻撃。
極限の更に先にまで高められた高速回転する巨大槍が、五度、襲い掛かる。
直後、五回の金属音。ランサーの放つ同時五連の槍撃を、セイバーは真正面から自らの剣によって受け止めていた。正真正銘の不可視である刀身が、超高速による疑似的な不可視の五連撃を弾はじく。超高速と超重量への即時対応。連射された銃弾を受け止めるに等しい物理法則への反逆だが、それが英霊、聖杯を求め戦うサーヴァントというものだ。
高速で打ち合わされる鋼の刃と刃。
ほぼ同時に、両者の周囲に衝撃波ショックウェーブが発生する。
偽物の煉瓦が砕ける。
かろうじて生き残っていた街灯が、次々と破裂していく。
「お見事」
彼女の声には未だ、微笑みの残ざん滓しがある。
返答せずにセイバーは後退する。直後、彼の立っていた場所を五連撃が襲い、固いコンクリート建材の床に深々と爪痕つめあとを残す。爪。そう、爪だ。最も早はや、ランサーの振るう槍はひとつの『手』と化していた。彼女のしなやかな体たい軀くの背後には巨大な不可視の『手』が在って、その指先一本一本が鋭い鋼鉄の鉤爪かぎづめを伴って、蒼銀の剣士を襲っている──もしもこの場を目にする者がいれば、そんな錯覚を覚えただろう。
断続的に『手』は襲い掛かる。断続的な五連槍撃。
セイバーはそれを時に躱かわし、時に剣で受け止めて、全体的には後退していく。
回避。防御。どちらも完璧かんぺき。衝撃波などは只ただの余波、避けるまでもない。
だが、攻めの手がない。長柄武器による一撃の攻撃距離リーチは長く、なおかつこの超高速での連続攻撃と来れば、攻撃距離に劣る剣での反撃は困難。
しかし。合計七度目の五連撃を回避した、直後。
「───ッ!」
セイバーは攻撃に転じていた。
同時五連は驚異の技ではあるものの、あまりに単調。あまりにぬるい。
まずは紙一重で不可視の『手』をくぐり抜け、そのまま、白銀鎧に包まれた体を横に回転させながらの一閃いっせん。真一文字の薙なぎ払い。風纏う剣、その刃は、それまでの両手持ちではなく、片手で振り抜かれていた。体軀を横回転させながら半身の姿勢による片手の一撃。両手時よりも遥はるかに長い攻撃距離は、巨大槍の攻撃範囲に守られる形でいたはずのランサーの華奢きゃしゃな体軀へと届く!
魔力で編まれたと思おぼしい彼女の胸部鎧を貫く、刹那。
炎が舞った。
セイバーの視界を炎が覆う。
構わずに、彼は、剣を握る手に力を込める。刃を突き出す。
敵の心臓部を貫くべく、剣の切っ先を押し込む。だが。手て応ごたえは薄い。
見れば、ランサーの姿は大きく離れていた。
刃を振れば届く距離ではない。再び、間合いを詰める必要がある距離。
「……手て強ごわいですね」
漸ようやく、ランサーの声からは微笑みが消えていた。
「この程度。あまりに単調な攻撃を続けたのは、そちらだ」
「あら、また、ばれてしまいましたね。優しいひと。こちらの心臓を狙ったのは、一撃で終わらせようという慈悲の顕れなのでしょうか」
「慈悲などと」
再び、不可視の剣を構える。
距離を詰める方法は幾らでもある。
未だ、セイバーは手の内を幾らも見せてはいない。だが、それは、槍持つ彼女とて同じではあるのだろう。ただ巨大にして超重の槍を操るだけで、英霊としての存在を成し得るはずなどないのだから。奥の手を隠している可能性はきわめて高い。
たとえば──
「優しいひと。優しいサーヴァント。そんなにも優しいと、私」
このように。
何処からか取り出した、いかにも魔術の品じみた小瓶であるとか。
「困ります」
小瓶に満ちた赫色をした液体を、ランサーは一気に呷あおってみせる。
静かに。視線をこちらへ向けたまま。
夜の寒さに震える我が身ではないものの、熱い紅茶は心地良い。一口含んで喉を潤しながら、我が主人マスターのあまりに無謀な言葉を、如何にして諫いさめるべきかを静かに考える。すぐには言葉が出て来ない。可か憐れんにして愛らしい主人には、こちらからの言葉が必ずしも届くとは限らないことは、先日、身を以て知ったばかりなのだから。
と──
夕食がまだだったものね、と、愛歌は傍らのバスケットを開けて、用意していた食事を広げていく。多くの具材を挟んだパンに、ライスを丸めて塩で味付けしたものに──
「サンドイッチとおにぎり、どっちがお好みかしら」
正直なところを言えばどちらも口にしたことがない。
現代に於おける料理なのだろう。故郷では、聞いたことも見たこともない。
「サンドイッチ伯爵というのは知ってる? ブリテンの、未来の……ううん、今から見るなら過去なのだけど、そこの貴族が作ったんですって。伯爵さま、食事の時間を惜しんで遊びゲームを楽しみたいから思い付いた、とか、変わったひとね」微笑みながら、愛歌はパンをそっと差し出して。「だから、これはね。戦争ゲームの最中にふさわしい食事なの」
「成る程」
手渡されたものにかぶりつく。旨うまい。
こんがりと表裏を焼いたトーストで具を挟んだものだった。ローストチキンとチーズをレタスやトマトといった生野菜で挟んで、それを更にトーストで挟むといった具合。汁気の多い新鮮なトマトが、肉やチーズにとても合う。実に、合うものだと感じられる。
かつて彼の生きた時代では、生野菜はきわめて貴重なものだった。
けれど、西暦一九九一年のこの都市では、誰もが口にできるのだという。
「……おいしい?」
「ああ」食べながら、頷うなずく。
伯爵の名などは付いていなかったものの、パンに具を挟んで食べるという習慣自体はローマの昔からあって、ブリテンにも伝わってはいたものだから。セイバーは素直に頷いてみせる。こういう風に食すパンは、以前から──
「好きだよ」
以前から。好きだった。
噓偽らざる言葉だった。彼は、王であると同時に自らを騎士であると述べて憚はばからないセイバーは、滅多に噓を口にはしない。だから今も、ただただ事実を述べる。
「い……今のは……」愛歌が何か、狼狽うろたえている?
「ん」もぐもぐ。サンドイッチを頰張りながら彼女を見る。
「い、今のは、さすがに」愛歌の頰が赤みを帯びている。
「ん」もぐもぐ。次はあのライスを丸めたものを食べようと思いつつ。
「自意識過剰かしらと、ちょっと、思うんだけど」
やはり、愛歌の頰は赤い。
これくらいのほうが良い。そう、彼は思う。
例えば先刻、今夜の『作戦』を父君へ告げた時のような冷酷な素振りは、この年頃の少女にはあまりに似合わない。これぐらいが良い。可憐な頰に、健康的な赤みが差して、花の明るさと妖精の輝きを湛たたえるほうが彼女には余程似合っている。
「ずるいわ。セイバー」
そう言って、拗すねるように頰を膨らませて。
愛歌は唇を尖とがらせる。
──愛らしい少女。そう、心の底よりセイバーは思う。
であればこそ、聖杯戦争の苛か烈れつさに身を投じることの危うさを思わざるを得ない。
たとえば今現在、この瞬間もそうだ。
聖杯戦争は既に始まっているのだ。史上初の大規模な魔術闘争。神秘を操る魔術師たちによる殺し合い、強大にして物理法則さえ従属させる英霊による殺し合いが。であるのに、こうも平然とひとりで外に出てみせる、等と。この行為はあまりに危うい。
何より、サーヴァントであるこの自分に対して過保護過ぎる。
愛歌は最後まで、セイバーを外に出すことに反対していた。
先日、聖杯戦争に於ける戦略・戦術性の肝要さ、サーヴァントはあらゆる行動の基幹となる戦闘力であること等を説く父君についぞ折れなかった愛歌は、セイバーを危険に晒さらすことを拒絶し、頑としてこう言ってみせた。
『わたしがひとりでなんとかするわ』
それで、生き残れる訳がない。
一般的な魔術師であれば、半日も生き存ながらえられないだろう。
けれど。彼女は、特別だった。
『そうだ』
『いいこと思い付いたわ、セイバー!』
そう言って笑った愛歌は、突然、一転して今夜の哨しょう戒かいを提案したのだった。
すなわち、深夜の都市部に於ける他マスターおよびサーヴァントへの哨戒活動。愛歌とセイバーで別々に行動し、情報収集を行い、未明にこの場所で待ち合わせる。と。
無論、彼は反対した。したが、愛歌は聞き入れなかった。
「先程、一騎のサーヴァントと遭遇したよ。恐らくは──」
サンドイッチを嚥えん下かして、手短に告げる。
先刻の戦闘、聖杯戦争の緒戦について。
サーヴァント階位第四位、ランサーとの遭遇。数合を打ち合った後、彼女は何かを服用した直後にあっさりと撤退した。取り出された小瓶が宝具であったかどうかは不明。
「ふうん」
愛歌は興味なげに頷くのみ。
自分と離れてマスターが単独行動をすべきではない、逆の立場であればきみは危険に晒されていた、とセイバーはやんわり愛歌を諫めようとするものの、彼女は平然と──
「ふふ、心配してくれるのね」
「当然のことだよ」
「心配性ね、セイバー。ううん、優しいのかしら。でも安心して。誰かがわたしに近付いてきたらすぐにわかるもの」
なんでもないのよ、と小さく言って笑ってみせる。
確かに、この建築物に魔術による結界が張られているのはわかる。魔術に聡さとくはない彼ではあるけれど、サーヴァントは魔力に依よって立つ存在であるからには、場の魔力を感じることは難しくない。此処には結界が在る。それも、一朝一夕で編み上げられるような簡素なものではない。七枚羽を有する第一位の魔術師に相応しい、強力な結界だ。
一般人や並の魔術師であれば、屋上どころか二階へ上がることも出来はすまい。
けれど、対するサーヴァントはいずれも強力な英霊。
現代の魔術師の結界がどこまで通じるものか。
何より、結界の存在は「そこに魔術師がいる」と知らしめているようなもの。
事実、ランサーが姿を見せたのも、愛歌がこのビルに張った結界の存在を彼女ランサーのマスターである魔術師が感知したが故なのだろう。
「いいや、危険だ。たとえば……そう、アサシンのサーヴァントであれば」
「アサシンのことなら大丈夫。さっき、手は打ったから」
「ん」手を打った?
「やっつけた訳じゃないけど。でも、もう、敵じゃないわ」
「敵じゃない、とは。どういう意味だい」
「何とかしたの」
さらり、と──
咲き誇る花の輝きのままの表情で言ってのける。
瞬間、セイバーは言葉を脳裏で反芻はんすうする。
英霊たるサーヴァントを、魔術師ひとりで?
今夜、サーヴァント特有の気配は感じなかった。聖杯のもたらす前提知識は、そう、セイバーの頭脳にサーヴァント戦に於ける常識さえ刷り込んで来る。ランサーと相対した時に感じたような独特の圧力、あれがサーヴァント特有の気配であるのなら、今夜のビル街にランサー以外の英霊の存在は感知しなかったと胸を張って言える。無論、その気配を自らの意思で消すことを可能とする『気配遮断』のスキルを有するアサシンであれば密ひそかに接近することは可能だ。彼自身も、それを危惧きぐした。
だが、サーヴァントと一対一で遭遇して、魔術師が無事でいる等と。
俄にわかに信じられるものではない。
それでも──
「ここは安全よ。周囲3キロメートル以内には魔術師もサーヴァントもいないわ」
愛歌の瞳と言葉に、噓は、感じない。
澄んだ瞳だった。
澄んだ声だった。
その笑顔には、愛らしさと、可憐さと、そして。
「ね、セイバー」
ある種の熱とが、在って──
「わたしひとりでサーヴァントを一騎、何とかしたのだから」
妖精の輝きだった。
花の明るさだった。
けれど、妖精も、花も、こうも接近して来るものだったろうか。
距離が。近い。
気付けば、セイバーのすぐ目前には少女のほんのりと赤らんだ頰があった。
「ご褒美──」
期待に満ちた声で、愛歌はそう言ってみせる。
静かに。視線をこちらへ向けたまま。
One of the multi-residential apartment buildings that is lined up
roughly close to the Sunshine 60 building, Toshima prefecture, Ikebukuro.
A roof which shouldn’t have anyone on it.
A time, that’s already suitable enough to be called early dawn rather than express it as midnight. The building which held various business services on each floor is uninhabited on all levels, and it should have been the same with the roof as well.
However, there is one girl there.
One would probably call it, some kind of――――bizarre scene. The person who shouldn’t be there is there like it’s natural for her to be there, and it’s the same as the lance user from before in a sense, however the presences that came with them are different. If the one from before was an aggressive bizarreness which rips apart those who approach her, then what, is this? How should he express it?
At least for the Saber of this moment, he couldn’t find the words to compare it to. Arriving “here” at the agreed upon spot, he stares back, at the girl’s whole smile.
Saber: “Manaka”
Briefly, he calls the girl’s name.
Manaka Sajyou.
His master as a Servant.
A magus.
My sole Master, who challenges the Holy Grail War to obtain the Holy Grail with me.
Manaka, sits quietly on top of a camp sheet that’s spread out on one corner of the roof, she appears to have been waiting for me to come here.
For the moment, she has a huge basket and a portable thermos with her.
Manaka: “You’re here right on time. You’re so amazing, Saber.”
She says, as she pours black tea with rising steam from the thermos into a cup.
Manaka: “Right, I’ve just about finished making my preparations too. See, will you please be seated?”
Radiantly, she calls out to me with such a whole smile.
It’s like, like she’s a girl of marriageable age who came for a date to a huge park, and decides to play enough for an entire day off.
No.
It might be that I have these types of strong emotions for Manaka.
I spread out myself on the sheet. Like this, she hands over the warm drink to me.
Manaka: “I took you outside, I somehow exposed you to danger, and I was absolutely against it, but…...”
While tilting her head a bit, she smiles.
Manaka: “But. If I had known that waiting together like this would be something enjoyable, then it’s scary.”
Saber: “Scary?”
Manaka: “After all, it makes it seem like I want to go out again and again, even though I…….”
Saber: “……. That is troubling.”
I retort with my non-deceitful thoughts. It’s not that my body is shivering to the coldness of the night, although the hot tea is pleasant. As I moisten my throat with a gulp of it, I quietly consider, whether I should somehow admonish my Master for her very ill-advised words. Though the words didn’t come out immediately. After all, I’d just discovered with my body, the other day, that it wasn’t necessarily limited to sending my words from over here to my lovely and even pretty Master.
And then―――
Since it was still dinner, with that, Manaka opens the nearby basket, and starts spreading out the food she prepared.
There’s bread with lots of ingredients sandwiched in it, and something that was flavoured with salt and rolled up into rice―――
Manaka: “Sandwiches or Rice balls, which do you prefer?”
Honestly speaking, I haven’t tasted either of them before.
They’re probably dishes from the modern era. I haven’t heard of them nor seen them, in my homeland before.
Manaka: “Have you heard of the Earl of Sandwich? He’s Britain’s, no your future……no, if you look at it from now then it’s the past, uhh, just forget it, however that noble was the one who created this. The Earl came up with the idea of it because he wanted to enjoy his games without taking time out for meal times, and he was kind of a, a strange person, I think.”
As she smiles, Manaka gently takes out the bread.
Manaka: “So, this is well. A meal fit enough for a middle of a game.”
Saber: “I see.”
I bite into the item that had been handed to me.
It’s good.
It was an item with toast which had been fried brown on its front and back sides with ingredients sandwiched into it. The way it was made had fresh vegetables such as tomatoes and fresh lettuce inserted on either side of the roast chicken and cheese, which was then further inserted into the toast. The many juicy and fresh tomatoes, very much suits the meat and cheese.
Indeed, I can feel that it’s a matching item.
In the era that he once lived in, fresh vegetables were extremely precious items.
However, in this city of 1991 CE, there’s no one who’d speak that.
Manaka: “……. Good?”
Saber: “Yes.”
I nod, as I eat.
Although the Earl’s name hadn’t been attached to it, the custom of eating ingredients inserted into bread itself was something that had been passed down in Britain, since the time of Ancient Rome. Saber honestly nodded.
The bread which I eat like this, ever since before I―――
Saber: “I like it.”
Since way before.
I’ve liked it.
Those words of his were not a lie.
Saber who didn’t hesitate to mention that he was a king and a knight at the same time, didn’t rarely tell a lie.
So, for now, he’ll simply state the facts.
Manaka: “Just……now…….”
Manaka, is flustered?
Saber: “Hm?”
Chew chew.
As she stuffs the sandwich into her mouth, she looks at me.
Manaka: “Just, now, I guess…...”
Manaka’s cheeks flare up.
Saber: “Hm?”
Chew chew.
Next, I think I’ll try eating some of that rolled up rice thing.
Manaka: “I think, I’m just a bit overly self-conscious, I guess.”
Like I thought, Manaka’s cheeks are red.
This is better.
Yes, he thinks.
For example, this cruel behaviour of hers like when she told her father about tonight’s “strategy,” doesn’t really suit a girl her age.
This is better.
With the healthy red tinging her sweet cheeks. the radiance of a fairy and the brightness of a flower suits her a lot better than this.
Manaka: “You’re so mean. Saber.”
Saying that, she puffs up her cheeks as if to sulk.
Manaka pouts her lips.
―――A lovely girl.
‘Yes,’ Saber thinks from the depths of his heart.
Thus, I am compelled to think of the dangers of her throwing herself into the cruelty of the Holy Grail War. For example, it’s true that even now, in this moment…...The Holy Grail War has already started.
The first ever historical large-scaled magic war.
A mutual slaughter where magi who wield mysteries and Heroic Spirits who can force even the most powerful of physical laws to be subordinate to them will kill each other, but…...Even though it is, she had proved that she could safely go out like this, and so on. However, these actions are far too dangerous.
More than anything, she’s too overprotective of me ---- a Servant.
Until the very end, Manaka had opposed the idea of taking Saber outside. The other day, Manaka who was unyielding even to her father who was preaching to her about the vitality of tactics and strategy in the Holy Grail War, and how Servants were their fighting strength and the key to all their movements, had refused to expose Saber to danger, and stubbornly said this……
Manaka: “I’ll do something about it myself.”
And thus, there shouldn’t be any way for her to survive. If it was your regular magus, then they’d probably wouldn’t even survive for half a day.
But.
She, was special.
Manaka: “That’s it!”
Manaka: “I just came up with a great idea, Saber!”
Manaka who smiled as she said this, suddenly, spun around and proposed tonight’s patrol. In other words, it was an active patrol for the other Servants and Masters in this late at night city. Manaka and Saber would act separately, carry out intelligence gathering, and meet up with each other at this spot in early dawn. And then…... Of course, he had argued against it.
He had, but Manaka hadn’t listened to him.
Saber: “I confronted a Servant, just now. It’s probably―――”
Swallowing the sandwich, I briefly tell her. About the start of the Holy Grail War, and the previous battle just now. The encounter with Lancer, the fourth ranked Servant. And that after they had fought for a number, she quickly retreated immediately after having taken something. Whether the small vial that she produced is her “Noble Phantasm” is still unclear for now.
Manaka: “Hmm……”
Manaka only nods uninterested.
As Saber gently tries to scold her with an “Master if you are separated from me, then you mustn’t take independent action, if our positions were reversed, you would’ve been exposed to danger,” but she just calmly―――
Manaka: “Fufu, were you worried about me?”
Saber: “Of course I was.”
Manaka: “Don’t be such a worrywart, Saber. Yep, I wonder if its cause you’re kind. But don’t worry. I’d immediately know, if someone was approaching us.”
I try to smile and slightly say, “it’s not nothing.”
Certainly, I know that a barrier has been attached to this building with magic. Although he who is not sensitive to magic is there, it wouldn’t be difficult for a Servant to sense the magic of this place, after all they are beings who are standing here now because of prana.
There’s a barrier here. Additionally, it’s not a simple one like one that’s been made in a day. It’s a powerful barrier, fitting for a first ranked magus who holds seven feathers. If it’s a normal person or an average magus, they’d wouldn’t be able to come up to the second floor let alone the roof.
However, the Servants we confront are all powerful Heroic Spirits.
How far could they get through this modern magus’ barrier?
More importantly, the existence of a barrier itself basically shouts that “there’s a magus here.”
Truthfully, I think that Lancer had probably shown herself, because the magus who is Lancer’s Master had probably sensed the existence of the barrier that Manaka has spread over this building.
Saber: “No, it’s too dangerous. Let's say……yes, if it was Servant Assassin.”
Manaka: “If it’s about Assassin then it’s fine. I’ve came to an arrangement with her, just now.”
Saber: “Huh?”
Came to an arrangement?
Manaka: “It’s not like I beat her up. But, she’s, not our enemy anymore.”
Saber : “By, not an enemy. What do you exactly mean by that?”
Manaka: “That I took care of her, silly.”
Without any hesitation―――She said it with an expression that still had the radiance of a blooming flower on it. In that instant, Saber ponders on her words.
A single magus, against a Servant Heroic Spirit?
I, didn’t feel the unique presence of a Servant tonight.
The prerequisite knowledge the Holy Grail brings, right, imprints even the general etiquette of Servant battles into Saber’s mind.
A strange pressure like that of the one that I felt when I faced Lancer, if that is the unique presence of a Servant, then I can puff my chest out with pride and say that I didn’t feel the existence of any Heroic Spirits besides Lancer at this downtown area tonight.
Of course, considering if it is Assassin who has the “Presence Concealment” skill which allows them to erase their presence with their own mind then it is possible.
He himself, was also worried about it.
‘But, a magus confronting a Servant one on one, and coming out safe.’
It’s not something that I can believe so offhandedly.
Even so―――
Manaka: “It’s safe here. There are no Servants or Magi within 3 kilometres of the surrounding area.”
I can’t feel, the lies, in Manaka’s words or eyes.
It was her clear eyes.
It was her serene voice.
And there’s……such a loveliness, and, sweetness, in that smile.
Manaka: “Hey, Saber.”
There is some sort of passion, there―――
Manaka: “Since I took care of a Servant by myself……”
It was the radiance of a fairy.
The brightness of a flower.
However, would a fairy, or a flower be approaching me like this?
Our distance….
Is close.
As he notices her, the girl’s slightly florid cheeks were immediately right in front of Saber’s face.
Manaka: “May I have a reward―――?”
With a voice brimming with hope, Manaka said it thusly. Quietly.
Still with her gaze towards him.
- Fragment - Arthur 1991 [6]
Japanese Raw
「ず、ず、ずるいわ。ずるいわ。こんな……」
小声で、愛歌がもごもごと何かを口にし続けている。
反応からすると『ご褒美』はあれで問題なかったのか、どうか。
肩に手を置いて迫る愛歌に対して、セイバーが選んだ行動は口付けキスだった。
キス。
ささやかに、額への。
「その、わたしだって、いきなり唇と唇、なんて、早すぎるかしらって思ったわ、思ったけど、でも額、ううん嬉うれしいわ、触れてくれて嬉しい、けど、でも、でもえっと」
照れて、喜んで。真っ赤になって狼狽える少女。
小さな淑女の様子としては、この上なく微笑ましく映る。
それは、とても、年相応の仕草に見えたから。
──この子は、純粋であるのだろう。
──それだけは間違いがない。
とある色を彼は思う。
それは、白だ。
未だ何も描かれていない無垢むくたる、白。穢けがされざる白──
もしくは。
万象の何もかもを塗り潰つぶす、絶対の白か。
Manaka: “Tha, tha, that’s so mean. You’re not playing fair. Doing such a…….”
With a small voice, Manaka continues saying something while pouting. Whether she didn’t have a problem with that as her “reward” judging by her reaction, is somehow……
For Manaka who set her hands on his shoulders, the action that Saber chose was a kiss.
A kiss.
Gently, to the forehead.
Manaka: “That is, sure, I thought, I thought that, suddenly kissing, somehow, might’ve been too fast, but, but, I’m happy, yeah about the forehead, I’m happy you touched it, but, that is, umm you see……”
Embarrassed, and happy.
A girl who gets flustered and turns red.
It pleasantly no further reflects, the state of the small lady.
That is, it seems to be very suitable behaviour, for one her age.
――――This child, is probably pure.
――――That much is certain.
He thinks of a certain colour.
It is, white.
A white that is pure with nothing drawn on it yet.
An untainted white―――
Or.
Is it an absolute white, that could paint over all of creation?
Act 4
- Fragment - Ayaka 1991 [3]
Japanese Raw
「ねえねえ、知ってる? あの噂」
「知ってる知ってる、あれでしょう、メアリーさんの」
「そうそう。メアリーさん」
「塾でもそっくり同じ話、聞いちゃった。よその学校でも噂になってるって」
「東京だよね。うん、メアリーさんの噂があるのって東京だけらしいよ」
「そうなんだ」
「本当の話なんだよ、東京で起きてるんだって」
「でも、テレビでやってないよね」
「テレビでやってないだけだよ」
何の話をしているんだろう。
噂。東京だけ。メアリー。メアリーさん?
沙さ条じょう綾あや香かには、よくわからない話題だった。
給食のコッペパンを両手で抱えて、はむ、とかじりながら、机を並べてぴったりくっつけたクラスメイトの女子ふたりの話をぼんやり聞いて。
今日の献立はコッペパンと濃い色のシチュー、それに生野菜のサラダ。
いつものコッペパン。いつもの味。
本当は揚げパンが好きなのだけれど、毎日出て来るものではないから特別それを不満に思ったりはしない。ただ、あ、ちょっと残念、と思うだけ。
でも、今日はママレードのジャムが付いていたから少し嬉うれしい。プラスチック製の小さな容器をパキッと割って、中身を押し出して、少しずつパンに付けて食べる。マーガリンよりはママレードのほうが好きだった。甘いのは嫌いじゃない。
一口。パンをかじる。
甘くて苦いママレードのお陰で、いつもと違う味。
嫌いじゃない。好きの部類。
「名前、聞いてる?」
「名前って」
「メアリーさんの名前。ううん、メアリーさんのっていうか、噂の名前かな」
「知らない知らない。なに?」
「いつも、午後十一時に声掛けてくるらしいよね」
「うん」
「で、必ず相手は死んじゃう」
「うん」
「だから、午後十一時にやって来る死のデス・メアリーメアリー、って」
午後十一時。
死のメアリー。
物騒な話が聞こえて来たような気がする。
(なんだろう)
話をしているのは、いつも昼休みの時間中にお喋しゃべりをしているふたり。よくテレビを観ているらしい子と、隣駅にある進学塾に週三日も通っているらしい子。学校の外で放課後に遊んだりしたことはないから、どちらも、正確にどうなのかはわからない。別に、ふたりが噓を吐いているとは思わないけれど。
ふたりは、噂について話しているようだった。
誰かの話を聞くことには慣れていたから、はむ、ともう一口パンを口に含みつつ、よく嚙かみつつ、話を聞いてみる。今からでも理解できる? 最初のほうはママレードを慎重に容器から出すことに集中していたせいで、ちゃんと聞けていなかった。
午後十一時の死のメアリー。
後追いで、ちゃんと意識して聞いてみる。
自分から尋ねたりはしない。どうせ、口を開いて何かを言っても、テレビもあまり観てはいないし、塾に通ってもいない、かろうじて少女漫画誌を月に一冊買って貰もらう程度の自分では、同じ年頃の小学生女子の世間話にはうまく混ざれないだろうな、と普段からうっすら感じてはいて。
だから、口は食事だけに使って。もぐもぐ。
ただ、耳だけ傾けて情報を聞き取る。
(んー)
それは、噂だった。
大人にそっと声を掛ける外国人の少女。
(女の子)
それは、夜だった。
夜遅くの街中に少女は姿を現して。
(夜?)
それは、死だった。
名前の通りに必ず死をもたらして。
(……死ぬ。殺すの?)
やはり物騒な話だった。噂だった。
友達の友達が、とか、友達の友達のお父さんが、とか、友達の友達のお父さんの仕事先のひとが、とか。そういう、直接見たり知ったりした訳ではない誰かから、漠然と、けれども見てきたように具体的にもたらされる、不思議な話。
こういうものは前にも聞いたことがある。
すぐに思い出せる。
例えば去年、二学期頃に教室で流行した人の顔をした犬とか。
あれと同じ話。子供同士が囁ささやく、暗がりの噂。
学校の怪談。学校の七不思議、とか。
あれと同じなのかな、と綾香はぼんやり思う。階段の段数が多いとか少ないとか、理科準備室の人体模型がひとりでに歩くとか、音楽室の音楽家の肖像画が目を動かすとか、トイレにいる女の子とか、そういうもの。学校が関係ないものであれば、口の裂けた女のひと、紫色をした鏡、耳たぶから出た白い糸、赤い紙と青い紙、それに──
(コックリさん、だっけ)
ウィジャ盤を模したらしい五十音が記された紙の上に五円玉を乗せて、降霊術の真似事をするようなものもあったと思う。綾香ちゃんもやろうよ、と春頃の昼休みに誘われた時には、まさかこの子たちも魔術師の家系なのかなと目を丸くしたものの、何のことはない、他愛ない、ただのお遊戯だった。
好きなひとは誰か、とか。
嫌いなひと、嫌いなもの、怖いもの、そういうものを口々に尋ねて。
魔術の類たぐいは発動せず、ただ、指を置いた数人のうちの誰かが五円玉を引っ張るだけ。
そういえば、あの時、誘ってきたのはこのふたりだった。
お喋りが好きなふたり。
とても、恐がりなふたり。
「みんな死んでるんだ……」
「そうだよ。会ったひとは、みんな。ひとりも助からなかったって」
「やだ、怖い」
ほら。怖いって、言った。
「鏡を見たひとも死んじゃうらしいよ。触ると死んじゃう、だったかな」
「えっ、そうなの」
「そうだよ。だから、警察のひとも沢山死んじゃってるって」
「怖いね……」
不気味だとは思う。
噂の内容は、確かに、ひどく物騒で恐ろしげなものだった。
夜遅くに仕事から帰ってくる成人男性に声を掛けて、外国人の〝メアリーさん〟がホテルへ入っていく。翌朝、少女メアリーの姿は消えていて、鏡には英語で、
『死のWelcome世to界theによworldうofこそdeath!』
と、真っ赤な口紅で書かれた文章がひとつきり。
エクスクラメーション・マークの隣には、同じく赤色でキスマーク。
男性はベッドの上で死んでいる。
原因は不明。怪我もしていないのに、どういう理由か死んでいる。
ニュースにもなっている、とのこと。
彼女に狙われるのは大人の男のひとばかりで、ひとりも女のひとはおらず、塾に通っている子の話では隣町の友達のお父さんもそうして死んでしまった。とか。
(ぜんぜん学校の怪談じゃない)
学校の怪談というか、大人の怪談。
深夜の街を歩いて帰宅するお父さんたちにとっての怪談。
人の顔をした犬に比べれば、現実味を感じる話ではあると思う。でも、去年の時と同じで、少しも怖いとは思わない。不気味には思うし、そもそも〝メアリーさん〟が何を考えているのか、何をしたのか、さっぱりわからないから怖いと言えば怖いと言えなくもないだろうけれど、やっぱり、怖さを実感することはなかった。
綾香は、もう、知っているから。
神秘にまで昇華された噂話であれば力を備えることもあるだろうけれど。
子供たちの間で語られる噂程度では、何もかもが足りない。
少なくとも、父は、人面犬の神秘が実在するとは言わなかった。
それに──
(わたしのお父さんは平気、だもの)
瓶入りの牛乳ミルクを飲みながら、静かに考える。
家にいることが多くて、出掛けて夜遅くに帰ることもあまりないから。大丈夫。
そして、もしも、件くだんの〝メアリーさん〟が小学生女子の間で囁かれる神秘もどきの噂止まりではなくて、実在する殺人者であったとしても。
どういうこともない。
だから、怖くない。去年と同じ。
クラスメイトの誰にも言えないけれど。
──父は、魔術師だから。
──本物の神秘を扱うことのできるひとだから。
怪談、なんて。
本物の幻想種ならまだしも、噂話なんかに負けたりしない。
「うん」
小さく呟つぶやいて。
綾香は、また、パンを一口かじる。
The strategy of life never appears out of darkness――――
Student A (Kyoko): “Hey hey, do you know? About that rumour.”
Student B (Nao): “I know I know, it’s that right, Miss Mary…...”
Student A (Kyoko): “Yeah, yeah. Miss Mary.”
Student B (Nao): “I’ve heard the exact same story in my cram school too. It’s becoming a rumour even in the nearby schools too.”
Student A (Kyoko): “Tokyo, right? Yeah, it seems the rumour about Miss Mary is only in Tokyo.”
Student B (Nao): “Is it true?”
Student A (Kyoko): “It’s a true story, after all it’s happening in Tokyo.”
Student B (Nao): “But, I haven’t seen it on TV.”
Student A (Kyoko): “It just hasn’t been shown on TV yet.”
‘What story are talking about? A rumour. That’s only in Tokyo. Mary. Miss Mary?’
For Ayaka Sajyou, it was a topic that she didn’t really know about.
While chewing and nomming on the school lunch bread that she was holding with both hands, she was vaguely overhearing the conversation between her two female classmates who had precisely lined up and joined their desks together.
‘Today's menu is a bread roll, a dark coloured stew, and a fresh vegetable salad.’
‘The same old bread roll. The same old taste. ‘
‘Although I actually do like deep fried bread, I don’t especially think of it as dissatisfying since it’s not something that appears every day. I just, ah, think, that it’s a bit of a pity. But, today it’s a bit pleasing since it came with marmalade jam.’
Ripping the small plastic wrapping with a snap, I push out its contents and eat the attached bread, bit by bit.
'I like marmalade better than margarine. I don’t hate sweet things.’
Taking a bite.
I bit into the bread.
‘The taste is always different, thanks to the bittersweet marmalade. I don’t hate it. It’s my favourite food group.’
Student A (Kyoko): “Her name, did you hear it?”
Student B (Nao): “Her name….”
Student A (Kyoko): “Miss Mary’s name. Hmm, rather than Miss Mary’s name, maybe it’s the name of the rumour?”
Student B (Nao): “I have no idea. What is it?”
Student A (Kyoko): “I’ve heard that she will always call out to you at 11 p.m.”
Student B (Nao): “Yeah”
Student A (Kyoko): “And then, her companions will die without fail.”
Student B (Nao): “Yeah.”
Student A (Kyoko): “So, they say, Death Mary comes to kill you at 11:00 pm.”
11:00 pm.
Death Mary.
It feels like I came and overheard a dangerous story.
Ayaka: (I wonder what they’re talking about?)
The ones chatting, were always chatting away about something at lunch time. There was a girl (Kyoko) who apparently went 3 days a week to the cram school next to the station, and a girl (Nao) who always seemed to be watching TV.
Since I’ve never played with them after or outside school, I wouldn’t exactly know what’s going on with them, either way. Although I don’t think that the two of them are particularly lying. The two of them seem to be talking about a rumour.
Since I’ve gotten used to listening in on someone’s chat, I try to listen to their talk, while holding another mouthful of bread in my mouth, ‘Hamu,’ and repeatedly chewing. Could I understand them even from now on?
I couldn’t listen to them properly, because at first, I was more concentrating on carefully removing the marmalade from its container.
11 p.m. Death Mary.
I guess I’ll try to chase them up later, and make sure to carefully hear it from them.
But, I won’t ask them about it by myself.
Anyway, even if I were to open my mouth and say something, I don’t watch a lot of TV, I don’t even go to cram school, and I barely get one issue of Girls Manga Magazine per month, so I have a fainter feeling than usual, that I probably wouldn’t mix well with the gossip of elementary school girls who are the same age as me.
So, I’ll just use my mouth for my meal. Chew Chew.
But, I'll simply catch the information by just concentrating on my ears.
Ayaka: (Nnh)
It was, a rumour. Of a foreign girl who gently calls out to adults.
Ayaka: (A girl….)
It was, at night. When the girl would appear in the middle of the street late at night.
Ayaka: (At night?)
It was, death. She brings death without fail in accordance to her name.
Ayaka: (……...Die. Does she kill them?)
Like I guessed, it was a dangerous story.
It was a rumour.
A friend of a friend, or, a friend of a friend’s Dad, or, a person who works for that friend of a friend’s Dad, or something like that. A strange story which had been specifically received like they had seen it, however vaguely from someone who hadn’t directly seen or had known about it, like that.
I have heard about this sort of thing before. I can immediately recall it.
For example, wasn’t there a dog with the face of a person that was popular in class last year during the second semester? It’s the same story as that. A dark rumour, whispered amongst children. A school ghost story? Or, one of the school’s seven wonders?
‘I wonder if it’s the same as that,’ Ayaka thinks faintly.
Like the number of stairs that are more going up than going down, or the anatomical doll in the Science prep room that walks by itself, or the portrait of the musician in the music room whose eyes move, or the girl who lives in the toilet, stuff like that. If it’s not connected with the school, then there’s the slit-mouthed woman, the mirror that turns purple, the white string that exits from the earlobes, and the blue and red paper, moreover――――
Ayaka: (There's just table turning)
I think it’s something like doing make-believe necromancy, where you place a 5-yen coin on top of a piece of paper with Japanese syllabary written down on it that appeared to imitate a Ouija board.
When they invited me to do it during one lunchbreak around Spring with an “Ayaka, you do it too,” I stared at these girls wondering if they could possibly be from a Magus bloodline, but there was nothing to it, it was just, a silly kid’s game.
Like who is the one we liked?
The person that we disliked, our dislikes, the things we scared of, we asked those sorts of things. Without invoking any sort of magic, that someone within our group who had placed their finger on the 5-yen coin just drags it. Now that I think about it, it was these two that came and invited me that time.
The two that like to gossip.
The very cowardly, twosome.
Student B (Nao): “All of them died……”
Student A (Kyoko ): “That’s right. Everyone who met that person. Couldn’t be saved.”
Student B (Nao): “No way, I’m scared.”
See.
She said, she was scared.
Student A (Kyoko): “I’ve heard that a person who saw the mirror also died. I wonder, if they died because they touched it.”
Student B (Nao): “Eh, is that true?”
Student A (Kyoko): “It’s true. After all, I heard a lot of policemen have died too.”
Student B (Nao): “That’s scary…...”
I think it’s weird.
The contents of the rumors, were definitely, about terrible and horribly dangerous stuff. A foreigner “Miss Mary” calls out to an adult male who is returning home from his late-night job and enters a hotel with him. The next morning, the figure of the girl, Mary, disappears with just one sentence, ‘Welcome to the world of death!’ written on a mirror in English with crimson-red lipstick. With the same red kiss mark, next to the exclamation mark.
The man is dead on top of the bed. The cause unknown. Even though he wasn’t injured, what do you suppose the reason for him dying was? I’m also told, that it’s becoming news.
The ones being targeted are only adult males with not even one woman being picked off, and in the girl, who commutes to cram school’s story, a friend of her Dad’s in the next town had also been killed in the same manner.
Or.
Ayaka: (It’s not a school ghost story at all)
‘A school ghost story, or rather an adult ghost story. A ghost story to fathers who go home by walking through the streets late at night. Compared to the one about the dog with a human face, I feel there’s a sense of realness to this story. But, at the same time last year, I don’t think I was even a bit scared.’
I think it’s creepy, although if I say that I’m scared because I don’t have a clue about what is “Miss Mary” is thinking, or what she’s done in the first place, then I probably can’t say that I’m scared, but still, I have never actually felt fear before so…….
That’s because Ayaka, already knew.
If it’s a piece of gossip that’s been sublimated into a mystery, then it’s probably been endowed with power too. Something to the extent of a rumour spoken between children, is not enough for all of that.
'At least, Papa wouldn’t say that a mysterious human faced dog actually exists. Besides――――'
Ayaka: (My Papa is just fine)
I quietly think, while drinking a bottle of milk. After all, there’s only a few who risk going out and returning home late at night, with many people staying at home. It’s alright. And, even if, the murderer actually does exist, it’s not like it’s going to stop the mysterious-like rumours of the aforementioned “Miss Mary” which has been whispered about by elementary school girls from making the rounds.
I can’t do anything about it either.
Which is why, I’m not scared.
Same as last year.
Although I can’t say this to any of my classmates.
――――It’s because, my Papa is a Magus.
――――It’s because he’s person who deals with real mysteries.
It’s some sort, of ghost story. That’s why, I’m not going to lose against some gossip, better yet a real Phantasmal Species.
Ayaka: “Yeah”
Muttering a little.
Ayaka, bites into the bread, again.
- Fragment - ◼◼◼◼◼◼ ◼◼◼◼◼◼'s Notes [3]
Japanese Raw
想像された獣。
古き伝説の中でのみ語られる存在。
我々はこれらを指して『幻想種』と呼称する。
既知の生命に類しない、神秘そのものがかたちと化したこれらの存在は、魔獣、幻獣、神獣の位階によって区分される。
魔獣程度の存在であるならば魔術師が使役することも有り得る。
死体の一部を魔術礼装として使用する例もある。
幻獣以上の存在であれば、どちらも不可能だ。
まず現代で目にする機会はない。
サーヴァントは、この常識を容た易やすく破壊する。
彼らは魔術の神秘を超える。
彼らはひとの夢見る幻想を従える。
すなわち、彼らは、時に、幻獣以上の存在さえ使役し得る。
聖杯戦争に於おいて、我々は、サーヴァントを通じて伝説の神秘を行使する。
故にこそ、ゆめ忘れるな。
秘匿せよ。
隠蔽いんぺいせよ。
神秘の漏洩ろうえいは魔術師の禁である。
聖杯戦争は、暗がりで行われねばならない。
A beast which has been imagined.
A being only spoken of in old legends。
We have given them the name “Phantasmal Species” to indicate this.
Not equal to any known lifeform, these beings which have transformed their appearances into mysteries themselves, have been divided by court rank into divine beasts, phantasmal beasts, and monstrous beasts.
It is also possible for a Magus to employ them, if they are a being to the level of a monstrous beast.
There are also examples where part of their corpses, have been utilised as a Magus’s mystic code.
If it’s a being that surpasses Phantasmal Beasts, then both are also possible.
First, a person has no chance of witnessing one in the modern era.
Servants, can easily destroy this common sense.
For they far surpass magical mysteries.
They can conquer the illusions that people dream of.
In other words, they, in time, could get to employ even beings that go beyond Phantasmal Beasts.
In the Holy Grail War, we, can use mythological mysteries through the Servants.
Thus, you should never forget your dreams.
Keep them a secret.
Conceal it.
The disclosure of mysteries is a taboo for Magi.
The Holy Grail War, must be carried out in darkness.
- Fragment - Ayaka 1991 [4]
Japanese Raw
放課後──
家に帰り着く頃には、すっかり陽が傾いていた。
陽が暮れるのがこんなに早いのは、きっと、季節のせい。吐く息、朝と同じくらいに白くなり始めているのが良い証拠。くっきりと目に見える。
少し、寒い。
綾香は両手に「はぁ」と息を吹き掛ける。
こんなことなら、手袋を持ってくれば良かったと思いつつ。
「さむ」
門の前で立ち止まる。
こうして見ると、確かに、それなりに大きな家には見える。
近くに住んでいるクラスメイトは「お屋敷」と呼んでいて、その言葉にはやはりぴんと来ないのだけれど、大きさで言えばよそより少しは大きいのかなと思う。それでも、中の構造がどうなっているのか、入れない部屋以外のことは殆ほとんどわかるせいか、お屋敷だなんて大おお袈げ裟さには感じない。
少し大きめの、我が家。
洋館、と家庭訪問の折に担任の先生が言っていた。
門の向こうには西洋建築式の玄関と前庭の木々が見える。
門。鍵かぎは掛かっていないけれど、普通に手で押したりしただけでは中に入れない。
結界を張っているのだと父は言っていて、理由も、教えて貰っている。
何か、大がかりな〝魔術の儀式〟に参加するから、とか。小学校へ行くこと自体は構わない、お前はそうしなさいと言ってくれたものの、外に出る時と中へ入る時は注意をするようにときつく言われている。
言われた通りの手順を踏む。
周囲に誰もいないことを確認してから、言葉を幾つか。
それから、門の取っ手近くの金具に、教わった通りのかたちを指でなぞる。まだ巧くできてはいないものの、魔力を込めて。そう、巧くできない。だから、ほんの数秒で事足りるはずの行為に五分以上も時間がかかってしまった。
「昨日より、短くできたかな」
呟きながら、門を押す。
まるで一枚の壁のように堅牢けんろうだった門が、するりと開いてくれる。
後はもう、普通の家と同じ。
門をくぐってから、きちんと閉じて。
「ただいま」
小さく、呟く。
この時間であれば父も姉も居間などにはいなくて、大抵は、入れない部屋、綾香が入ってはいけない部屋のいずれかで何かをしていることが殆どで、声を掛けても顔を出してくれたりすることはないから、あまり意味はないことはわかっている。
それでも、一応。言っておく。
毎日の習慣。
自分が帰ってきた時には、ただいま。
誰かが帰ってきた時には、おかえり。
「おかえり」
誰もいないから、今日も、自分で言っておく。
前庭を進んで、玄関の扉を開いて──
「?」
なんだかいい匂いがする?
自然に数日前の早朝のことを思い出して、もしかして、と気がはやる。小麦粉の焼ける香ばしいこの匂いは、昨日にも嗅かいだはずのものだったから、それならきっと厨房キッチンに行けば、会えるのかも知れない。今朝には会えなかったひと。そう、今日の朝は、日課もひとりで、食事の時にもひとりだった。
ランドセルを背負ったまま玄関ホールを抜けて、廊下を歩いて厨房へ。
すると、そこには──
「あら、おかえりなさい。綾香」
綺き麗れいな声。
綺麗な顔。
夕方なのに。もう、暗いのに、きらきらと眩まぶしくて。
姉の愛まな歌かが、エプロンを纏まとった姿で微笑んでいた。
Later, after school――――
The sun was totally going down, when I was returning home.
It’s definitely, the season’s fault, for the sun sinking so fast.
It’s good evidence for why the breath I exhale is starting to turn white, the same as it did this morning.
I can see it clearly with my eyes.
It’s a bit, cold.
Ayaka blew out a “Haa” into both her hands.
If it’s come to this, then I think it would’ve been better if had brought gloves with me.
Ayaka: “Cold.”
I stop at the front gate.
As I look it at it like this, it certainly appears to be a large house in its own way.
My classmates who live nearby are calling it a “mansion” and although I guess those words don’t instinctively come to me when I see it, I think about whether it’s little larger on the inside rather than the outside, just speaking on its size.
Even so, regardless of how the structure is inside, I don’t feel it’s an exaggeration to call it a mansion somewhat, because I know mostly everything about it besides the room that I can’t enter.
The slightly bigger one, is my house.
My homeroom teacher was saying during her home visitation, that it’s a western style house. Beyond the gate, I can see the trees in the front yard and the western architectural styled porch.
The gate……
Although it’s not locked with a key, I can’t go inside by just pushing it normally with my hands. Papa was saying that he had extended the barrier, and he also informed of the reason behind it, too. It’s something about participating in a large “magic ritual,” or something like that?
Personally, I don’t mind going to elementary school, you told me that I must, although you sternly warned me to be careful whenever I go inside or outside the house. (*She's addressing her Papa mentally with this.)
I follow the steps as I’ve been told.
After checking that there’s no one in the area, I say a few words. After that, I trace the shape of the path that I was taught with my finger on the metal fixtures, close to the gate’s handle. Although I’m still not very skilful at it, I charge my prana.
Yes, I can’t do it well at all.
If I could, then it wouldn’t have taken me more than 5 minutes of time to do a deed that should have been settled in mere seconds.
Ayaka: “I wonder, if I did it more quickly than yesterday.”
I mutter, as I push the gate.
The gate which was as solid as a stone wall, smoothly opens for me without delay.
Behind it is, the same ordinary house again.
Gripping the gate, I tightly shut it.
Ayaka: “I’m back.”
I mumble, slightly.
If it’s around this time, then Papa and Big Sis are not in the living room, and generally, they are mostly doing something either in the room that I can’t enter or in the room that I mustn’t enter, so I know there’s not much meaning in doing it, because no-one has stuck out their face or even called out to me.
But, for now.
I’ll say it.
It’s a daily custom.
I’ll say, “I’m home,” when I come back home.
And someone says, “welcome back,” when I get back home.
Ayaka: “Welcome home.”
Since there’s no one here, I’ll just say to myself again for today too.
Proceeding through the front yard, I open the front door――――
Ayaka: “Huh?”
'Is there some sort of a nice smell?'
Suddenly, I recall that early morning from a couple of days ago and my mind relaxes thinking, ‘No way……’
‘This fragrant smell of baking wheat flour, it’s the same as the one that I smelt yesterday, so if I definitely go into the kitchen, then maybe I might be able to meet her.’
The person who I couldn’t meet with this morning.
Yes, on this morning, I was alone during meal time, and alone again during my daily chores.
As I exit the entrance hall still holding onto my Randsell backpack, I head through the hallway to the kitchen.
As I did so, in there was――――
Manaka: “Oh, welcome back. Ayaka.”
A pretty voice.
A pretty face.
Despite it being evening.
Even though it’s already dark, dazzling and glittering……
My older sister, Manaka, was smiling in her apron-clad figure.
- Fragment - Ayaka 1991 [5]
Japanese Raw
「お姉ちゃん、なに作ってるの?」
「ふふ。何だと思う?」
「ケーキかな。いい匂いするから」
「あら、惜しい。でも、それじゃあ半分だけの正解ね」
そう言って、笑う姿がとっても綺麗。
愛歌お姉ちゃん。
何日か前の朝に見たのと同じ、お城にいるお姫さまみたいなエプロン姿で、ほら、今日もくるくる踊るみたいにして。
ずっと前にお父さんに見せて貰った、お母さんが好きだったアニメ映画みたい。
歌いながら踊るお姫さま。
綺麗なひと。
まるで、あの映画の中にいるみたい。
わたしの目は目じゃなくて、きっと、映画を映すカメラか何かで。
お姉ちゃんを映してる。
そんな風に思って、ぽかんとしてしまう。
「なあに、そんなに目を丸くして。お口も開いてるわ、綾香」
「あ」
白い指先、触れるか触れないかの距離にあって。
でも、触れない。
ぎりぎり寸前。
「お姉ちゃん、綺麗だから。お姫さまみたい」
「そうかしら」
「うん」本当に。そう思う。
「ブリテンのお姫さまに見える?」
「ぶりてん?」
「ふふ。ううん、本当にそういう風に見えるなら、それは嬉しいのだけど」
数日前の朝と同じに、お姉ちゃんは笑ってる。
きらきらしてる。
眩しくて、輝くみたい。
もう夕方で、朝陽なんてなくて、夕陽だって落ちかけているのに。
エプロン姿で楽しそうにお料理をしながら、厨房をくるくる。きらきら。でも、ちゃんと手は動いていて、てきぱき、効率良く。手際よく。
今日はキッチンナイフは持っていないけど、代わりに、色んなはかりを手に持って。
何を作ってるんだろう。
ケーキで半分正解なら、残り半分は何?
尋ねかけて、わたしは自分の格好に気が付いて。まだ、ランドセルを背負ったままだったし、それに、まだ手も洗ってない。慌てて洗面所へ行って、自分用の台を置いてから、冷たい水で手を洗って、うがいもして。ランドセルは廊下に置いて。
改めて、厨房へ──
「お姉ちゃん。えっと」
お手伝い、と言うかどうかちょっと迷う。
さっきは躊ちゅう躇ちょなく入れた厨房の入口で、立ち止まって。
何でもできるお姉ちゃんと違って、わたしは何でも──魔術も、お勉強も、家事のお手伝いも──普通か、それより下なのはわかっていて、だから、わたしが手伝うよりもお姉ちゃんひとりのほうがいいのかも知れない。
そう思って。
もごもご。
そうしたら、お姉ちゃんは自分の手元へ向いたまま、一言。
「お手伝い。してくれる?」
柔らかい声だった。
こっちを見ていないお姉ちゃんがどんな顔をしてるのか、わからなかったけど。
きっと、笑顔のままだと思う。
きっと、さっきと同じ顔をしてくれてる。
長いこと見ていなかったお姉ちゃんの笑う顔、こんな風に想像するだなんて、あの時の朝まで思ってもみなかった。
わたしは「うん」と大きく頷いて。
「それじゃあ、そこの棚にある瓶を取ってくれるかしら」
「え、えっと」
「ベーキングパウダーね」
「あっ、うん。あったよ、お姉ちゃん」
「それと、冷蔵庫から卵も取ってね。ふたつ、大きめのを選んで頂ちょう戴だい」
「う、うん」
「ふふ。割らないようにね。そうしたら、そこのテーブルの上をちょっと片付けて」
もしかして。
ううん、もしかしなくても、多分そう。
お皿を出したりするだけじゃなくて、お姉ちゃんのお料理のお手伝いをするのって、今日の、これが初めて。ひとりでオーブンに触らないように、とお父さんには言われているけど、お姉ちゃんと一緒なら話は別で、でも、ずっとそんな機会はなくて。
わたし──
初めてお姉ちゃんを手伝ってる。
そうわかると、何だか余計に緊張してしまう。
だって、お姉ちゃんには、きっと本当はお手伝いなんて要らないのだから。
「え、えっと、卵、な、何個だっけ……」
「ふたつね。いいのよ、割ってしまったら割ってしまったでその時なのだし、卵だってまだ幾つもあるから気にしないで」
「う、うん」
「他のものもね、控えは幾つも用意してあるから」
「うんっ」
「ふふ。声、震えてる。綾香は卵を運ぶのが苦手なのかしら?」
「う、ううん」
もたもたしてる。
わたし、すごい、もたもたしてる。
でも、愛歌お姉ちゃんはちらりと見ただけで特に怒ったりはしなかった。
顔はやっぱり見えなかったけど、笑う声は聞こえて。
「はい、卵っ」
「ありがとう。ちゃんと運べたわね、偉いわ」
「う、ううん」卵を幾つか運ぶだけでこんなになるなんて、ちょっと、自分が情けなく思えてしまう。自然と俯うつむいて。「他には……」
「卵と言えば、そうね、綾香。あなた、目玉焼きは好き?」
「え、う、うん」
「サニーサイドアップ? ターンオーバー?」
「サニーのほう……」
咄とっ嗟さに、口から出ていた。
噓が──
ううん。別に、噓じゃない。
噓じゃないもの。
本当に好きなのは両面焼きターンオーバーのほうだけど、でも、お父さんや、愛歌お姉ちゃんが作ってくれるのは片面焼きサニーサイドアップのほうで、別にそれを嫌だと思ったことはないから、噓じゃない。
嫌いじゃない。
どっちも好きだから。
ただ、どちらが好きかを無理に言えば、というだけの話で。
「今度、ターンオーバーも作ってあげる。英国だと、ターンオーバーにすることも多いみたいなの。この前も作ったけど、まだしっくり来ないから、試作をするわ」
「う、うん」
「試しに食べてみてね」
「うん」
「ふふ。美味しいわよ」
そう言って。
また、お姉ちゃんは笑う顔を見せてくれた。
綺麗な笑顔。
きらきらして、ガーデンに咲くどんなお花よりも綺麗なお花のよう。幻想種の妖精じゃなくて、絵本の中に出て来るような可愛くて気高い妖精のよう。それに、やっぱり、お城のお姫さまみたい。
「ふふ」
あれ?
お姉ちゃん、あの時の朝と同じだけど、少し違う感じ。
楽しそうな感じだけじゃ、なくて──
何か、いいことでもあったのかな。
そう思って。首を傾げて、お姉ちゃんの顔を下からそっと見上げてみる。
すると、お姉ちゃんは「ん?」と視線を返して。
「なあに?」
「あ、え、えっと、えと」
あたふたしてしまう。
気付かれたことにも、あたふた。
ぼんやりしていて、お手伝いがおろそかになっていたことにも、あたふた。
何かいいことあったの、と何とか言葉にするまでに何秒もかかって。
「あら、そういう風に見える?」
「うん」
「そんなに、特別、良いことじゃないのだけど」
んー、とひとさし指を唇に当てながら。
そんな仕草ひとつも、綺麗で、素敵。
「よく懐いてくる、面白い動物がいてね」
「どうぶつ?」
「ええ。動物」
そう言って、お姉ちゃんが微笑む。
わたしのほうは見ずに。
どこかを見据えながら。
なぜか──
言いようのない、ひどく冷たい、変なものを背筋にぞくりと感じて。
わたしは、手にしていたものを落としてしまって。
卵が、幾つか割れた。
Ayaka: “Big Sis, what are you making?”
Manaka: “Fufu. What do you think I’m making?”
Ayaka: “I think it’s cake. Because it’s smells nice.”
Manaka: “Oh, so close. But well, I guess you are half-right……”
As she says it, her smiling figure is verrry pretty.
Big Sis Manaka.
It’s the same her that I saw on that morning, a few days ago, with her princess in a castle apron-like figure, see, she’s dancing and spinning around again for today too.
‘It’s just like that anime film that my Mum liked and got to show to Papa. a long time ago. Of a princess who dances as she sings.’
‘A beautiful person. It’s just like, I’m in that film.’
'My eyes are not my eyes, surely, they’re some sort of a camera that projects film.'
'They’re projecting my big sister.'
As I think along those lines, I totally space out.
Manaka: “What’s wrong, your eyes are so wide open? Your mouth is also open, Ayaka.”
Ayaka: “Eh?”
Her white fingertips, they were at a distance where I could and couldn’t touch her. But, I couldn’t touch them.
I’m just on verge though.
Ayaka: “It’s because you’re so pretty, Big Sis. You’re like a princess.”
Manaka: “That so?’
Ayaka: “Yeah.”
I really…...
…...think so.
Manaka: “Do I appear like a British princess to you?”
Ayaka: “British?”
Manak a: “Fufu. Yeah, but if I really did appear that way to you, then that makes me happy.”
Big Sis smiles, the same as she did on that morning a few days ago.
‘She’s sparkling. Like, she’s dazzling and glittering. It’s already evening, there’s no sunrise, and even though the setting sun is about to fall……. She’s twirling around the kitchen, while cooking meals so joyfully in her aproned figure.’
‘She’s sparkling.’
‘But, she’s perfectly moving her hands, so quickly, so adeptly…….’
‘She’s very skilful.’
‘She’s not holding a kitchen knife today, instead, she’s carrying various scales in her hands.’
‘I wonder what she’s making?’
‘If the cake part is half-correct, then what’s the remaining half?’
As I was about to ask that, I noticed my appearance. Again, I was carrying my Randsell backpack on my back, in addition, I hadn’t washed my hands yet. So, after I rush over to the washroom and place down my personal stand, I wash my hands with cold water, and rinse out my mouth too.
I place my backpack in the hallway.
Again, I head to the kitchen――――
Ayaka: “Big Sis, umm….”
I’m a little uncertain about whether I should ask her, “Can I help out too?” I stop at the entrance of the kitchen which I had entered just now, without hesitation.
Unlike my Big Sis who can do anything, I know that regardless of whether it’s magic, studies, being a housemaid――――or anything else at all, I normally rank further beneath her than that, so, it might be better for Big Sis Manaka to do it herself rather than to have me help her.
I believe it to be true.
Chew Chew.
As I did so, Big Sis kept turning towards my hands, and utters a single word.
Manaka: “Help. Will you help me?”
It was a soft voice. Though I had no way of knowing what kind of face Big Sis was making, because I couldn’t see her from over here. Surely, I think ‘She’s keeping a smile for me.’ Surely, she’ll give me that same face as before.
I had often imagined Big Sis’s smiling face which I hadn’t seen for a long time, like this, but I had no idea until the morning of that moment what it’d looked like.
I give a huge nod and utter a “Yep!”
Manaka: “Okay then, perhaps you can grab me that jar on the shelf over there for me?”
Ayaka: “U, umm”
Manaka: “The baking powder, ‘kay.”
Ayaka: “Ahh, oh. Got it, Big Sis.”
Manaka: “And now, please remove the eggs out of the refrigerator for me, okay. Oh, and please choose the two biggest ones for me.”
Ayaka: “O, okay.”
Manaka: “Hihii. Seems they’re not broken. Now, if can you straighten up the top of the table over there, we…….”
‘Could it be?
‘Yeah, even if it’s not it, maybe it is.’
‘It’s not just taking out the plates, this is the first time, today, that I’ve helped out with Big Sis’s cooking.’
Although Papa tells me, “Don’t touch the oven by yourself,” it’s a different story if I’m together with Big Sis, but, there’s not much of a chance of that happening yet.
'I――――It’s the first time I’m helping Big Sis. If I understand myself right, I feel a little bit too nervous. After all, Big Sis definitely doesn’t really need my help, so……'
Ayaka: “U, umm, eggs, wha, how many was it……”
Manaka: “Two. Don’t worry, we still have a few eggs left, so if by any chance, they break then they break, so everything’s a-okay!”
Ayaka: “O, okay.”
Manaka: “Besides, I’ve already prepared plenty of spares for them and all the other stuff too.”
Ayaka: “Kay….”
Manaka: “Hihii. Your voice, is shaking. Do you perhaps hate carrying eggs, Ayaka?”
Ayaka: “N, nah uh.”
I’m so slow.
I’m doing it, so, incredibly slow.
But, just by quickly looking at her, Big Sis Manaka isn’t particularly mad with me.
I knew I couldn’t see her face, but I still could hear her laugh.
Ayaka: “Here you go, here’s the eggs.”
Manaka: “Thanks. You made sure to carry them properly, you’re remarkable.”
Ayaka: “N, no, I’m not.”
To get something like this for just carrying some eggs, somehow, I seem a little pathetic.
Naturally I look down.
Ayaka: “Now the rest was……”
Manaka: “Speaking of eggs, hmm let’s see, Ayaka. Do you like, Sunny-Side Up eggs?”
Ayaka: “Um, y, yeah”
Manaka: “Sunny-Side Up? Or Turnover?”
Ayaka: “I prefer Sunny……
Suddenly, it came out of my mouth.
‘A lie――――’
‘No.’
‘It's not really, a lie.’
‘It’s not something to lie about.’
‘The ones I really like are Turnover eggs, but, I prefer the Sunny-Side Up eggs that my Papa and Big Sis, Manaka, make for me and since I haven’t thought that I’ve particularly hated them, it’s not a lie.’
‘I don’t hate them.’
‘I like them both.’
‘But, it’s now just a talk, about me unreasonably saying whether I like them or not.’
Manaka: “This time, I’ll make Turnover eggs too. It seems like a lot of people like Turnover eggs in England. I’ve made them before, but I’ll do a test run of it first, because they haven’t come out nicely yet.”
Ayaka: “O, okay.”
Manaka: “You’ll give it a try too, right.”
Ayaka: “Yeah.”
Manaka: “Hihii. It’s so tasty.”
As she said that. Big Sis showed me her smiling face again.
‘It’s such a pretty smile.’
‘It’s so glittering, like a flower that’s more beautiful than any of the other kinds of flowers that bloom in Garden.’
‘She’s not a phantasmal fairy, but more like a cute and noble fairy like the ones that appear in picture books.’
‘Besides, I knew it, she’s like a princess in a castle.’
Manaka: “Hihii.”
‘Huh?’
‘Big Sister, she’s the same as that morning, but she feels slightly off.’
‘But it’s not, a seemingly happy kind of feeling――――’
‘I wonder, if something good happened to her?’
I think so.
Tilting my neck, I slowly try to look up at Big Sis’s face from underneath her.
Straightaway, Big Sis returns my gaze with a “huh?”
Manaka: “Whaat?
Ayaka: “Ah, u, umm, you se….”
I've been totally hasty. So hasty, that she noticed me. I’m spacing out, I’m in a rush, and now I’ve becoming careless about my helping out. “Did something good happen to you,” just how many seconds did it take for me to come up with something like that?
Manaka: “Oh my, does it appear that way to you?
Ayaka: “Yep.”
Manak a: “It was nothing that special, not a good thing really, although…….”
As she touches her index finger to her lips, with a “hmm.” Even that one gesture is so pretty, and, wonderful.
Manaka: “You see, there’s this funny animal, who’s gotten quite attached to me.”
Ayaka: “An animal?”
Manaka: “Yes. An animal.”
Saying it, Big Sis smiles.
Without looking towards me.
She stares off to somewhere else, while I …...
For some reason――――Feel this, indescribable, terribly cold shiver run up my spine at this treasured possession.
I, utterly drop the items that I was holding in my hands.
Some of the eggs, broke.
- Fragment - ◼◼◼◼◼◼ ◼◼◼◼◼◼'s Notes [4]
Japanese Raw
サーヴァント。
現界した英霊たち。
剣の英霊セイバー。
狂の英霊バーサーカー。
弓の英霊アーチャー。
槍の英霊ランサー。
騎の英霊ライダー。
術の英霊キャスター。
影の英霊アサシン。
聖杯によって七つの階梯かいていに振り分けられた最強の幻想たち。
彼らはあまりに強大だ。
先述の通り。
鋼鉄を引き裂き、大地を砕き、空さえ貫く。
魔力によって仮初めの肉体を構成された彼らは、正しく生物ではない。
人間に酷似した外観を有していても人間ではない。生物を、人間を遥はるかに超える強きょう靱じんさと破壊力を秘めて、彼らは伝説のままに現界する。
だが、彼らもまた万能の存在ではない。
魔力によって存在を成し、同じく魔力によって稼働する彼らは、マスターとなる魔術師からの魔力供給によって初めて現界を許される。正確には、人間の魔術師程度のもたらす微量の魔力だけが彼らの糧ではないが、端的な表現としては間違いではない。
魔力なくして彼らは存在し得ず。
すなわち、マスターなくして彼らは存在し得ない。
ただ、例外として──
Servants.
Heroic Spirits who have manifested.
Saber.
Berserker.
Archer.
Lancer.
Rider.
Caster.
Assassin.
The most powerful illusions that have been divided into seven classes by the Holy Grail.
They are very powerful.
As mentioned above.
They can split steel, smash the earth, and even pierce the sky.
They who have been constructed with temporary bodies by magic, are not proper living creatures.
Even if they do possess an appearance that resembles a human, they are not human.
Hiding destructive power and a tenacity that far surpasses a human’s, or a creature’s, they manifest as they were in their legends.
But, they are also not omnipotent beings.
They who have become an existence through prana and likewise run on the same prana, are allowed to manifest for the first time by being provided prana from the Magus who is to be their Master.
To be precise, a simple minuscule amount of prana taken from a magus-level human is not their food, so don’t mistake this as a straight-forward expression of them.
They cannot exist without prana.
In other words, they cannot exist without a Master.
Although as an exception, there are――――
- Fragment - Serenity [1]
Japanese Raw
午後十一時。
東京都新宿区、西新宿に位置する超高層ビル街の一角。
新都心として知られるコンクリートの街並みの傍らに姿を見せるそれは、緑の木々が茂る場所だった。新宿中央公園。新宿区有数の大型緑地のひとつ。昼間であれば、高層ビルで働くビジネスマンたちが一時の憩いに木陰で紫煙をくゆらせる姿を見ることもできるだろうが、この時刻では普通、人ひと気けは殆ど失われている。
此処ここが完全な無人となることは滅多にない。
夜には、木々の投げ掛ける暗がりで夜気の冷たさに耐えて眠るホームレスたちがいる。
数少ない人の気配の正体が、彼らだ。
けれど、その時、その場所には誰の気配もなかった。
ホームレスたちは姿を消していた。
理由を、ここでは語るまい。
ただ、彼らは消えていた。
代わりに、ただひとつの人影があった。
すらりとした肢体だった。
夜のもたらす黒に似合う姿だった。
それは、年若い娘の姿をしていた──
瑞々しく、しなやかな女の体だった。
頭部こそ厚い頭巾フードで覆ってはいるが、肢体を覆う黒衣は体にぴったりと貼り付いて、均整の取れた褐色の肢体をありありと見せている。年の頃は十代の後半か。
一見すれば若さに満ちた張りのある肢体と捉えられるだろうが、刃を以もって命を懸ける武に触れる者の目であれば、意図的なまでの女らしさに満ちた肉体が戦うために鍛え抜かれていることを見て取るだろう。
女は、戦士だった。
正確には、暗がりで命を奪うことを定められた者だった。
月明かりが女の貌かおを照らす。
髑髏どくろが貼り付いていた。
耳から顎あご、首元のラインから覗うかがえる容貌ようぼうには幾らかの美しさが在るものの、目元から鼻にかけては象徴的な髑髏の仮面で覆われていて、正確な貌は把握できない。
女はゆっくりと歩みを進めていく。
深夜の新宿中央公園、オンタリオ湖へと流れ落ちる瀑ばく布ふの名を称された壮麗な噴水の前まで歩むと、女は恭しく頭こうべを垂れる。
「ふふ。そんなに怯おびえなくてもいいのに」
声が響く。
少女の唇から紡がれた声だった。
女の前に、少女。
直前までは誰の姿もなかったはずなのに。
確かに、何者もいなかったはずの空間に少女は姿を現していた。
音も、気配の一切もなく。
まるで、時間の心臓を止めて、空間の肉を引き裂いて転移したかの如く。
「どうだったかしら。割と、あなた、大きなことを言っていたと思うのだけれど」
「はい」
「何か、言うことはある?」
「いいえ、はい」
「言いなさい」
「すべては我が無力、我が無能。申し開きもございません」
少女へ、女は頭を上げずに言葉を告げる。
月光を頭上に、噴水を背にした少女の姿を目にすることはない。そうする資格が自分如きにはない、と十二分に理解しての姿勢だった。
絶対の主人へと女はすべてを捧ささげていた。
差し出す首は、いつでも、貴女あなたへ命を捧げようという意思の顕れだった。
「最も早はや、我が首、この場で刎はねて戴いただきたく」
「うーん?」
「愛歌さま」
「いいのよ、最初からわかっていたから。キャスターの作った〝陣地〟は強力だもの。マスターのところまで行くなんて」少女は薄く笑って「あなたには難しいわよね。あなた、可愛いけれど、正面突破はちょっと難しいでしょう。それより」
少女は笑ったまま言葉を続ける。
薄い笑みが、正真正銘の笑顔へと変わる。
理由は推測できるし、理解することも女には容易だった。
それより、と話し始めた少女の唇からもたらされる言葉は、件の彼セイバーについての話題だったから。彼女の安らぎ、悦よろこび、愉たのしみはこの我が身にはなく、彼だけがそれを有するということを女は既に認識していた。
嫉しっ妬とはすまい。
女は、ただ、言葉に耳を傾ける。
こうして言葉を掛けられるだけでも、この、天の遣いさえかくやと思わせる響きを耳にできるだけで、我が身には過ぎたる誉れなのだから。
「……それでね。スコーンを作ったの。今度は、うまく焼けたと思うのだけど、彼ったら沢山食べてくれる割に、味への感想は素っ気ないのよね。美味おいしいよ、好きだよ、って、そればっかり。嬉しいけど、嬉しいけど、それって」頰を膨らませるさまの愛らしさは女型の妖霊ジンさえ敵うまい。「変化がないワンパターン、というのはあまり良いものじゃないと思うの。勿もち論ろん、何を言ってくれても、わたしは嬉しいけれど」
「はい」
「わたしと彼は、これからずっと一緒にいることになるでしょう?」
「はい」
「それなら、変化というのは永遠を飽きさせないためのスパイスになると思うの」
きっと、自分もそうなのだろうと女は静かに想う。
口を開けば、こうして想いが溢あふれ出る。
少女はそれを憚はばかることなく唇から紡いでいて、自分は唇を閉ざしているだけの違いに過ぎない。本質的には変わりがない。相手が誰でも、例えば、人形が相手でも構わない行為。
ただ、自分の想いを口にしているだけで。
それでも──
「ところであなた、魔力は足りているの?」
ふと、少女が尋ねる。
腹を空かせた瘦やせ犬に、腹が空いているか、と尋ねるように。
女は、唇を開きかけて。
けれど、言葉にはせずに、無言のままで手にしたものを差し出す。
口紅だった。
既に、すべてが使い切られた真紅の口紅。
11 P.M.
A high-rise street-cornered building situated in West Shinjuku, Shinjuku Prefecture in the Tokyo Metropolitan Area.
It was a place where all kinds of green trees were growing, and where figures could be seen beside the concrete townscape known as the new city urban centre.
Shinjuku Central Park.
One of Shinjuku prefecture’s biggest leading green urban spaces.
If this was daytime, then one would probably see the figures of businessmen who work in the high-rise buildings, puffing their tobacco smoke in the shade of the trees during their one-hour break, however, usually at this time, those traces of human life were almost gone.
It’s rare for this place to be completely uninhabited. At night, there are homeless people who sleep here and endure the coldness of the night air in the darkness cast by the trees.
For they, are the true colours of those few signs of human life. However, at that time, there wasn’t a sign of anyone in that place.
The homeless people were disappearing.
The reason, I will not talk about it here.
But, they were disappearing.
In their place, was just one human shadow.
It was a slender figure.
It was a figure that suits the blackness which devours the night.
It was, the figure of a young girl――――
It was the body, of an elegant and vibrant woman.
Although her head was covered by a thick hood, the black clothes that covered her body, were sticking perfectly to her frame and were clearly displaying her dark brown limbs that could be interpreted as well-balanced.
Her age, is it in the latter half of her teens?
If one were to take a glance at her, then they’d probably be captivated by her body which had a resilience that was filled with youth, but if they were the eyes of a person who had experience with a blade to take a life, then they’d possibly grasp that her flesh which was filled with intentional femininity was being trained to fight.
The woman, was a warrior. To be precise, she was a person who was determined to steal a life in the darkness.
The moonlight illuminates the woman’s face.
A skull is affixed to it.
From her ears to her chin, there was some beauty in the features that could be peeped at from her neck line, however, the areas concerning from the eyes to the nose were being concealed by the symbolic skull mask, making her precise face unable to be deduced.
The woman slowly walks forward.
As she walks towards the front of the magnificent water fountain that had taken its name from a waterfall that flows down into Lake Ontario, in late at night Shinjuku Central Park, the woman humbly lowers her head.
Manaka: “Hihii. You needn't be so frightened.”
A voice rings out. It was a voice spun from the lips of a girl. In front of the woman, is a girl. Even though there shouldn't have been anyone there until just a second ago……Indeed, the girl had appeared in a space where no one was supposed to be there.
With no sounds, and no indications.
As if, the heart of time had stopped, it was like she had transitioned here by ripping apart the body of space itself.
Manaka: “So, how was it? I think, you, were telling me about a relatively big matter.”
Assassin: “I was.”
Manaka: “So, do you have something that you wish to tell me?”
Assassin: “No, uh yes.”
Manaka: “Please tell me.”
Assassin: “Everything was a result of my weakness, my incompetence. There are no excuses for them.”
Without raising her head, the woman speaks these words to the girl.
She couldn’t look at the girl’s appearance, with her back turned to the water fountain and the moonlight overhead. But, it was a stance that could be easily understood enough as, “Someone like myself doesn’t have the qualifications to do so.”
The woman was devoting her all to her absolute master. The neck she presents, was an embodiment of her desire to always offer her life to you, the young lady.
Assassin: “Please my lady, I want you to take my head, right now, in this spot.”
Manaka: “Hmmmm?”
Assassin: “Lady Manaka?”
Manaka: “It’s fine, I knew it straight from the start. The “position” that Caster made for us is truly powerful. For going into the home of a Master that is.”
The girl weakly smiles.
Manaka: “It will be hard for you, right? Although, you’re cute, breaking in through the front will probably be a bit difficult for you. Besides…...”
The girl continues her speech still smiling. Her weak smile, changes into a genuine one. She could guess the reason for it, but it was easy enough for the woman to understand.
After all, the words brought from the girl’s lips as she started to say “Besides….,” was about the topic of her comforting Saber.
The woman was already aware ‘that her peace, her joy, and her amusement did not lie in myself, it was just him who had it’.
‘I must not be jealous.’
The woman, just, tilts her ears to the words.
‘Even if I just hang onto her words like so, this, just being able to listen to her sound which resembles one composed by a heavenly messenger, honours me so much.’
Manaka: “……And then. I made him some scones. I think I baked them well, this time, and he ate a lot of them for me, but his thoughts to the taste were so cold and bland. “It’s delicious,” and “I like it,” he said, but that’s all he ever said. And although I’m happy, so happy, you see……”
A female djinn wouldn’t be able to match the loveliness of her swelling cheeks.
Manaka: “I think it’s not a very good thing to call what he said, "one-patterned." Of course, no matter what he says, I’ll be happy.”
Assassin: “Yes.”
Manaka: “Do you think that he and I will be together forever from now on?”
Assassin: “Yes.”
Manaka: “In that case, I think change will become our spice to keep us from never getting bored with each other for all eternity.”
I’m sure, the woman silently wishes that it could true for herself too.
‘If I open my mouth, then thoughts like this would flow out from it. The girl is spinning her thoughts from her lips without hesitation, it’s no more different than myself as I keep shutting my lips.'
'Essentially, there’s no change.
'No matter who my partner is, for example, I’ll play the act of a doll who doesn’t care about their partner. '
'Although, I’m just speaking about my own feelings. Even so――――’
Manaka: “By the way, do you have enough prana?”
Suddenly, the girl asks. It’s as if she’s asking, whether the skinny dog with the emptied stomach, is hungry?
The woman, opens her lips. But, instead of words, she presents an item that she silently obtained.
It was lipstick.
A deep red lipstick, which had already been completely used up.
- Fragment - ◼◼◼◼◼◼ ◼◼◼◼◼◼'s Notes [5]
Japanese Raw
魔力なくして彼らは存在し得ず。
すなわち、マスターなくして彼らは存在し得ない。
ただ、例外として──
人間の魂。
是これを〝摂食〟することで魔力を補充することも可能ではある。
魔術師は人倫に縛られる存在ではない。
故に、魂の〝摂食〟は必ずしも禁ではない。
しかし、過剰に行えば神秘の漏洩を容易に招くだろう。
心せよ。
They cannot exist without prana.
In other words, they cannot exist without a Master.
Although, as an exception there are――――
Human souls.
It is possible to replenish their prana by “feeding” them with these.
Magi are not beings that can be bound by human morality.
Thus, the “feeding” on souls is not necessarily forbidden.
However, if performed in excess then it can easily lead to the revelation of mysteries.
So, be careful.
- Fragment - Serenity [2]
Japanese Raw
「平気みたいね。ふふ」
口紅を受け取って。
少女は、今度こそ傅かしずく女へと微笑みかける。
「偉いわ、自分でちゃんと餌を取ってこれるんだもの」
よしよし、と、儚はかないまでに白い指先が優しげに女を撫でてくる。
フードを外して、髪を。頭を。
女の体が揺れた。いや、震えていた。
寒気ではない。
恐れではない。
喜び。悦び。触れられることへの感激が、そうさせる。
爪はおろか肌や体液、吐息さえも〝死〟で構成されるに至った我が身に、今や宝具とさえ呼べるこの全身に、こうも容易く触れて。
死なず、倒れず、それどころか苦く悶もんの様子さえない、少女。
沙条愛歌という名で生まれ落ちた、万象を従える奇跡そのもの。もしも運命なるものが世界に有り得るのならば、遥か過去に死した自分がこうして仮初めの存在を得た先で彼女に会えたことこそ、それに違いない。
女は確信していた。
輝きの少女。
ただひとり、絶対の黒を約束された夜を引き裂いて浮かぶ月の明かりが如き。
我があるじ、我がすべて、初めて得ることのできたすがる相手。
女は震えてしまう。
ただひとりの主人マスターと自ら定めた、少女の指先に触れられて。
「偉い、偉い」
──こうして、撫なでて貰えるだけで。
「偉いわ、あなた」
──滾たぎる。全身が、熱くなる。
「偉くて、綺麗。それにとっても可愛いのだもの」
──過日。池袋で出会った夜から、ずっと。
「あなたには期待してるの」
──自分は、この輝きにこそ恭順している。
「だから、もう少しだけ頑張りなさい。アサシン」
少女は微笑む。
星明かりと月明かりを浴びながら。
輝き、眩まばゆさ、そのままに──
Manaka: “You seem fine to me. heehee”
She accepts the lipstick.
The girl, passes a smile to the woman who serves her for now.
Manaka: “Amazing, you had a proper meal by yourself.”
Along with a “There, there,” she pats the woman kindly with her white fingertips until they were fleeting. After removing her hood, she did it on her hair…...And her head…...
The woman’s body trembled.
No, she was shivering.
It’s not the cold night air.
It’s not fear.
It’s pleasure. Joy.
My deep emotions, were allowing her to touch me.
Her nails could easily touch, this, my whole body which could even be called a Noble Phantasm now, my whole body which was comprised of the “death” that’s even in my sighs, body fluids and maybe even in my skin too.
'Undying, undefeatable, a girl, who on the contrary isn’t even in a state of agony.'
Having been born fallen with the name of Manaka Sajyou, she is a creation-subjugating miracle in itself.
‘If something like fate is possible in this world, then surely, I who had died in the distant past might’ve met her before I got such a temporary existence, I’m certain of it.”
The woman was convinced of it.
‘The brilliant girl. Like the moonlight which floats disrupting the night which has promised absolute darkness to just one person. My master, my everything, is the reliable partner whom I was finally able to get for the first time.’
The woman shivers.
‘Having personally decided to be my one and only Master, just being able to be touch by the girl’s fingertips is……’
Manaka: “Amazing, amazing.”
――――Like this, I can only get a pat on the head.
Manaka: “You're so amazing, you.”
――――It seethes. My entire body, is getting hotter.
Manaka: “You’re amazing and beautiful. In addition, you’re very cute girl.”
――――The other day. No, since the night we met in Ikebukuro, I will always…….
Manaka: “I expect much from you.”
――――I will always, submit myself to your radiance.
Manaka: “So, please hang in there for a little bit longer. Assassin.”
The girl smiles.
As I bask in the starlight and the moonlight…….
Her shine, her dazzle, stays with me――――
Act 5
- Fragment - Ayaka 1991 [6]
Japanese Raw
──雫しずく、雫、雫。
──傾けたジョウロから幾つもの水滴が降り注ぐ。
手にした重みがすっと軽くなっていく。
鬱蒼うっそうと茂るガーデンの緑の根元、土に水が染み込む。
沙さ条じょう綾あや香かは手元と地面とを見つめながら、小さく息を吐く。白い息。もう陽は真上に昇りかけているのに、空気は冷たかった。傍らのガラス壁から差し込んでくる陽の光も、それほどには暖かさを感じない。
いつもなら毎朝の日課の後に行う、植物への水やり。
今日は少し時間が遅い。
今日も、遅い。
「お勉強……」
魔術の勉強。したほうがいいのかな。
そう、僅わずかに考える。
考えてみても答えは出ない。
やるべきだろうと思えることは幾つかあって、いずれも勉強。魔術の勉強、学校の勉強。どちらも共に必要なものだと父は普段から言っていて、綾香もそうなのだろうと漠然と受け止めてはいて。
魔術の家系なのだから、魔術の勉強をするのは当然。
現代の人間なのだから、学校の勉強をするのも当然。
どちらも必要。どちらも当然。
たとえ先生がいなくても──
「……」
ちらり、と周囲へ視線を巡らせる。
足下から少しだけ離れた位置でうろついている数羽の鳩。遠慮がちな鳴き声を喉元からくるくると響かせながら、こちらの様子を窺うかがっている。様子。窺う。本当に? 気のせいかも知れないけれど、鳩たちは自分の動作や言葉に何かを期待している気がする。
「だめだよ」
小声で呟つぶやく。
「餌、もうあげたでしょ」
返答は幾つかの鳴き声と動作。
知らないよ、貰もらっていないよとでも言うみたいに、首を傾げたりして。
ふぅ、と綾香は息を吐く。言い付けを破って声を掛けたのに、返ってくる反応がこれでは何だか莫迦ばかみたい、と思わなくもない。やっぱり声なんて掛けなければ良かった
「もう」
鳩ではなく、自分へ向けて溜息ためいきを吐いて。
片手で持てるほどに軽くなったジョウロを、油断なく両手で抱える。
あんな失敗は二度としない。昨日、ガーデンに茂る緑の木々や花へ水をやって、中身が減れば減るほどに軽くなるジョウロをただ漫然と持っていたら、重さのバランスがその都度変わることに気付かずに、うっかり手を離してしまって。全身で冷たい水を浴びることになった。しかも、一度ならず、三度。
要領の良いほうではない──というか、もしかしたら、と感じていた予感は的中。
きっと、自分は不器用なのだ。
そうでないとしたら、昨日はとんでもないほど不注意に過ぎた。
だから、今日はもう失敗しない。
不器用にせよ不注意にせよ、失敗には学ばないといけない。いつも、父からそう聞かされている。失敗は成長の良い機会なのだと意識しなさい。何度そう言われただろう。何度、はい、と頷うなずいただろう。
油断しない。両手でジョウロを抱えて、最後の一滴まで水をやって。
「うん」
頷いて、水場へと戻る。
水やりが終わったのだと勘違いした鳩たちが寄ってくるのを、あえて無視して。
ホースをジョウロの開放口へと引っかけてから、蛇口をひねる。流水が水道管を走る音と、ジョウロの中へと注がれていく音が響く。そこに、鳩たちの囀さえずりが重なって。
防音がしっかりしているのか、外の音は聞こえてこない。表通りの自動車とか。
まるで、森の中みたい──
本物の森がどうなのかは知らないのに、そう、ぼんやりと思う。
森には水道も蛇口もないよね、と気付くのは少し経ってからだった。
「……今日も、いないのかな」
呟く声。
ジョウロに満ちていく水の音に搔かき消されてしまうほど、小さく。
「お父さん」
朝から姿を見ていない。
昨日と同じ。
「お姉ちゃん」
昨日の朝食にも姉の愛まな歌かは顔を見せなかった。
今朝もそう。
「大切な儀式、なんだよね」
この東京で執り行われる、大規模な魔術儀式。
それは魔術師の大願を導くという。
沙条の家のみならず、過去から現在に至るまでのすべての魔術師たちが願い、欲し、手を伸ばし続けた大いなるもの。それへと至るため、儀式は完遂されなくてはならない。一お昨と日といの真夜中、寝惚ねぼけ眼まなこでうつらうつらとする綾香へ、父は真剣な声色でそう言っていた。独り言を交えながら。
大切な儀式。
父も、姉も、それに参加している。
わたしも何かをしたほうがいいの、と問い掛けたところ、父は首を振って。
お前は儀式には関わらないが、暫しばらく、学校は休みなさい。
そう言って──
「お休み、いつまでかな……」
昨日、今日。
二日連続で小学校を休んでいる。
ずっと、家の中。
決して敷地の外に出てはならない、と指示されたから。
どうしてと理由を尋ねたものの、想定よりも戦況が混沌こんとんの体を成してきたとか、逸脱した参加者マスターがいるとか、アサシンを警戒せねばならないとか、玲れい瓏ろう館かんには既に感付かれた節があるとか、よくわからない独り言を幾つか父は呟くだけで、ちゃんと綾香に答えてはくれなかった。
不思議には思ったものの、うん、と素直に綾香は父に従った。
学校を休むのは、別段、初めてのことでもない。
熱を出して寝込んでしまって欠席することはあったし、朝の日課が長引いた、というか綾香自身の手際が悪いせいで長引かせてしまった結果として学校に行けなかったことも何度かあって。その度に、父は担任の先生へ連絡をしていたから、今回もきっと、同じように連絡をしたのだと思う。日課が長引いた時のように、魔術のことは隠しつつ。
どんな風に連絡をしているのか、少し、興味はあった。
本物の発熱や風邪で休んだ時は、クラスメイトがプリントを持ってきてくれたり、何人かで連れ合ってお見舞いに来てくれることもあるものの、魔術の勉強のために休んだ時は誰も来ない。なのに、翌日に教室へ行くと、クラスメイトたちは「体、もう平気?」と声を掛けてきてくれる。熱や風邪で休んだ時と同じに。
もしかして、何かの魔術を行使している?
どうなのだろう。
よく、わからない。尋ねようにも、父はいない。
朝の日課の時間にも姿を見せなかった。昨日も、今日も。
朝食は冷蔵庫の中に用意されていたものの、昼と夜は冷凍食品を電子レンジで温めて食べなさい、と書かれたメモが食堂ダイニングのテーブルの上に置かれていて。昨日とそっくり同じ。
冷凍食品はあまり好きじゃない。
でも、冷凍のグラタンは少し好き。
でも、何度も食べるのは少し、嫌。
「お昼、食べたら」足下の鳩たちに話し掛けるように、独り言。「何、しようかな。テレビ観ちゃおうかな……」
教育チャンネルでやっている人形劇の番組を毎日観られるのは、嬉しいし、楽しい。
でも、クラスメイトたちに会えないのは、少しだけ寂しく思う。
父と姉に会えないことも。
学校を休むことも、父や姉が何かしらの理由で遠くへ行くことも、これまでになかった訳じゃない。特に父は仕事で何日も家を空けることも多かった。
でも、それが重なるのは珍しかった。
学校を休んで、誰もいない家にひとりきり。
いつもは日課のすぐ後に行うガーデンの水やりも、こんな風に、お昼近くまでのんびり時間をかけても怒られもしない。ひとりだから、誰にも何も言われない。
「……聖杯戦争」
ジョウロから溢あふれかけた水を止めながら、ぽつり、呟く。
聖杯戦争。それは、一昨日の夜、父の独り言から聞き取っていた言葉。
大切な儀式。
魔術師の大願。
聖杯戦争。
詳しいことは知らないし、わからない。
でも、少しだけ、綾香にも感じ取れることはあった。
幾つかのこと──
例えば、姉。
愛歌お姉ちゃん。
以前よりもずっときらきらして、綺麗になって。
例えば、父。
お父さん。
姉の変わりようとは違って、少し、怖くなった。
父の独り言なんて──
今までに、一度だって聞いたことはなかったのに。
A magus who has been loved by mysteries goes to play with their family――――――
――――Drip, drip, drip.
――――Lots of drops of water are pouring down from the tilted watering can.
The weight which I hold is quickly getting lighter.
The water permeates into the soil, down to the roots of the densely and thickly growing green Garden.
As she stares at her hands and the ground, Ayaka Sajyou breathes a little. Her white breath. Although the sun was already rising right above her, the air was cold. Even the light of the sun which was shining in here from the nearby glass walls, didn’t feel so warm to her.
As usual, watering the plants is carried out after my morning chores.
The time is a bit slow today.
I’m late today, too.
Ayaka: “My studies…….”
My magic studies. I should probably do them.
‘Yes,’ she slightly thinks.
Even if I try to think about it, the answer won’t come to me.
There are some things that I probably appear to have to do, either way it’s studying. ‘My magic studies, or my school studies?’
Her Papa is always saying that both are important, so Ayaka vaguely took it to mean ‘I probably should do it.’
‘Obviously, I must study magic because it’s our family lineage’s magic.’
‘Obviously, I must do my school studies because I’m a modern human.’
‘Both are necessary.’
‘Both are also a matter of course.’
‘Even without a teacher―――――’
Ayaka: “……….”
Taking a glimpse, I return my gaze to my surroundings.
Several pigeons are loitering around in a spot that’s a slight distance from my feet. As their reserved chirps make cooing sounds rumble from their throats, they’re peeping at my appearance.
‘My appearance. Peeping. Really?’
It might be my imagination, but I have a hunch that the pigeons are anticipating something from my own words and actions.
Ayaka: “No good.”
I mumble in a small voice.
Ayaka: “I, already gave you some food.”
My reply is met with a couple of coos and motions.
As if they were saying “I don’t care,” or “I didn’t even get anything,” they tilt their necks.
“Phew,” Ayaka exhales. Despite having broken the rules and called out to them, I don’t even think that the response that’s sent back to me will be somewhat stupid as this. I guess I’ll be glad if I don’t have to call out to them.
Ayaka: “Good grief.”
I exhale a sigh not at the pigeons, but towards myself.
I carry the watering can which has gotten light enough to hold in one hand, vigilantly in both of my hands.
I won’t make that kind of mistake again.
Yesterday, when I was giving water to the flowers and the green trees that grow thickly in Garden, I was just absentmindedly carrying the watering can which got lighter the more its contents lessened, not noticing that the weight balance was shifting each time it did, my hands carelessly let go of it, and……. My entire body got soaked in cold water.
Moreover, not once, but thrice.
My premonition where I was feeling that perhaps, or rather―――― it’s not one of my good points came true.
Certainly, I’m clumsy myself.
If I weren’t so, then yesterday would’ve passed unexpectedly casually.
That’s why, I won’t make that mistake again today.
Regardless of whether I’m clumsy or reckless, I must learn from my mistakes. I’ve always heard it as such, from Papa. I must be aware that my mistakes are a good opportunity to grow. I was probably told this countless times already. “Yes, countless times,” I nodded.
I won’t drop my guard. I’ll carry the watering can with both of my hands, and water it down to the last drop.
Ayaka: “Yep.”
Nodding, I return to the watering spot.
Deliberately ignoring, the gathering pigeons who had misjudged it as me having finished the watering.
After hanging the hose into the watering can’s open mouth, I turn on the tap. A sound echoes, of the sound of flowing water running through the water pipe and pouring into the watering can.
There, they overlap with the pigeons’ warbles.
Regardless of whether its firmly soundproofed, I can’t hear the outside noises. Is it an automobile on the main street?
It’s just, like I’m in the middle of a forest――――
Despite not knowing how it is like a real forest, ‘Yes,’ I vaguely think.
It was because after a little while I realized, ‘there’s no water pipe or service in a forest.”
Ayaka: “……. I wonder, if they’re not here again today.”
My grumbling voice.
It’s small enough, to fully disappear into the sound of the water filling up the watering can.
Ayaka: “Papa.”
I haven’t seen him since this morning
Same as yesterday.
Ayaka: “Big Sister.”
Big sister Manaka didn’t even show her face for yesterday’s breakfast.
This morning too.
Ayaka: “An important ritual, what is it?”
Being held in Tokyo here, is a large-scale magical ritual.
It is said to lead to the magi’s greatest ambition.
Including the Sajyou family, all mages from past to present have wished, desired and continue to have reach out to this great item. In order to reach it, the ritual must be carried out. In the middle of the night of the day before yesterday, her Papa had said that much with a serious tone, to Ayaka who was nodding off with half-sleepy eyes.
As she mixes his speeches.
An important ritual.
Papa, as well as Big Sis, are participating in it.
When I asked, “Should I also do something too?” Papa shook his head.
“You mustn’t get involved with the ritual, but for a while, please take a break from school.”
As he said that――――
Ayaka: “I wonder if I always be on break…….”
Yesterday, today too.
I’m taking a break from elementary school for the second consecutive time.
I’m always, in the house.
Because I’ve been instructed to, “Never leave the grounds.”
Although no matter how much she inquired about the reason for it, like “is the combat situation building up into a more chaotic state than first presumed?” or “did a Master leave?” or “Do we have to be careful of Assassin?” or “is there a knot already suspected in the Reiroukan manor?” her Papa who was just muttering some non-coherent speech to himself, never did give a proper answer to Ayaka.
Although she thought it was strange, Ayaka, obediently obeyed her Papa with an “okay.”
It’s not even, particularly, the first time that Ayaka had taken the day off from school.
There was the time when she was absent when she was completely bed-ridden with a fever, or the time when her chores had dragged on, or the number of times when she couldn’t go to school as the barrier had been extended due to Ayaka’s own poor skill. To that extent, I think that since Papa contacted my homeroom teacher last time, surely, I should do something similar and contact her too this time. Like when my daily chores dragged on, I could do it while concealing the magical part.
‘How did he contact her?’ I had a bit of interest, in that.
When I was absent with a real cold and fever, some classmates did come over bringing prints, together with some other people over for a visit, but nobody came when I was absent for my magic studies. And yet, when I went to the classroom the next day, my classmates would say something like “You were absent, are you alright?” The same things as when I was absent with a cold and fever.
Did he use some sort of magic, perhaps?
I wonder how he did it?
I, don’t really know. I’d go ask him, but Papa isn’t here.
He didn’t show himself during my daily morning chore hours. Yesterday, as well as today too.
Although my morning breakfast was prepared in the refrigerator, a memo with “Please heat and eat the frozen food in the microwave for lunch and dinner,” written on it, was placed on top of the dining room table. It’s exactly the same as yesterday.
I don’t really like frozen food.
But, I like frozen gratin quite a bit.
But, I slightly hate it, when I have to eat it over and over again.
Ayaka: “If I ate it, for lunch…….”
As if I’m talking to the pigeons beneath my feet, I talk to myself.
Ayaka: “What should I do, should I watch some TV…….”
The puppet TV show program that’s playing on the education channel is fun, and pleasant to watch every day.
But, I think it’s just a bit lonely, when I can’t see my classmates.
I also can’t meet with Papa and Big Sis.
To be absent from school, for Papa and Big Sis to go far away for some reason, doesn’t mean that I wasn’t lonely up till now. Papa especially would often leave home for several days for work.
But, it was rare for them to overlap.
Taking a break from school, all by myself in a house with no one in it.
I always water Garden immediately after doing my daily chores, like this, so that he won’t get angry about it even if I do have free time to spend until lunchtime.
Since I’m alone, nobody can say anything to me.
Ayaka: “……The Holy Grail War.”
While stopping the water that had overflowed from the watering can, I mutter, those few words.
“The Holy Grail War.” They were, the words that I caught from Papa’s speeches on that evening, the day before yesterday.
An important ritual.
The Magi’s great ambition.
The Holy Grail War.
I don’t know the details of it, and I don’t understand it.
But, there was something that even Ayaka could sense in it, just a little.
About a few things――――
For example, Big Sister.
Big Sis Manaka.
She’s way more sparkly than before, she’s gotten prettier too.
For example, my Papa.
Father.
He’s become different due to the changes in Big Sis, he’s, become a bit scared of her.
Papa’s speeches are somewhat―――――
Even though I have never heard of it even once, until now…….
- Fragment - ◼◼◼◼◼◼ ◼◼◼◼◼◼'s Notes [6]
Japanese Raw
聖杯戦争。
是これは、殺し合いである。
マスターとなった魔術師は常に命を脅かされることになる。
魔術の秘奥を駆使し、サーヴァントを活用して最後まで生き残らねばならない。
聖杯戦争に敗北する条件はふたつ。
生命を失った場合。
サーヴァントを失った場合。
自らの生命を維持していても、サーヴァントを失えば聖杯を得る権利を失う。
だが、もしも自らのサーヴァントを失ったとしても、気を緩めるな。ただちに聖堂教会より派遣された〝監督役〟に保護を求めねば、他のマスターに殺害される可能性は十二分に有り得る。
自らの生命を守れ。
自らの家系を守れ。
連綿と続く魔道を途絶えさせてはならない。
工房を効果的に利用せよ。
魔術の粋を極めた工房であれば、サーヴァントに対しても一定の防御となる。
一方で、普段と変わらぬ生活を装うという手もある。
外部との交流を有していた魔術師が突如として工房に引き籠こもれば、聖杯戦争に挑むマスターであると推察される危険もある。
だが、聖杯戦争も半ばに差し掛かれば。
マスター同士が互いの素性を既に把握した可能性もある。
守りと攻めを同時に意識せよ。
そして、血を守れ。
息子。娘。
魔術研究を継ぎ、魔力回路を継ぎ、自らの家系を継ぐ者を守れ。
必要と感じれば──
囮おとりを使うことも躊躇ためらうな。
The Holy Grail War.
This is, a mutual slaughter.
Magi who have become Masters will normally decide to threaten your life.
You must freely use your magical mysteries, and you must survive until the end by harnessing your Servant.
There are two conditions by which you can be defeated in the Holy Grail War.
A case where you have lost your life.
A case where you have lost your Servant.
Even if you can preserve your own life, if you lose your Servant then you will lose your right to obtain the Grail.
But, even if you have perhaps lost your Servant, don’t let your guard down. You must seek protection from the “Overseer” who has been dispatched directly from the Holy Church, as the possibility is more than likely that you could be killed by the other Masters.
Protect your own life.
Protect your family lineage.
You mustn’t stop your magic continue it uninterrupted.
You must use your workshop effectively.
If a workshop determines your style of magic, then it will become your assured protection even against Servants.
On the one hand, there’s a move where you can pretend to have an ordinary and unchanging life.
However, if you’re a Magus who possesses an external social network and you suddenly stay inside your own workshop, then there is also the risk that you could be surmised to be a Master who challenges the Holy Grail War.
But, if you approach the Holy Grail War half-heartedly.
Then there is also the possibility that you have already been grasped to have a shared lineage by your fellow Masters.
You must be simultaneously aware of your offense and defence.
And, protect your blood.
Your son. Your daughter.
Protect the people who will inherit your own lineage, inherit your magic circuits, and inherit your magic research.
If you feel it is necessary―――――
Don’t hesitate to use a decoy.
- Fragment - Arthur 1991 [7]
Japanese Raw
東京都西部、奥多摩山中。
登山道から遠く離れた木々の隙間にて、誰の目にも触れることのない死闘が繰り広げられていた。否、正確には、灰色の空を舞う鳥の瞳にその光景は映し出されている。白銀色と蒼色の鎧よろいを纏まとうただひとりの騎士が、次々と降り注ぐ死の顎あぎとを時にかいくぐり、時に切り払って防ぐさまが。
山の斜面に立った騎士──セイバーは、飛来する死の群れを迎撃していた。
射線上のすべてを貫通すべく迫る無数の鋼。
それは、矢だ。
彼が手にする不可視の剣と同じく、現代では殆ほとんど使用されることのない武器。
敵対する他者の生命を奪うために人間が操った道具のひとつ。
弓の弦を引き絞り、つがえた矢を撃ち放ち、遠距離に存在する目標を貫き、殺す。
それが、一呼吸につき二十ほど。
尋常の技ではなかった。すなわち、この攻撃を行っている相手は常人ではなく、セイバーと同じく人じん智ちを超えた存在に違いない。神秘の窮極の一端と言っても過言ではないだろう。サーヴァントによってもたらされる、物理法則さえ殺しながら行使される驚嘆すべき絶技。放たれた矢は有り得べからざる速度と威力を伴って、奥多摩山中を削り取る。
頑健な木の幹が円形の穴を穿うがたれる。
土が砕ける。
小振りの岩が砕ける。
それらが、同時に複数。約二十射。
鏃やじりの鋼がもたらす僅かな光の反射、僅かな風切り音だけを頼りに、セイバーは死の矢の悉ごとくに相対していた。
基本的には足捌あしさばきで躱かわし、回避しきれないものは不可視の剣で切り裂いて、それでも残った矢は鎧で弾はじく。鎧に当てている、と表現することも出来るだろう。魔力で編まれた白銀の装甲、特に厚い部分であれば、木々を砕き大地を抉えぐる死の矢を防ぐことも出来る。
鋭敏な彼の視覚を以もってしても、射手アーチャーの姿は見えない。
射出される矢の方向から位置を特定することは容易ではあるものの、どうやら、射手は山中を高速で移動しながらこちらへの射撃を続けていると思おぼしい。一塊の射撃ごとに、襲い来る矢の方向が異なっている。
「……トリスタン卿きょうと、どちらが上かな」
幾度目かの射撃を防ぎ切って、短く息を吐く。
かつて円卓に集った騎士のひとり。その名と姿を、僅かに想う。
数あま多たの武器を自在に操ったかの騎士は当然の如く弓にも優れ、中でも狩りの場で披露してみせた〝必中の弓〟は、文字通りの絶技に他ならなかった。
こうして多数の矢を一度に放つ技と相対したならば、果たしてどちらの弓が勝るのだろうか。共にいくさ場を駆ける騎士として、純粋な好奇心が湧いてくるが、残念なことに今は思考を割く訳にはいかない。脳裏の片隅、そのさらにほんの僅かな余分でささやかに思うに留める。
戦いにあっては、戦いのみを意識する。
ただひとつの戦闘機械となって、ただ、戦場に勝利をもたらす。
それが、自分だ。
それが、剣を抜くということだ。
『危ないと感じたら、すぐに、逃げて』
先刻の愛歌の言葉。
正確に、セイバーは記憶している。
『あなたは、ただ、アーチャーを引きつけてくれるだけでいいの』
山中へと足を踏み入れる直前。
自らのマスターである少女は、そう言って、表情を曇らせていた。
宝玉の如き透き通った蒼色の瞳を潤ませ、美しい顔立ちに悲しみの色を浮かべて。
当初の「あなたが傷付かないように」という言葉を守れないことに対して、深く、少女は憂えているようではあった。だが、セイバーにとっては気にするところではない。
むしろ、本領とさえ言える。
サーヴァントこそが、マスターの刃として命のやり取りの場に赴かなくては。
まさしく主君のために戦場を駆け抜ける騎士の如くして。
ならば、今回の少女の言葉。
引きつけてほしい──
成る程、主命は確かに受諾した。引きつけてみせよう。
喩たとえ、何百、何千──億の矢が降り注ごうと、耐え抜いてみせるだけのこと。
剣を構える。片手。迫る敵を両断するためではなく、飛来する矢を叩き落とすために振るう刃であるならば、片手、右手のみで剣持つ構えが相応ふさわしい。不意の事態に備え、左手は自由にしておくべきだろう。
山中斜面の一カ所に留まって、更なる射撃を迎撃し続ける。
数秒置きに襲い来る鋼矢の群れ。
危なげなく躱し、弾く。
体が回避と防御に慣れてきた頃、不意に、矢が途切れた。数秒を過ぎても次なる矢がやって来ない。現在距離のままで仕留めることを相手が諦めたか。否。そうではないだろう。サーヴァント特有の気配は今も山中に色濃く漂っている。
油断なく、構えを崩さずに待ち構える。
と──
空が、黒く染まった。
黒色の雨雲が突如として発生した、訳ではない。
それは、空を埋め尽くすほどの──
矢の怒ど濤とうだ。
死の奔流だ。
鋼の豪雨だ。
「──面白い」
不可視の剣を両手で構え直して。
セイバーは、僅かに呟く。
In the mountains of Okutama, Western Tokyo.
Inside a clearing of trees that’s far separated from the mountain path, a life or death struggle which couldn’t be touched by anyone’s eyes was unfolding. No, to be exact, that scenery was being reflected in the eyes of the birds dancing in the ashen sky.
A lone knight who is clad solely in blue and silver armour, slips through at the moment when the jaws of death rains down on him one by one, with an appearance of sometimes defending or clearing them away.
The knight who stood on the mountain slope――――Saber was intercepting the swarm of death flying straight at him.
Countless steel approaches him to pierce through everything that’s in their line of fire.
They are, arrows.
Like the invisible blade that he holds, it is a weapon which shouldn’t really be used in the modern era.
One of the tools that humans employ to steal the lives of others who oppose them.
Drawing their bowstring to the limit, they fire their nocked arrows, piercing through the target who exists at a long range, and kills them.
There’s, about 20 arrows per breath.
That wasn’t a common skill. In other words, there’s no doubt that the opponent who is carrying out this attack is not an ordinary person, he exists as a being that surpassed human wisdom the same as Saber. It probably not an exaggeration even to say that he’s a fragment of the ultimate mystery. Generated by a Servant, it’s a special move that must be admired as he’s been using it even while killing the natural laws. The fired arrows shave off the Okutama mountains with unbelievable speed and power
It drills a round hole into an able-bodied tree trunk.
Smashes the earth.
Crushes a lightly rained on boulder.
They are, multiple simultaneous shots. Roughly 20 of them.
By relying on the tiny reflections of light carried by the steel arrowheads, or just on the small sounds of wind cutting, Saber was facing each deadly arrow head on.
He dodges them with basic footwork, slices through the ones that can’t be avoided with his invisible sword, and yet he repels the remaining arrows with his armour. One would probably express it as him exposing his armour. His silver armour which was woven with mana, if there’s an especially thick portion of it, then it may be up to the task to protect him against the deadly arrows that were gouging the earth and smashing the trees.
‘Even with my sharp vision, I can’t see Archer’s figure.’
Although it’s easy to pinpoint his location from the direction of the fired arrows, it appeared to him that the shooter is apparently keeping up his shots while moving through the mountain at high speeds. With each group of fired shots, the attacking direction of the arrows are becoming distinct.
Saber: “………Between him or Sir Tristan, I wonder which one of them would come out on top?”
Protecting himself against the countless shots, he lets out a brief breath.
One of the knights who once gathered at the Round Table.
He thinks for a bit, about that figure and name.
That knight who could freely operate a multitude of weapons naturally excelled with a bow too, “The bow which hits the target” which he demonstrated even in hunting spots, was literally none other than his special move.
If he confronted him with his skill of firing multiple arrows at once like this, then I wonder which bow would be superior at the end of it? As a knight who soared through the same war scene as him, it swells up my genuine curiosity, but it’s not like this is a situation where I could spare thoughts about each of my regrets now. In the corner of his mind, he stops to meagrely think about the tiny extra bit further than that.
There in that battle, he focuses only on the battle.
Becoming a solitary fighting machine, he just brings victory onto the battlefield.
It is, himself.
That is what it means, to draw a sword.
Manaka: “If you feel like it’s getting dangerous, escape, immediately.”
Manaka’s words from a moment ago.
Saber remembers them precisely.
Manaka: “You, just, have to draw out Archer for me.”
It was just before he set foot into the mountain.
The girl who was his Master, said that to him, whilst frowning her expression.
Moistening her blue eyes which were transparent like a jewel, a sad colour was expressed on her beautiful features.
Her first words of “Take care not to get hurt” were towards the one whom she could not protect, as the girl, appeared to have been deeply worried about him.
But, that mattered not to Saber.
Rather, one could say t’was his specialty.
For a Servant, must proceed to the place of exchanging lives as their Master’s blade.
Truly he was like a knight running through the battlefield for the sake of his Master.
In that case, the girl’s words this time.
I want to draw him out――――
Indeed, he would certainly accept his Master’s orders.
He’ll try to draw him out.
For example, with hundreds――――no, thousands, no, millions, of arrows incessantly pouring down on him, he just tries to stick it out.
He preps his sword. One handed. If there was a blade that he could wield not to bisect his approaching enemy, but to knock down the arrows flying at him with, then one-handed, is a fitting pose to carry his sword only in his right hand with.
To prepare for any unforeseen circumstances, he should probably keep his left hand free.
Stopping in a spot on the mountain slope, he continues to get further fired on.
The flock of steel arrows attacks him for a few seconds straight.
He safely dodges and repels them.
Just when he felt like his body had gotten used to the dodging and defence, suddenly, the arrows broke off. Even after a few seconds passed, the arrows didn’t come to do him in. ‘Is he giving up on an opponent who could bring him down at this current distance?’ 'No. It’s probably not that.' The Servant’s peculiar presence is unsteadily being pronounced in the mountain even now.'
'I’ll vigilantly lie in wait, without demolishing my stance.'
And then―――――
The sky, was dyed black.
It’s not like, black rainclouds had appeared all of a sudden.
Though, it was enough to exhaustively fill up the sky with―――――
A surging wave of arrows?
A torrent of death?
A heavy rain of steel?
Saber: “―――――How interesting.”
Prepping his invisible blade again in both hands.
Saber mumbles a little.
- Fragment - Elza [1]
Japanese Raw
ひとりの少女が見える。
愛らしいとも言えるし、美しい、とも言えるだろう。
可か憐れん。そういう言葉が相応しく思える。
その子は山中を歩いていた。
ひとりきりで。
特に、何をするでもなく。
蝶ちょうを見つけると、指に留めて微笑んでみたり。
「……♪」
鼻歌など唄うたっている。
ピクニックに来た一般人だろうか。
この、冷ややかな、吐く息が白くなるほどの季節に?
外見など、魔術師相手には何の判断基準にもならないことは分かっている。
ただ、少女である、という事実が〝私〟の心の何処かを疼うずかせる。
それに、何よりも。
少女の表情、鼻歌の旋律。
穏やかで、美しくて。
あまりに純粋無垢むくに感じられてしまう。
あれほどの可憐を体現した子が、殺し合いの参加者であるだろうか。
聖杯戦争、などと──
「見つけた」
見られていた。
少女は、確かにこちらを見つめていた。
幾つかの〝まさか〟が脳裏に浮かぶ。
まさか、マスターなのか。あの子が?
まさか、この距離で遠見の魔術を見破られた?
まさか、こちらを探していた?
「あなたが、アーチャーのマスターね。ありがとう」
言葉は、唇の動きから読み取れる。
この子はマスターだ、まず間違いなく。
直ちに退避しなくてはならない。
この距離で気付くほどの腕があるなら、居場所を探知するのも容易だろう。
だが、動けなかった。
唇も。脚も。瞼まぶたさえも動かせない。
身動きができない。
何故、と問うのは愚かに過ぎるだろうか──
「ありがとう」
桜色の唇から再度、紡がれる言葉。
ありがとう。
何故、少女は、礼を言っている?
こちらに声を掛けている。それだけは間違いない。
だが、言葉の意味を汲くみ取れない。
ありがとう。
何に、対して?
「わたしと彼にピクニックをさせてくれたことは、嬉しいのだけど」
彼──
サーヴァントのことか。
ピクニック。何を、言っている?
「でも……」
少女の表情が、曇る。
一転して、可憐そのものの貌かおに悲しみが彩られる。
「彼を、危ない目に遭わせてしまったわ」
瞳の奥に──
「どうしてくれるの?」
何かが、見えて──
I can see a lone girl.
I can say that she is adorable, and, possibly beautiful too.
‘Lovely.’ I think a word like that suits her.
That girl was walking in the mountain.
All by herself.
She’s not even doing anything, in particular.
When she finds a butterfly, she tries holding it on her finger and smiles.
Manaka: “……♪”
She’s singing and humming a tune.
Is she a normal person who came for a picnic?
But, in this cold season, where it’s so cold that my exhaled breath is turning white?
I know, there’s no kind of evaluation criteria for an enemy Magus, like their outer appearance etc.
But, the fact that she’s just, “a girl,” aches somewhere in “my” heart.
Furthermore, more than anything…...
The girl’s expression, the tune she hums.
Gentle, and beautiful.
I can feel too much of her genuine purity.
Is this child who embodied that much loveliness, possibly a participant in the mutual slaughter?
The Holy Grail War, and the rest of it―――――
Manaka: “I found you.”
She can see me!
The girl, is definitely looking over here at me.
A few ‘No Ways!’ rise up in my mind.
Could she be, a Master? That girl?
No way, has she broken through my remote viewing magic at this distance?
No way, has she been searching for me?
Manaka: “You’re Archer’s Master, right? Thank you.”
I can read, the words coming from her moving lips.
This girl is a Master, that’s first without a doubt.
I must evacuate immediately.
If she has enough talent to notice me at this distance, then it’s probably easy for her to detect my whereabouts.
But, I couldn’t move.
Not my lips. My legs. I can’t even move my eyelids.
I can’t move my body.
Is it utterly beyond stupid, for me to ask “Why?” ――――
Manaka: “Thank you.”
Her words spin again, from her cherry-blossom coloured lips.
“Thank you.”
Why, is this girl thanking me?
She’s speaking them to me. That much is certain.
But, I can’t understand the meaning behind her words.
“Thank you.”
For, what?
Manaka: ““You know, although I’m glad that you let me have a picnic with him…….”
Him――――
Is she talking about her Servant?
A picnic? What is, she talking about?
Manaka: “But……...”
The girl’s expression, darkens.
In a sudden transformation, the face of loveliness itself colours itself with sadness.
Manaka: “You, made him expose himself to danger.”
In the inside of her eyes―――――
Manaka: “So, what will you do about it?”
I can see something――――
- Fragment - Ayaka 1991 [7]
Japanese Raw
「綾香。ここにいたのか」
時刻は午後二時を過ぎたあたり。
もたもたと、自分でも手際が良くないと思いながら、昨日のお昼や夜と同じ冷凍食品のグラタンの封を開けて、耐熱皿の上に置いて、オーブン機能はどうやるのだっけと電子レンジと三度目の睨にらめっこをしていたら。
厨房キッチンに父が姿を見せていた。
視界に映る父を見て、ぽかん、としてしまう。
家にはいないものと思っていたから。それとも、気付かないうちに外から帰ってきていたのだろうか。それなら、姉も? それに、入ってはいけない部屋のひとつにいるはずの誰かも──
「愛歌はいない。私も、すぐに出る」
「そう……」
それなら、グラタンはふたつ用意しなくてもいいのかな。
そう考えながら、綾香は頷く。
「勉強はしているか」
父の言葉。どの勉強を言っているのかわからない。
学校の勉強。魔術の勉強?
やってるよ、とぼんやりとした言葉を返す。
前者はやっている。後者は、ちゃんとやれていない気がする。だって、毎朝の日課に父は顔を出さないから。自分だけではわからない。正しくは、わかることしかできない。
(ばれちゃうかな)
言葉に混ぜた噓を指摘される。そう、思っていたのに。
「そうか」
短く、そう頷くだけ。
父は何も言ってこなかった。
「昼食にしては、随分遅いな」
「うん」
「きちんと食べなさいとメモに書いておいただろう」
「ごめんなさい。食べるの、忘れてた……」
ここでも噓を吐く。
本当は、父か姉が帰って来てくれないか待っていた。
ひとりで、冷凍食品をチンして、食べても、ちっともおいしくないから。
もっと大きくなって、もっと家のことも出来るようになって、料理だってできるようになっていたら、ひとりでもおいしく食べられるのだろうか。
「お前はテーブルの準備をしなさい」
「え」
「返事は、はい、だ。綾香」
「は、はい」
言われるままに、ひとりで食堂へ入って。濡ぬらした布巾でテーブルを拭ふいて、食器棚からフォークを取り出す。よくわからなかったので、一応、ふたり分。ミルクを注ぐコップもふたつ出しておく。
少しすると、厨房からチンと音が聞こえてきた。電子レンジの音。
父は、お皿に載せたグラタンをふたつ持ってきた。
(あ、ふたりで食べるんだ)
父と、自分と。ふたりで冷凍のグラタンを食べる。
ふたりで食べると、味は──
別に、変わらない。
昨日のお昼や夜と同じ、冷凍食品。
「お姉ちゃんは?」
一口、食べて。飲み込んで。
小さな声で、そっと尋ねてみるものの、返答はない。食堂は静かなまま。
視線をグラタンから上げてみると、父は、妙な顔をしていた。
いつもは浮かべないような表情を顔に貼り付けて、父は、こちらを見つめていて。
「お父さん?」
何だろう。
父のこんな顔は、見たことがなかった。
瞳の奥に、何か、別の誰かがいるみたいな不気味な感じ。表情。顔つき。目元。
背筋に、ぞくりとしたものを感じてしまう。数日前、姉の微笑む姿を目にした時に感じたものとよく似ていた。ひどく、冷たい感じ。ぞくり。
「愛歌は……」父は何かを言い掛けて、一度口を閉ざしてから「儀式は、とても大切な時期に差し掛かっている。お前からあれに声を掛けてはいけないし、奥の部屋にも決して近付かないように」
「うん」
奥の部屋──やっぱり、誰かがいるんだ。
綾香は幾らかの納得をしながら頷く。
入ってはいけない部屋のひとつ、奥の部屋にきっと誰かがいる、ということは、何となく気が付いていたから。最初は気付かなかったけれど、数日前の真夜中、トイレに行こうとして廊下を歩いていた時に、人影を見た気がして。
父とも、姉とも違う背格好の影。
泥棒、とは思わなかった。そういう、悪いものではないように思えて。
(聖杯戦争、と、関係あるひとなのかな。お客さん?)
質問したかった。
あのひとは誰?
どうして、奥の部屋にいるの?
お父さんとお姉ちゃんは、あのひとと会っているの?
言いたかった。尋ねたい。でも、言えない。
父の顔には、まだ、見たことのない表情の名残があったから。
怖くて訊きけない──
「お姉ちゃん、元気かな」
ぽつり、と唇から漏れる言葉。
自然と唇から出てきた言葉ではなくて、何かを言おうとして、絞り出した言葉。父の顔に貼り付いたままの何かを削り取ってしまいたくて。
グラタンに視線を戻すふりをしながら、父の様子を窺う。
表情。目の奥の感じ。駄目、変な感じのまま。
「そう……だな。いや、いいや、愛歌には問題などない。この大願成すための儀式に際して問題のひとつも見当たらないし、お前が心配することではない」
「そ、そうなんだ」
「問題など……」
何かを、言い掛けている。ような──
けれど。言葉は続かなかった。少なくとも、綾香に対しては。
「問題? 問題など、ない。順調に過ぎるほどだ。聖堂教会が疑問に感じるほどに何もかもが順調だとも。私にしてもそうだ。何故、あれは何もかもを成せる。天賦の才があるのは分かる、あれは恐らく魔術に愛されている。神秘に愛されている。だが、それでも、人の身でありながらサーヴァントに対してまで……。既にあれは、大聖杯の場所まで知り得ている素振りさえある。何故だ。いつ、どうやって知り得た。私が教えていない、沙条の家系には存在しない秘儀の数々まで、あれは、容易に我が物として……」
何を言ってるのか、さっぱりわからない。
それは、父の独り言だった。
聞きたくなかった。
目の前にいる自分を無視して、何かをぶつぶつと呟く父の姿は、とても。
──とても、不気味だったから。
Hiroki Sajyou: “Ayaka. Are you in here?”
The time had right passed 2 pm.
Slowly, while thinking, ‘my skills sure aren’t all that great even for myself,’ I open the same frozen gratin seal as I did for yesterday’s lunch and dinner, place it on a heat-resistant plate, and when I was staring at the microwave oven wondering how the oven functions work for the third time…...
Papa appeared in the kitchen.
As I look at Papa who reflects my gaze, I, am completely gobsmacked.
Is it because I was thinking that no-one was at home? Or, did he come back home from the outside when I wasn’t looking? If that’s the case, then is Big Sis here too? Moreover, I think someone must be in one of the rooms that I mustn’t enter―――――
Hiroki Sajyou: “Manaka isn’t here. I’ll be leaving soon, too.”
Ayaka: “I see……”
‘In that case, I should probably prepare two Gratins.’
As she thinks that, Ayaka nods.
Hiroki Sajyou: “Are you doing your studies?”
Papa’s words.
I don’t know which studies he’s talking about.
Is he talking about my school studies? Or my magic studies?
“I’m doing them,” I vaguely return the words.
I’m doing the former. I just, have the feeling that I haven’t done the latter properly. After all, Papa doesn’t show his face during my daily morning chores. I can’t tell if I’m doing it right just by myself. I can only understand it, when it’s proper.
Ayaka: (Have I been busted?)
He has pointed out the lie mixed into my words. Despite thinking that, ‘I am.’
Hiroki Sajyou: “Is that so?”
I just nod, briefly to that.
Papa didn’t come out and say anything.
Hiroki Sajyou: “You’re very late, for lunch.”
Ayaka: “Yes.”
Hiroki Sajyou: “Did you follow the memo that said to “please eat it properly?””
Ayaka: “I’m sorry. I forgot……to eat it…….”
I spit out lies even here.
To tell the truth, I was waiting for Papa or Big Sis to come home.
Because, even if I heat and eat the frozen food, by myself, it’s not gonna be even a little delicious.
After all, when I become much bigger, I can do more at home, I’ll be able to cook, but then would I be able them deliciously eat them even when I’m alone?
Hiroki Sajyou: “Will you please set the table?”
Ayaka: “Sure.”
Hiroki Sajyou: “You should respond with a “Yes.” Ayaka”
Ayaka: “Y, yes.”
As he’s still talking, I enter the dining room by myself. I wipe down the table with a wet dish cloth and take out the forks from the cupboard. Since I had no idea about him, I tentatively, take out enough cutlery for two. I take out two cups and pour milk into them too.
As I did a bit of it, I can hear the sound of a chime, “ping,” coming from the kitchen.
Papa, came in carrying in two gratins that were placed onto plates.
Ayaka: (Ah, we’re gonna it eat together!)
Papa, and myself. We’re gonna eat frozen gratin together.
If we eat it together, then the taste of it―――――
Won’t, particularly change much.
It’ll be the same as yesterday’s lunch and dinner, frozen food.
Ayaka: “What about Big Sis?”
I eat, a bit of it. And drink the milk.
Although I gently asked about it, with a small voice, there’s no response. The dining room is still quiet.
As I raise my gaze from my gratin, Papa was making a strange face.
Affixed with an expression that he didn’t always show on his face, Papa, is staring straight at me.
Ayaka: “Papa?”
What is it, I wonder?
I’ve never seen this kind of face, on Papa.
In his eyes, there’s something, a strange feeling like it’s someone else. His expression. His face. His eyes.
I feel something, shivering down along my spine. It’s really similar to what I felt when I saw Big Sis’s smiling face, a couple of days ago.
It feels so terribly, cold. Chilly.
Hiroki Sajyou: “Manaka……” Papa started to say something, after closing his mouth once.
Hiroki Sajyou: “The ritual, will be held over a very important period of time. So, take care to never get close to the back room, and I shouldn’t have to hear you calling out to us from there.”
Ayaka: “Right.”
In this room――――like I thought, there’s someone here.
Ayaka nods while consenting to it a little.
In one of the rooms that I mustn’t enter, there’s definitely someone in the back room, which means, that I did somehow notice them after all. Although I didn’t realize it at first, a few days ago in the middle of the night, when I was walking in the hallway trying to go to the toilet, I had this feeling that I saw a shadow of a person.
The shadow’s physique, was different than Papa or Big Sis’s.
I hadn’t thought, ‘Hii, a burglar.’ I thought that he didn’t seem to be, that bad, of a person.
Ayaka: (I wonder if it’s someone who has a relation, to this, “Holy Grail War” thing. A guest maybe?)
I wanted to ask a question.
Who is that person?
Why, are they in the back room?
Are Papa and Big Sis, meeting with that person?
I wanted to say it. I want to ask him. But, I can’t say it.
On Papa’s face, there’s still, traces of an expression that I’ve never seen before.
I’m too scared and I can’t ask him―――――
Ayaka: “Is Big Sis, okay?”
Muttering a few words, the words spill out from my lips.
They’re not the words that naturally came out from my lips, I was trying to say something, and those words were squeezed out.
I want to scrape the traces of that something which is still clinging to Papa’s face off.
As I pretend to return my gaze to my gratin, I examine Papa’s appearance.
His expression.
The emotions in his eyes.
There’s a strange, helpless feeling in them.
Hiroki Sajyou: “She is……I guess. No, no, there’s no problem with Manaka. I can’t even spot one problem for when we do the ritual to achieve our great ambition, so don’t you worry about her.”
Ayaka: “I, is that so?”
Hiroki Sajyou: “There’s no prob...…...”
He’s trying to say, something. It’s almost like――――
However. He couldn’t continue his words. At least, to Ayaka.
Hiroki Sajyou: “Problem? There’s, no such problem. It’s almost going too well. Everything is going so swimmingly well for us that even the Holy Church is starting to have doubts. It’s the same for me too. Why, why can “that” do practically anything? I know “that” has natural talent for it, but is that perhaps loved by magic? Loved by mysteries? But, even so, to hold such regards for “that” Servant while he’s in a human body……... Already, “that” even acts like it knows the location of the Greater Grail. So why? When and how did “that” obtain the knowledge of it? I didn’t tell “that” about it, so for “that” to easily make, even lots of the secret rituals that doesn’t exist in the Sajyou lineage her belonging is……...”
What is he saying, I have no clue what he’s talking about?
It was, Papa’s internal monologue.
I didn’t want to hear it.
Ignoring the me who is right in front of him, the figure of Papa who is muttering and grumbling something, is very……...
――――was, very weird after all.
- Fragment - Ayaka 1991 [8]
Japanese Raw
お父さんのことは、好き。
大好き。
お父さんも、きっと、わたしのことが好きなんだと思ってた。
ううん。
今だって、思ってる。
今だって、お父さんのことは大好き。
少し、怖いなと思うだけ。
それだけ。
うん、それだけ。
だから、元に戻ってくれるのを待つ。
独り言をやめて、いつものお父さんに戻ってくれるのを。
昨日食べたものと同じはずなのに、なぜか、味のしないグラタン。
ぐにぐにとして、ゴムみたいなグラタン。
それを食べ終える頃。
やっと、お父さんはいつもの顔になっていた。
静かで、真面目で、わたしにはちょっと厳しいお父さん。
「後片付け、わたしがするね。お父さんはお仕事……」
「いや。後で構わない」
お父さん、いつもの顔で。
静かな声で。
「ガーデンへ行こう。綾香、お前に話しておくことがある」
何だろう?
わたしは、首を傾げて、なに? と尋ねてみたけど。
お父さんはわたしの手を取って、食堂を出て。
一緒に廊下を歩く。
あれ。あれ?
こういう風に、お父さんと手を繫つなぐのって、とても珍しい。ずっとずっと小さな頃にはそうして貰ったことがある気がするけど、少なくとも、小学校に上がってからは記憶にないと思う。
家の廊下をずっと歩いた先の扉を開けて、外へ出る。
渡り廊下を進んで、突き当たりのガラス戸も開けて、やっと到着。
ガーデン。
午前中の時間のほとんどを過ごした、うちのお庭。
ガラスの壁や天井で囲まれた、緑の木々とお花の場所。
毎朝の日課をする、わたしの、勉強場所。
「ここの術式は誰にも破れない。万が一の場合には、ここへ逃げ込みなさい」
「万が一?」
「言葉通りの意味だ。細心の注意を払っていても、危機的な状況は発生し得る」
「?」
よく、わからない。
わたしはお父さんの顔を見上げてみる。
言葉と同じ。お父さんの表情、よくわからない。
空は曇っていたけれど、まだ明るくて、ガラスの天井からの光を背にしたお父さんの顔はよく見えなかったから。
「お前には話していなかったが、ここのすべては、母さんが作ったものだ」
「そう、なんだ」そんな気はしていた。お父さんじゃないよね、って。
「そうだ。お前のために」
「え……」
首、わたしは傾げてしまう。
ここは──
ガーデンは、魔術の勉強をするための場所だと思っていたから。
沙条の家の魔術のために。
だから、当然、それは、家を継ぐひとの、お姉ちゃんのためのもので。
「お姉ちゃん、は……」
「愛歌はここを必要としないだろう。それは、母さんもきっとわかっていた」
お母さんも?
わかっていたって、何を?
「だから、綾香」
お父さんが、わたしの肩に触れる。
「これはお前のものだ」
少しだけ、強く。お父さんは摑つかむ。
「お前、だけの……」
そうして──
幾つかの言葉を、お父さんはわたしへ告げてくれた。
ガーデンのこと。
お母さんのこと。
それから、わたしのこと。
うん、とわたしは何度も頷いたけど、言われた意味は、よくわからなかった。
けれど、それでも。
わたし、わかったの。
お父さんは、少し怖くなってしまったお父さんは、でも──
本当は何も変わっていなくて。
きっと、もうすぐ。
大切な儀式が終わったら、ちゃんと元に戻ってくれるに違いない、って。
About my Papa, I love him.
I love him.
I also thought that, Papa, surely loves me too.
Yeah.
I think that, even now.
Even now, I love that about Papa.
I just think that’s ‘it’s a bit, scary.’
Just that.
Yeah, just that.
So, I wait until he returns to normal for me.
Stop talking to yourself, turn back into regular old Papa again.
Even though it should’ve been the same thing I ate yesterday, for some reason, the gratin had no flavour.
It’s a squishy squishy, rubbery like gratin.
When I finish eating it.
Finally, Papa was making his usual face.
Papa, who is quiet, serious, and a bit stern to me.
Ayaka: “I’ll do the cleaning-up. So, Papa you go to work…….”
Hiroki Sajyou: “No, that can wait till later.”
Papa, with his usual face.
With a quiet voice, he says…...
Hiroki Sajyou: “Let’s go to Garden. I have something I need to tell you, Ayaka”
What is it?
I, tilt my neck, and tried to ask, “Why?”
Papa took my hand, and we leave the dining room.
We walk together in the hallway.
Huh. Huh?
It’s very strange, to be holding Papa’s hand, like this. I have a feeling that I’ve taken it like that before when I was at much much younger age, but at least, I think it’s not a memory from when I moved up to Elementary School.
We open the door in front of us where I’ve walked through much of the house’s corridor, and we leave for the outside.
We proceed through the passage, open the end glass door, and finally we arrive at it.
Garden.
Where I spent most of my morning hours in, our garden.
Surrounded by glass walls and ceilings, it’s a place of green trees and flowers.
I do my daily morning chores here, and, it’s my study spot.
Hiroki Sajyou: “Nobody can destroy this spell formula. In the worst-case scenario, please take refuge in here.”
Ayaka: “The worst-case?”
Hiroki Sajyou: “The meaning of it is exactly as it sounds. Even if you do pay careful attention, a critical situation may break out.”
Ayaka: “Huh?”
I don’t, really understand it.
I try to look up at Papa’s face.
It’s the same as his words. Papa’s expressions, I don’t understand them really well.
Although the sky was getting cloudy, it’s still bright, but I couldn’t see Papa’s face because of the light coming in from the glass ceiling behind him.
Hiroki Sajyou: “I didn’t want to tell you this, but everything here, was made by your mother.”
Ayaka: “I, see.”
I did have that kind of feeling. That it wasn’t my Papa who made it, I mean.
Hiroki Sajyou: “It’s true. She made it for you…...”
Ayaka: “Eh……...”
My neck, I completely tilt it.
This place――――
Since, I thought that Garden was a place to do magic studies in.
It’s for the sake of the Sajyou family magics.
So, naturally, it is for, the person who will inherit the house, for Big Sis.
Ayaka: “But, Big Sis…...?”
Hiroki Sajyou: “Manaka probably won’t need this place. Your mother, definitely understood that too.”
Mother too?
He says, “She understood,” what?
Hiroki Sajyou: “So, Ayaka…...”
Papa, touches my shoulder.
Hiroki Sajyou: “This belongs to you.”
Only a bit, more strongly. Papa holds me.
Hiroki Sajyou: “It’s, just yours…….”
And then―――――
Papa told me, some words.
About Garden.
About Mum.
And after that, about myself.
Although I nodded over and over again saying, “Yes,” I didn’t really understand the words being said to me.
But, even so…….
I, understood them.
Papa, my Papa who had become a bit scared, but―――――
In truth nothing really did change.
Surely, it’ll be soon.
Once the important ritual ends, then he’ll definitely make sure to return to normal, right?
- Fragment - Prelude
Japanese Raw
「放たれた矢が戻ることは二度とない。
弓に矢をつがえて、引き絞り、撃ち放っちまえば、後戻りなんて出来るかよ」
弓兵アーチャーは告げる。
今なお嗚お咽えつを繰り返す主人マスターへと向けて。
『■■■■■■■■──ッ!!』
狂戦士バーサーカーは空に浮かぶ月へと咆ほえる。
要塞ようさいの如く堅牢けんろうな魔術の園のただ中で。
「優しいひと。誠実なひと。白銀色の鎧のあなた。
たとえ我が槍やりに命を貫かれたとしても、あなたは変わらないのでしょうね」
槍兵ランサーは呟く。
己の内側から燃え盛る炎に身を焦がしながら。
「我があるじ。すべて、すべて、あなたのために……」
暗殺者アサシンは囁ささやく。
今夜も、死の舞踏を繰り返しながら。
はは! 逃げろ、走れ、跳べ!
せいぜい足搔あがけ。喚わめけ。叫べ!
いずれ貴様ら三騎が悉く、我が光に灼やかれて消え去る運命よ!」
高らかに王は叫ぶ。
夜空に浮かぶ船に座して、太陽が如き灼しゃく熱ねつで地上を灼きながら。
矢は放たれている。
火ひ蓋ぶたは、既に、切って落とされた。
大聖杯。
願望機は無慈悲に稼働し続ける。
数多の悲劇を回転させながら。
──約束の時は近い。
──聖杯戦争は、激しさを増して、東京の夜を蹂じゅう躙りんする。
Archer: “A fired arrow won’t return ever again. Though if you nock the arrow onto a bow, draw it to its limit and fire it, it’ll be able to backtrack somewhat.”
Archer says.
To his Master who is repeatedly sobbing even now.
Berserker: “Arrrurrruuggggghhhhhh―――!!”
Berserker howls to the moon floating in the sky.
In the middle of a sturdy magical garden that’s like a fortress.
Lancer: “Thou art a kind person. An honest person. You who doth adorn yourself in silver armour. Even as I pierce your life with my lance, you probably will not change.”
Lancer mumbles.
While scorching her body in the flames that blaze from within her.
Assassin: “My Master. Everything, everything, I do is for your sake…...”
Assassin whispers.
While repeating her deadly dance again, tonight.
Rider: “Ha-ha! Flee, run, fly away! Struggle to the best of your ability. Scream. Shout! Either way, the fate of all three of you mongrels, is to burn and vanish by my light!”
The king sonorously cries.
As he sits on his ship floating in the night sky, he burns the surface with a scorching heat that is like the sun.
Releasing an arrow.
The war, has already begun.
The Greater Holy Grail.
A wish granting device that continues to operate mercilessly.
As many tragedies revolve around it.
――――The promised time is near.
――――The Holy Grail War, will increase in violence, infringing itself upon the Tokyo night.
Act 6
- Fragment - Ayaka 1991 Memory
それは、記憶。
あのひとの姿を最後に見た朝の記憶。
「それじゃあ、行ってくるわね」
そう言って、何も持たずに姉は出掛けようとしていた。
既に父の姿はない。正確なところはわからないものの、きっと昨夜から家に帰ってはいないのだと沙さ条じょう綾あや香かはぼんやりと思う。姉と父が参加しているという儀式にはあまりに秘密が多くて、幼い綾香にはわからないことばかり。
仕方ないことだった。
だって、自分は姉とは違うから。
特別な姉。
綺き麗れいな姉。
姉──沙条愛まな歌か。
こうして廊下を歩いて玄関への道のりを進んでいるだけで、そう、何もかもが違う。
窓から差し込む朝の陽は、きらきらと、輝きを姉の全身に振りかけて。おとぎ話の中のお姫さまや妖精か、それ以上の尊い何かであるかのよう。小学校に上がる前に父が数度だけ読み聞かせてくれたことのある絵本の中にだって、こんなにも煌きらめくひとはいなかったし、ひとりで何度か見た外国製のアニメーション映画の中にもいなかった。
自分とは、違い過ぎる。
平凡、とか。
凡人、とか。
そういう言葉が自分には合っているのだと綾香は思う。
丁度、小学校の国語の授業で習ったばかりの言葉。平凡。白いチョークで黒板に書かれた文字を見て、先生の口から説明を聞いて──既に知っていた言葉ではあったはずなのに、ああ、なるほど、そうなんだ、と思ってしまった。
先生の手で書かれた二文字は、きっと自分のことなのだろう、と。
──何もかもを修めてしまう姉。
──黒魔術のひとつさえ、修めるには程遠い自分。
自分と同じ八歳の頃には、姉は少なくとも二種の系統の魔術を完璧かんぺきに修めたという。
目を輝かせながらその話を聞いた綾香は、つい「わたしもできるかな」と口を滑らせてしまったことがある。去年のことか、もう少し前か。父は静かに首を振って、あれは特別なのだから、お前は沙条の黒魔術を究きわめることだけを考えなさい、と言って。
もしかしたら自分は出来の悪い子なのかも知れない、と最初は思った。
そう思うと途端に落ち込んでしまって、悲しくて、情けなくて、眠れなくて、時間の感覚も失って、朝の日課に出て行く時間に二十分以上も遅れてしまった。
けれど、すぐにそうではないことに気付いた。気付いてしまった。
言葉の通りに姉はただただ特別で──
同時に、自分は、ごく普通で平凡な、魔術師の家系の子女に過ぎなかったのだ。
ひとつの系統の魔術を修める、と言葉で言うのは簡単だ。実際のところは、血に刻まれた家系の魔術回路をきちんと受け継いで、一生をかけて学び、研究して、ひとつの系統を究められるかどうかが良いところ。
それが普通。それが、平凡な魔術師の生き方スタイル。
──なりたいと思っても。
──お姉ちゃんみたいには、わたしは。
なれない。
それはもう、どうしようもなく決まっていることだから。
そんな風に考えるほうがどうかしている。
だから、今朝も思ったりしない。
こんなにも綺麗な姉、輝くひと。きらきらの陽差しを浴びながら、くるくると踊りながら廊下を進んでいく沙条愛歌という眩まばゆさの塊を目にしても、こんな風になれたら、とか、素敵な女のひとになりたい、なんて。絶対に、思わない。思えない。
ただ、見つめるだけ。
空を舞う鳥を見上げる、大地を這はう蟲むしのように。
万象の根源に焦がれる、数あま多たの魔術師のように。
「愛歌、お姉ちゃん……」
ぽつり、と名を呟つぶやく。
もう、玄関の大きな扉が目の前に見えていた。
ここをくぐってしまったら、姉は暫しばらくの間は家に帰って来ないという。先刻、ふたりきりの朝食の時間にさらりとそう言われてしまって、その時には「そうなんだ」以外の言葉は言えなかったものの、玄関扉を前にして、ああ、もうすぐ本当に自分はひとりきりになってしまうんだ、と思ったら──
自然と唇が開いていた。
声。言葉が、小さいけれど滑り出ていた。
「お姉ちゃん、行っちゃうの……」
「ふふ。なあに?」
くるり、と姉が振り返る。
沙条家の大きな木製の玄関扉を背にしながら。その姿は、どこか、不思議と奇妙の満ちた異形のワンダー世界ランドへと旅立つおとぎ話の主人公アリスのようにも見えて。
首を傾げて、姉は言った。
鈴の鳴るような綺麗な音。声。
「もう、綾香は小学生だったわよね。なのに、ひとりが寂しいのかしら」
「……寂しくない」
「噓吐きは嫌いよ?」
「寂しい」いっそう小さい声で、俯うつむいて。
「ふふ。偉い、偉い。そう、噓はいけないわ」
噓を言ってしまったのだろうか?
でも、確かに寂しいと思う。そう感じているのは本当。
寂しい。広い家にひとりきりでいるのは、寂しい。別段、姉が家にいても一緒にいる時間はそう多くなくて、この魔術の儀式──聖杯戦争が始まる以前は、食事の時にさえ必ずしも顔を合わせないくらいだった気がする。なのに、寂しいと思う。
家のどこかに誰かが、姉がいる、父がいる。その上で誰にも会わずにひとりでいるのと、本当に誰もいなくてひとりでいるのは、やはり、違う気がするから。
どう言えばいいのだろう。
姉を見上げたまま、綾香は黙ってしまう。
ひとりは寂しくても、ここにいて、とは言えない。
そもそも許されない。大切な儀式のために出掛ける姉を、引き留める、なんて。
「懐いてくれるのは嬉うれしいわ、綾香。よし、よし」
姉の手が伸びて、綾香の頭に触れる。
「偉い、偉い」
そう言って、撫なでてくれる。
こういう風にされるのは初めてだと思うのに、何故だか、姉の手付きには慣れた気配が感じられて、ふと、首を傾げてしまう。どうしてだろう?
「でも、駄目。わたしはもう行くわ。大聖杯へ。あのひとのために」
姉は、笑顔を浮かべて──
「あなたにもわかる日が来るのかしら」
──きらきらと、煌めいて。
「誰かのために何かをする、ということ。誰かを想うこと」
──ほら。お姫さまみたい。
「恋をする、ということ」
──そう言うお姉ちゃんは、誰より、何より、綺麗で。
「その瞬間、世界は、はじめて、自分わたしを中心にして回り始めるの」
誰かを想うこと。恋。
きっと、それは素敵な言葉なのだと思う。
こんなにも眩い姉の唇から発せられた声は、言葉は、窓越しに輝く太陽よりもよほど激しく輝いていて、ああ、すごい、と綾香は圧倒されてしまう。ただただ、言葉と、微笑みがもたらす輝きとに圧されて、何かを考えたり思ったりすることができない。
恋するということ。想い。
それは、言葉としては知っていても、実感したことのないものだったから。
だから。
「運命の相手っていうのはね」
──綺麗な声、聞きながら。
「本当に、いるのよ。綾香」
──目を。逸らしてしまう。
「何だって……命だって、捧ささげても構わない。そんな風に思える相手が」
──お姉ちゃんの輝きに耐えきれなくて。
「いるの。わたしには、もう、いるの」
きらきらと、輝きを纏まとって姉はそう告げる。
いつもなら見とれていたはずだった。
けれど、どこか、言いようのない灰色の靄もやが胸の中に渦巻くのは何故だろう。目を逸らしてしまうのは、どうして。こんなにも輝く姉のすべてが、眩しすぎるから。それとも、他に何か感じていることがある?
綾香には分からない。
こんなにも輝くひとを前にして、何故、不安を感じているのか。
命。捧げる。そう、このひとが口にしたから?
「お姉ちゃん」
──俯いて。言葉を漏らす。
「死んだり、しないよね」
──視線を下へ向けたまま。
「帰ってくるよね、お家うちに、帰ってきてくれるよね」
──お姉ちゃんへ、請い、願うみたいに。
「……また会える、よね」
ぽつ、ぽつ、と言葉を告げる。
これが最後と気付かないままに顔を上げずに、視線をきちんと向けずに。
だから、綾香は気付かない。
次の言葉に。
正確には、沙条愛歌が言葉を返してくるほんの一瞬、僅わずかな一瞬の間に、一体何があったのかを。これまでにも見えていたはずの片鱗が、その時には、明確なかたちを伴って、そこに在ったことに。
気付かない──
「ううん。会わないほうが、あなたのためだと思うのだけど」
──綺麗な響き、音。声。
「でも、そうね」
──神秘を纏うような声。
「そんなに懐いてくれるなら」
──優しく、抱き締めるようにして届く、お姉ちゃんの言葉。
「気が向いたら、あなたのことも使ってあげる」
そう告げる姉が、どんな顔をしていたのか。
そう言った姉が、どんな目で見ていたのか。
最後まで。
沙条綾香は気付かなかった。
少なくとも、この日、この朝、この時には。
気付けなかった。
The person beyond the smile is―――――
It is, a memory.
A memory of the morning when I last saw that person’s figure.
Manaka: “Well then, I’m off.”
As she said it, Big Sis was trying to go out without carrying anything.
There’s already no sign of Papa. Although she didn’t exactly understand it, Ayaka Sajyou faintly thinks, ‘She’s definitely not coming back home after last night.’ There were just too many secrets about the ritual that her father and big sister were said to be participating in, that the young Ayaka just didn’t know about.
It was unavoidable.
After all, I’m different from Big Sis.
My special big sister.
My beautiful big sister.
My big sister ―――Manaka Sajyou.
Just by walking through the corridor and walking the distance to the front entrance like this, right, everything about her is different.
The morning sun which shines in through the window, glitters, as its radiance sprinkles over Big Sis’ whole body. It’s as if she’s something more precious than that, like a fairy or princess from a fairy tale. Even among the picture books which my father had read to me only a few times just before going up to elementary school, there was never a person who shines as much as this, there wasn’t even one among the foreign animation films that I had watched several times by myself.
She’s just too different, from me.
Am I, ordinary?
Or a mediocre person, maybe?
‘Such words suit me,’ Ayaka thinks.
Right, it’s the word that I had just learned in my elementary school’s Japanese Language Class. Ordinary. Despite it being a word that I should’ve already known ―――― having listened to the explanation from the teacher’s mouth and having watched the sentence being written on the blackboard in white chalk, ‘Aah, I see, so that’s how it is,’ I had thought.
‘The two characters written by teacher’s hand, they’re probably definitely about me.’
―――My Big Sis who can master anything.
―――Even one of the black magics, that I myself is far from mastering.
At around the age of eight, the same as myself, Big Sis was said to have perfectly mastered two types of our family line’s sorcery without even a little bit of help. Ayaka who had listened to that story while her eyes were lighting up, unintentionally let slipped, “I wonder if I’m able to do that too?” out of her mouth.
Was it about last year, or a little before that?
Papa then quietly shook his head, and said, “it’s because she’s special, please you are only to think of mastering the Sajyou’s black magic.”
At first, I thought, ‘Perhaps it might be because I’m a bad girl.’
I was depressed as soon as I thought that, I was sad, miserable, I couldn’t sleep, I also lost my sense of time, I was even more than 20 minutes late time-wise to go out for my daily morning chores.
However, I immediately realized that it’s not the case. I completely realized it.
According to his words, Big Sis is just special ―――
At the same time, I, myself, was no more than a child from a very ordinary and average Magus family lineage.
“To master the magic of one’s family line,’ is simple to say in words. But actually, by properly inheriting a family line’s magic circuits which have been engraved into our blood, one can learn an entire lifetime’s worth of knowledge, study it, and somehow is a good place to be able to master one’s lineage.
That is normal. That is, my average style of black magic.
―――Even if I think that I want to be…….
―――Just like my big sister, I……
Cannot become her.
That is, probably because I’ve already decided that it’s hopeless.
It’s somehow better to think that way.
So, I won’t think it this morning either.
My so much prettier big sister, is a radiant person.
Even as I witness the brilliant soul of the one called Manaka Sajyou who is proceeding down the hallway while twirling around and around, while basking in the shining sunlight, I won’t think ‘if I became like this,’ or ‘I want to be a wonderful woman,’ I won’t think about such things. I, absolutely won’t think them. I can’t think like that.
I’ll only just look.
Like looking at the birds dancing in the sky, or the bugs crawling on the earth.
Like the many Magi, who yearn for the root of all creation.
Ayaka: “Manaka, Big Sis…….”
Sighing, I mumble her name.
Already, the huge door to the foyer appeared before my eyes.
If I pass through here, Big Sis will tell me that she won’t be coming back home for a while.
A while ago, I was smoothly told that when the two of us were alone at breakfast time, at that time I hadn’t said any words besides “Is that true?” but in front of the foyer door, aah, ‘Soon I really will be all alone,’ I thought―――
Naturally I opened my lips.
My voice. The words, however small slipped out.
Ayaka: “Big Sis, are you going now……”
Manaka: “Hee-hee. Whaaat is it?”
Spinning, Big Sis turns around to me.
As she turns her back to the huge wooden front door of the Sajyou house. That figure, in some respects, also appears similar to Alice from the fairy tale, where she took a journey into a Wonderland that was filled with strange and miraculous things.
“Tilt your head,” Big Sis said.
A pretty sound like the ringing of a bell. Her voice.
Manaka: “Geez Ayaka, you’re already an elementary school student. And yet, I wonder if you’re lonely by yourself?”
Ayaka: “……I’m not lonely”
Manaka: “Do you hate liars?”
Ayaka: “I’m lonely.”
With a much smaller voice, I look down.
Manaka: “HaHa. That’s great. Great. That’s right, you mustn’t lie.”
Have I maybe told a lie before?
But, I think I’m definitely lonely. What I’m feeling is real.
I’m lonely. It’s lonely, being alone in a huge house.
Especially, when there aren’t so many times when the two of us are together even when Big Sis stays at home, before this magic ritual―――the Holy Grail War began, I felt that it wasn’t necessarily enough for me to just face her even at meal times.
Even so, I think I’m lonely.
The someone somewhere in my house, my big sister is here, my father is here. If I’m alone without meeting anyone on top of that, then when I’m really alone with nobody here, I see, I have a feeling that it’ll be different.
How should I put it?
As she looked up at her Big Sister, Ayaka went completely silent.
Even if I’m lonely, I can’t say, “Stay here with me,” can I?
I wouldn’t allow it to begin with. For my Big Sis who is going out to do an important ritual, I’ll restrain myself, somewhat.
Manaka: “I’m happy that you’re bearing it for me, Ayaka. There, there”
Big Sis’ hand reaches out, touching Ayaka’s head.
Manaka: “You’re great, great”
As she says it, she strokes my hair.
Despite thinking that it’s a first for her to be doing something like that, why, do I feel a familiar presence in the way that Sis is using her hands, suddenly, my neck tilts.
I wonder why?
Manaka: “But, I cannot. I have to go now. To the Greater Grail. For that person’s sake.”
Big Sis, shows a smile―――
Manaka: “I wonder if the day might come when you’ll understand too.”
―――Sparkling, she glitters.
Manaka: “Doing something for the sake of somebody else, I mean. Is it about longing for someone?”
―――See. She’s like a princess.
Manaka: “Or is it about, being in love with them?”
―――Big Sis who is saying that, is more prettier, than anything, or anyone too.
Manaka: “In that moment, the world will, for the first time, start revolving even centering around me.”
To long for someone. Love.
‘Certainly, it’s a beautiful word,’ I think.
With a voice which uttered so much from dazzling Big Sis’ lips, her words, were shining more intensely than the radiance of the sun flowing in through the window, with an “Aah, it’s wonderful,” Ayaka was overwhelmed by them. It’s just that, her words, and the radiance brought from her smile is so overwhelming, that I can’t possibly consider nor think of anything else.
To fall in love, she said. Love.
The thing is, even if I know it as a word, I haven’t actually felt it before.
So…….
Manaka: “I mean he is my fated partner after all.”
―――While I was listening, to her pretty voice.
Manaka: “He, really exists. Ayaka.”
――――――My eyes. I fully avert them.
Manaka: “Anything…. even your life, not even caring if you sacrifice it. A partner who seems to be like that.”
―――I can’t stand Big Sis’ radiance anymore.
Manaka: “He exists. I’m, already, with him.”
Sparkling, Big Sis tells me this while wearing a glow.
Normally I was supposed to be captivated by it.
However, for some reason, why do I have this indescribable grey haze swirling around in my chest?
Why, am I the one averting my eyes? It's because, the entirety of Big Sis who shines so much is way too dazzling.
Or, have I been feeling something else?
Ayaka didn’t understand it.
Why, why am I feeling so anxious, in front of this person who is radiating so much?
Her life? Sacrifice it? Yes, spoken from this person’s mouth?
Ayaka: “Big Sis.”
―――Looking down. The words leak out.
Ayaka: “You won’t die, will you?”
―――Still with my eyes cast down.
Ayaka: “You better come back, okay, to our house, make sure you come back, alright.”
―――Like a prayer, it’s a request, to my Big Sis.
Ayaka: “……We’ll meet again, right”
“Drip, drip,” tears are falling as I tell her these words.
Without raising my head while still unaware that this is the last moment between us, without facing her gaze properly.
That’s why, Ayaka didn’t realise it.
That in her next words.
More precisely, in that small instance when Manaka Sajyou replies back to her words, in that tiny moment, what on earth had happened?
The glimpse of her which she had believed to have seen till now, at that moment, was accompanied by a clear figure, but to Ayaka it was right there.
She didn’t notice―――
Manaka: “No. I think it’s better for you, if we don’t meet.”
―――The pretty echo, the sound….. Of her voice.
Manaka: “But, you’re right.”
―――A voice clad in mystery.
Manaka: “If you’re that attached to me…...”
―――Gently, reaches me as if I’m being hugged, by Big Sis’ words.
Manaka: “Then if I feel like it, I’ll even make use of you too.”
As Big Sis tells me this, what kind of face was she making?
As Big Sis said it to me, with what eyes was she looking at me with?
Until the end.
Ayaka Sajyou hadn’t realised it.
At least, on this day, morning, and time……
I hadn’t realized it.
- Fragment - ◼◼◼◼◼◼ ◼◼◼◼◼◼'s Notes [7]
Japanese Raw
聖杯戦争。
その終幕について。
七騎の英霊サーヴァントの命をくべることで聖杯は起動する。
その構造上、ひとりの魔術師マスターのみが勝者となり、他の形での勝敗は本来あり得ることではない。
だが、勝敗を無視すれば別の終幕の形も有り得る。
すなわち、全マスターが敗退もしくは聖杯戦争の参加権放棄を選んだ場合である。
万象の根源を求める我ら魔術師が、その最大の好機であるこの聖杯戦争に際して自ら棄権を申し出る可能性はごく低いが、ここでは可能性のみを語る。
敗退──
多くの場合は魔術師の絶命を伴うだろう。
別項で記載した通り。
権利の放棄。
是これは、聖堂教会から派遣された監督官に対して宣言することで成立する。
別項で記載した通り。
敗退なり権利の放棄なりの結果。
万が一に、マスターの人数がゼロとなった場合。
是は「勝者なし」という終幕を迎える。
我らの大願は果たされることなく、次なる機会を待つこととなる。
だが──
The Holy Grail War.
It’s about the end of it.
The Holy Grail activates by burning the lives of seven Servants.
On top of the structure, only one Master can become the victor, an outcome in another form is something that you couldn’t originally get.
But if you disregard the outcome of it, then a different form of conclusion is also possible.
In other words, a case where all of the Masters are either defeated in the Holy Grail War or have chosen to resign their right to participate.
We magi who seek the root of all creation, have a very low likelihood of requesting a personal abstention during this Holy Grail War which is the greatest of opportunities for us, but I will speak only of that possibility here.
Being defeated―――
In lots of cases, it is likely accompanied by the death of a Magus.
As described in a separate heading.
The waiver of rights.
This, is established by announcing it to the Overseer that’s dispatched from the Holy Church.
As described in a separate heading.
The result is either an elimination or a waiver of their rights.
If by chance, there’s a case where the number of Masters become zero.
Then this is greeted with a conclusion called “no victor.”
Without our great ambition being fulfilled, we will wait for our next opportunity.
But―――
- Fragment - Ayaka 1999 Recall of 1991 Part 1
Japanese Raw
それは、記憶。
あのひとの姿を最後に見た、沙条綾香わたしの八年前の記憶。
最後──?
ううん、違う。
あれはただの仮初めの別れ。
本当の最後はその後に訪れたのだから。
今では断片的にしか思い出すことのできない、思い出したくもない記憶のひとつ。
大切な魔術の儀式。八年前の殺し合い。
魔術協会と聖堂教会とが手を結んで行われた、最初の聖杯戦争。
わたしの記憶は曖昧あいまいで、特に、そう、最後の時のことは細切れもいいところ。
でも、確かに思い出せることもある。
ほら、こうして勝手に思い出してしまうことだって。
眠りに落ちて、夢を見て。
ああ、夢なんて、見なければいいのに。
そんな、ささやかなわたしの願いは叶かなわない。
無慈悲なヒュプノスは、記憶の断片をこうして強制的に見せてくる。
最初は、八年前の早朝の記憶。
姉さんあのひととわたしの別れ。
最後は、八年前の終しゅう焉えんの記憶。
本当の、愛歌お姉ちゃんとわたしの別れの瞬間。
──暗い、暗い、東京の地下深く。
立体魔法陣。
大聖杯にたゆたう、黒色をした何か。
ずらりと並ぶ生贄いけにえ。
順番に落ちていく、無数の少女たち。
平凡で、何の変哲もない、消費されていくだけの命。命。命。
誰かの笑う声。
誰か──
多分、そう、あれは、お父さんが笑う声なのだとわたしは思う。
「みんな仲良く順番待ちをしているけれど、綾香は特別」
誰かが言った。
「いますぐ落ちて、材料になりなさい」
知っている、誰かの声。
「凡人には、それぐらいしか利用価値がないのだから」
きっと、お父さんの声。
「──なんということだ」
お父さんの叫ぶ声。嫌、やめて、お父さん。
「この凡人め、凡人め、凡人め……!」
やめて。どうして。そんなこと、言うの。
「お前を選んだ私が間違いだった」
どうして、そんな風に叫ぶの。
お父さん。
離して。痛いよ。嫌。嫌。
わたしも、落ちるの? あそこへ?
そして、わたしの意識は絶望と一緒にぐるりと暗転する。
ぐるり──
わたしは何も見なかった。
気付いたのは、顔に何かがかかったのを感じた後だったはずだから。
そう、わたしは、閉じていた瞼まぶたを開けて。
そして、見た。
見てしまった。
姉さんが、わたしを庇かばうように──
守るようにして、立ち尽くしているのを。
「お姉ちゃん」
わたしは、あの時、そう言えただろうか。
言えなかったかも知れない。
顔にかかったものが何であるのか、気付いてしまったから。
血──
顔にかかっているのは、姉さんの血だった。
わたしのすぐ目の前に立った姉さん。
綺麗なひと。誰より輝いていた、お姫さまみたいな、あなた。
その胸元から、何かが突き出ている。
それは、綺麗な黒い羽模様ごと胸を貫いた、黄金の刃。
背後から誰かの剣で貫かれた、愛歌お姉ちゃん。
つまり、わたしの顔にかかっているのは、ああ──
お姉ちゃんの──
It is, a memory.
A memory of myself from 8 years ago, when I saw that person’s figure for the last time.
The last―――?
No, that’s wrong.
That was only a temporary parting.
Because the real last time came soon after that.
I can’t remember it all except for in fragments now, but there is one memory that I don’t want to remember.
An important magic ritual. The mutual slaughter of 8 years ago.
Performed through the joined hands of the Mage’s Association and the Holy Church, the very first Holy Grail War.
My memory is vague, sometimes, yes, so these scraps of the last time might also be a good place to start.
Although, I believe I have recalled it to someone before.
See, even I can arbitrarily fully recall it like this.
Falling asleep, I dream.
Oh, I wish, that I didn’t have to see such dreams.
Though, such a meagre wish of mine will not be granted.
For the merciless Hypnos, is forcibly showing these memory fragments to me like this.
The first one is of my memory of that early morning, 8 years ago.
My farewell with that person.
The last one is of my memory of their demise, 8 years ago.
It is the real one, the real moment of Manaka Big Sis’ and my parting.
―――In the dark, dark, deep underground of Tokyo.
In a three-dimensional magic circle.
Something black, is drifting in the Greater Grail.
Standing in a line are sacrifices.
A countless number of girls, falling in order.
Ordinary, plain, lives that are just going to being consumed. A life. A life.
Someone’s laughing voice.
Someone―――
That's probably, right, that’s, I think that’s my father’s laughing voice.
???: “Everyone is waiting for their turn so peacefully, but Ayaka is special.”
Someone said.
???: “Fall right now, become my ingredients.”
I know, that someone’s voice.
???: “After all, ordinary people only have enough useful value for that.”
That’s definitely Papa’s voice.
Hiroki Sajyou: “―――What the hell do you mean!?”
The voice of my Papa shouting. I hate it, stop it, Papa.
Hiroki Sajyou: “This average, mediocre, ordinary person……!”
Stop it! Why? Why are you saying, those things?
Hiroki Sajyou: “I was mistaken to have chosen you.”
Why, why are you shouting like that!?
Papa!
Let go of me! It hurts! I hate it! I hate it!
Am I, going to fall too? Over there?
And then, my consciousness spins and blacks out together with my despair.
Spinning―――
I didn’t see anything.
What I noticed, was after I felt something had covered my face.
Right, I, open my closed eyelids.
And then, I saw it.
I’d seen it.
Big Sis, as if she’s shielding me―――
Like she’s even protecting me, is standing dead still.
Ayaka: “Big Sis.”
Could I…...have said something, at that time?
I might not have been able to say it.
Because, I realised what the thing covering my face was.
Blood―――
Covering my face, is Big Sis’ blood.
My older sister who stood right there in front of my eyes.
A pretty person. You, who shined more than anyone, like a princess.
Something, something is bulging from her chest.
That, that thing pierced through the pretty black feather pattern on her chest, is a golden blade.
She’s been pierced by someone’s sword from behind, Manaka Big Sis.
In other words, what’s covering my face is, aah aah―――
Big Sis’―――
- Fragment - Ayaka 1999 [2]
Japanese Raw
閉めたカーテンの隙間から差す、眩い陽の光。
窓のすぐ先にある木々の枝に留まって時を告げる、小鳥たちの声。
朝の気配。夜の暗がりと冷たさは噓のようにどこかへ消えて、眠る直前までは〝明日〟だったはずの日が、〝今日〟のかたちになってやって来る。
「……ん」
重い瞼を擦こすりながら、柔らかなベッドの中で、沙条綾香は目を覚ます。
目覚めは最悪だった。
何せ、ひどい夢を見てしまったから。
内容は断片的でよく覚えていないものの、八年前のあの時の記憶が夢に出てきた、ということだけはわかってしまう。
(朝、だよね)
内心で呟きながら、枕元に置いたデジタル式の時計に手を伸ばす。毛布から出た右手に、ひやりとした空気が触れる。この感覚は好きの部類。そう、自分の体温が移ったベッドの感触の心地良さも、朝の陽の光も、小鳥たちの声も同じく好きなほう。
それでも、寒いものは寒い。
毛布に頭までくるまってしまって二度寝したい誘惑に駆られるものの、なんとか耐える。
デジタル式の時計を目の前に近付ける。日常生活を普通に送るぶんには眼鏡なしでもさほど困らないものの、この八年間でそれなりに悪くなってしまった目では、眼鏡を掛けないと手元のものが見えにくい。近視だから。
【1999】
いつものように西暦表示へちらりと視線をやってから、時刻を確認。
【AM 5:59】
午前五時五十九分。
たとえば部活動の朝練でもある同級生なら特に珍しくもない時間。綾香はどの部活にも所属していないものの、この時刻はまさしく起床すべき時間。
「ぴったり、ね」
呟きながら、目覚まし機能のスイッチをオフにする。
目覚ましを設定した時刻は午前六時〇分。
だから、ぴったり。速やかにベッドから出ないといけない。
もぞもぞと毛布の中から這い出て、もぞもぞと寝間着パジャマを脱ぐ。
昨晩、眠る前に用意していた高校の制服を着て、机の上に置いた眼鏡を掛けて、洋服簞だん笥すの脇にある姿見の鏡の前で髪を梳すく。髪はそう長いほうではないから、すぐに済む。大丈夫。少なくとも、朝食の時間への影響はない。
吐く息が白い。
廊下の空気は、部屋の中よりもずっと冷え込んでいた。
急ぎ足で洗面所へ行って、空気なんて気にならなくなるほどの冷たさの水で顔を洗う。
勿論もちろん、濡ぬれてしまわないようにピンで前髪は留めている。
「ひゃ」
冷たい。驚いて、声が出てしまう。
自分でははっきり目覚めていたと思っていたものの、どこかに残っていたと思おぼしい微睡まどろみの気配が瞬時に消え去る。意識、明晰めいせきに。自分用のタオルで顔の水気を拭ぬぐって、髪留めのピンを外して、眼鏡を掛け直して──
ふと、目に留まる。今では使うこともない踏み台。
「……今度、捨てておかないとね」
ぽつりと呟いてから、鏡を見る。
当然。自分の姿が、そこに映り込んでいた。
前髪を濡らしたりもしない、十六歳の自分自身。
あのひとには、あまり、似ていない。強いて言えば──
「平凡な顔」
言葉が自然と漏れていた。
眼鏡を掛けた女の子。どこにでもいそうな、目立たない子がそこにいて。
唯一あのひとに似ているかも知れない、光を受けて輝くはずの透き通った瞳も、眼鏡のレンズ越しでは魅力的には映えてくれない。そう、綾香は思ってしまう。
好きの部類、とは言えない顔だった。
鏡越しの自分自身を前に、どうしてこんなに警戒心に満ちた目付きなのだろう。
性格が滲にじみ出てしまっているのかも知れない。
自分の性格。つまり、根暗で、臆おく病びょうで、視野が狭くて、それでいて。
「……と。いけない、時間、時間」
──どうしようもないくらいに。平凡で。
慌てて、廊下を歩いて食堂ダイニングへの扉を開けて、そのまま通り抜けて厨房キッチンへ。
料理は当番制でも構わないと彼は言うものの、一度任せてみたら信じられない量を作られてしまったから、なるべく自分で作りたい。彼が沢山食べるのは別に構わないものの、こちらも同じ量を食べると自然ナチュラルに考えられてしまうのは困る。
昨日の絆創膏ばんそうこうが巻かれたままの指先で冷蔵庫から野菜を幾つか取り出して、キッチンナイフを握って、まずはトマトから。トントンと切り始める。
野菜を切るのだけは、幼い頃に比べれば上手になったと思う。
切り方ひとつで食感も変わって、美味おいしさに直結する、ということに気付いたのは小学校高学年になってからだった。そのことに、あまり胸は張れない。調理できるのは主に野菜ばかりなのに、随分と気付くのに時間がかかった。
「本当、平凡なんだから」
「おはよう、綾香。今朝も早かったみたいだね」
突然、声──
今さら驚きたくもないのに、わぁ、と声が出てしまう。驚いた。
視線を向けると、そこに、彼の姿があった。
──光の加減で碧みどりにも見える、蒼色の瞳をした彼。
──わたしの、サーヴァント。
「もう。驚かさないで、セイバー」
「ごめんよ綾香。驚かせるつもりはなかったんだが、きみが集中していたから」
「野菜切ってただけです」
「うん。やっぱりきみはキッチンナイフの扱いが上手いな」
そう言って微笑む。
いつもの、彼の笑顔だった。
何でも僕は受け止めてあげるよ、とでも言わんばかりの優しい笑顔。
窓から差し込む陽差しが、まるで彼を祝福するかのように纏まとわり付いて、きらきらと輝いているように感じられるのは錯覚に違いない。まさか魔力を放出している訳でもあるまいし、絵本の中の王子さまでもあるまいし。
「……普通です」
何とか、平静な声を形作って小さく言って。
目の前の調理行為に集中する。さっさと済ませてしまおう。
てきぱきと朝食を作っていく。
生野菜のサラダに、目玉焼き。それにトースト。彼が「肉はないのかい?」と言ってくるので用意したソーセージも焼いて。
肉。お肉──
肉、生き物のからだを感じるものは駄目。苦手。血もそう。だから、ソーセージ。肉の感じ、血の感じのない、出来合いの、こういう風な加工食品でないと肉類は扱えない。黒魔術師失格、としか言いようがない。左手の指に巻いた絆創膏がいい証拠。
綾香は情けなく思うものの、こればかりはどうしようもない。
「美味しそうだ」
「切って、焼いただけです」
「単純な行為にこそ技量というものは反映されるものだ。剣も、キッチンナイフも」
「……」
わざと返事をせずに、食堂への配膳を始めてしまおうとする。と、先回りして、あっという間に彼がやってしまった。綾香は冷蔵庫から出したミルクとコップを持ってきた程度で、他はすべて彼が。
「……ありがとう」
一応、お礼は言っておく。
返事を聞かずにテーブルへ着いて、いただきます、ともごもごと小さく言う綾香の隣で彼がはっきりと「いただきます」と告げて。朝食が始まる。まずはトマトをひとかけ、口に入れてから、目玉焼きを──
ああ。まただ。意識はしていないのに。
綾香は内心で溜息ためいきを吐く。
いつもの癖で、また、片面焼きサニーサイドアップにしてしまった。
「ごめん。聞いたほうが良かった、よね」
何を、とは言わない。どうせ、この最優のサーヴァントであるところの彼は、綾香が口にしないことまで分かってしまうのだ。マスターと魔力的な繫つながりがあるからとか、そういうことではなくて、ただ彼は勘がいい。すぐ、何かを察するのだ。
今だって、絶対、何について謝っているのか彼は理解する。
「目玉焼き、僕はどちらの焼き方も好きだ。きみの好きなようにしてくれて構わない」
「うん……」
ほら。分かってる。
視線を彼へ向けずに、綾香は頷うなずく。
(好き、か)
内心で囁ささやく。彼の勘にも気付かれないように、静かに。
本当に自分が好きなのは両面焼きターンオーバーなのだけど、否、だったのだけれど、今ではもう、本当にそうだったのかはよくわからない。ずっと姉が好きだったサニーサイドアップを続けてきたから。
そもそも、幼い頃にターンオーバーが好きだったのは、完璧だった姉へのささやかな反抗心で好き嫌いを見み出いだしていたのかも知れないし。
ふと──
我知らず、綾香は窓を見ていた。
八年前。くるくると踊るようにして、あのひとが朝陽を浴びていた場所。
「……ね、セイバー」
「何だい」
「あなた、姉さんのサーヴァントだったんでしょう。八年前の聖杯戦争で」
「そうだね。愛歌は僕のマスターだった」
「どんなマスター、だったの。姉さんって」
純粋な好奇心。
多分、そうなのだと綾香は自分自身を思う。
無言のままで食事を続けるのが嫌だったからとか、聖杯戦争についての情報は少しでも多く聞いておいた方がいいのかも知れないとか、幾つかの理由は思い浮かぶ。でも、最も近いのは、好奇心だと思う。不意に気になったから。そのまま口にした。
「愛歌は、そう、優秀な魔術師だったよ」彼は微笑んで「とても優秀だった。僕は魔術にはあまり詳しくはないが、それでも、一流以上の腕を持っているとは感じた、かな」
「?」
言葉に、引っかかりを感じて。
首を傾げてしまう。
「ああ。前回の、最初の聖杯戦争のことは記憶が曖昧なんだ。前にも言ったね」
「あ……。う、うん」
八年前にも彼は聖杯戦争に参加していた。
第一位の剣の英霊。姉、沙条愛歌のサーヴァントとして戦い、六騎の英霊たちを悉ことごとく打ち倒して聖杯を手にしかけたのだとか。けれど、その直前で契約を破棄され──
「後遺症、だよね。今回召喚されてからの記憶は、大丈夫?」
「ああ。記憶に揺らぎがあるのは八年前についてだけだから、心配いらないよ」
頷いてみせる彼。
何かしらの不調があるようには見えない。
彼は、完璧なひとだった。ひと。否、英霊。最下位の第七位・権天使のマスターである自分に寄り添い、この聖杯戦争を共に戦うと誓ってくれた、第一位のサーヴァント。
微笑む姿は、まさしく絵に描かれた英雄のように整って。それでいて潑剌はつらつとした精気に溢あふれて──
(あれ?)
いつもの彼の笑顔。
そのはずだったのに、今、ほんの一瞬だけ。
どこか寂しそうな、申し訳なさそうな、気まずそうな、妙な表情。
確かに、彼の顔に浮かんでいたような?
「セイバー?」
「綾香。僕からも質問してもいいかい」
「え、う、うん」
「お姉さん。沙条愛歌のこと、きみはどう感じていた?」
The light of the dazzling sun, shines in through the gap of the closed curtains.
The voices of songbirds tell the time, while perching on the branches of the trees right beyond the window.
Signs of the morning.
The coldness and darkness of the night disappears off to somewhere like a lie, the day which should’ve been “tomorrow” until right before I go to sleep, comes along and becomes the form of “today.”
Ayaka: “……. nnhh.”
While rubbing her heavy eyelids, in her soft bed, Ayaka Sajyou wakes up.
Waking up was the worst.
Why, because she had a cruel dream.
Although the contents of it are fragmentary and she doesn’t really remember them, she only knows that the memory of that moment, 8 years ago, appeared to her as dreams.
Ayaka: (It’s, morning)
While mumbling it in her mind, she stretches out her hand to the digital alarm clock that was placed on her bedside. As her right hand came out from the blanket, a chilly air touches it.
‘This feeling is in my group of favorite things.’
Yes, even the comfortable feeling of her bed which regulated her own body temperature, or even the light of the morning sun, she likes them just the same as those songbirds’ voices.
Even so, cold things are cold.
Although she is driven by the temptation to want to curl her entire body up in her blanket and fall asleep again, she somehow endures it.
She brings the digital alarm clock closer to her eyes. Although the part about normally spending her everyday life even without glasses didn’t trouble her very much, with eyes which had become worsened as they were in these eight years, it was hard for her to see the items on hand without wearing glasses. After all she is near-sighted.
【1999】
After turning a fleeting gaze towards the western calendar display like always, she checks the time.
【AM 5:59】
5:59 AM.
It is not a particularly uncommon time for her classmates who have morning club practice for instance. However, Ayaka didn’t belong to any club, so this time is definitely the time when she must get out of bed.
Ayaka: “Perfect, ugh.”
As she mumbles it, she turns the alarm switch off.
The time that the alarm was setup for is 6:00 AM.
So, “perfect.” She had to quickly get out of bed.
Wriggling and crawling out from her blanket, she squirms to takes off her pyjamas.
She then puts on her high school uniform which she had laid out before she went to sleep last night, puts on her glasses which she had left on the top of her desk, and then combs her hair in front of the full-length mirror that was beside her wardrobe. Since her hair is not really that long, she finishes it right away. It’s okay. At least, it didn’t affect her breakfast time.
Her breath is white.
The air in the corridor, was even more colder than the inside of her room.
Walking to the bathroom at a fast pace, she washes her face with water that was so cold that the air didn’t bother her at all.
Naturally, she fixes her fringe in place with a pin so that it doesn’t get wet.
Ayaka: “Hya!”
It’s cold. Surprised, she lets out a cry.
Although she was thinking, ‘I’ve clearly woken up by myself,’ the hints of sleep that were apparently still left somewhere on her vanishes in that moment. Her consciousness, is clear. Wiping the moisture off her face with her personal towel, she removes the fringe pin, as she puts on and adjusts her glasses―――
Suddenly, it catches her eyes. The small stepladder which she cannot use now.
Ayaka: “I should throw it away, next time.”
After muttering it and sighing, she looks at the mirror.
Naturally. Her own appearance, was reflected in there.
She didn’t even wet her bangs, so it’s her 16-year-old self.
She didn’t resemble that person, very much. But if she’s forced to say it, then―――
Ayaka: “What an ordinary face.”
The words were naturally spilling out.
A girl who wore glasses. A girl, who didn’t stand out or seem to fit in anywhere, is in there.
She might not solely resemble that person, or even have her clear eyes which should shine by catching the light, but they didn’t attractively shine through the lens of her glasses. ‘Yes,’ Ayaka thought.
It was a face that couldn’t be said to be in, her group of favorite things.
Before her own reflection in the mirror, she wondered why the expression in her eyes were so full of caution.
It might be oozing out of her character.
Her own personality.
‘In other words, I’m gloomy, cowardly, narrow-minded, and……….’
Ayaka: “……Huh. crap, the time, the time.”
‘―――So hopelessly……..’
‘……Ordinary.’
Rushing, she walks through the corridor and opens the door to the dining room, passing through it to go to the kitchen.
Although he says that doesn’t mind the ‘person on duty system’ for cooking, she wanted to make it by herself as much as possible, after the unbelievable amount that he made the last time she entrusted him with it. Although she didn’t particularly mind having to eat lots of food, it would be bothersome to naturally come up with something if she has to eat the same amount of food as him.
Fetching some vegetables from the refrigerator with her fingers which still had the bandage from yesterday wound around it, she grasps the kitchen knife, and begins with the tomatoes.
With a tap-tap, she starts cutting them up.
Just cutting the vegetables, she thinks ‘I’ve gotten a lot more skilled at it compared to when I was a child.’
It was after elementary school when she had noticed, that even one style of cutting changes the texture of the food, directly connecting it to taste. To that end, she couldn’t really puff her chest at it.
Despite being able to prepare mainly vegetables, it had taken a considerable amount of time for her to realize it.
Ayaka: “I’m really am ordinary, aren’t I?”
Saber: “Good Morning, Ayaka. It appears you’re early again this morning.”
Suddenly, a voice ―――
Despite not wanting to be surprised at this moment, “Wah!” she cried. She was surprised.
As she turns her gaze, he, appeared there.
―――He who had blue eyes, that appear green with the addition of light.
―――My, Servant.
Ayaka: “Geez. Don’t scare me like that, Saber”
Saber: “I’m sorry, Ayaka. I didn’t mean to surprise you, but you were concentrating.”
Ayaka: “I’m just cutting vegetables.”
Saber: “I can see that. But still, you’re very skilled at handling kitchen knives.”
He smiles as he says it.
It was his usual, smiling face.
A kind smile that was as if he was saying, “I’ll accept everything about you.”
It was definitely an illusion, but the sunlight that was shining in from the window, felt like it was sparkling and shining, wrapping around him as if he was being blessed. It didn’t mean that he was emanating magical power, or that he was even a prince from inside a picture book.
Ayaka: “……It’s normal.”
Somehow, she slightly says it while forming a calm voice.
She focuses on the cooking task before her eyes. ‘Let’s finish this quickly.’
Quickly she makes the breakfast.
In the Fresh Vegetable Salad, are Sunny Side-Up Fried Eggs. As well as toast. Sausages which were also prepared because he came up to her and asked, “Don’t you have any meat?” are also fried.
Meat. Oh, meat―――
Meat, stuff that comes from the bodies of living beings are no good to her. She can’t stand it. Blood too. So, sausages. The feel of the meat, the non-impression of blood, ready-made stuff, she couldn’t handle those kinds of meats unless it was this style of processed food. She can only say, that she is disqualified as a Black Magus. The bandage that was wrapped around a finger on her left hand was good proof of it.
Although Ayaka thinks that she’s pitiful, there was just no helping it on this.
Saber: “It looks delicious.”
Ayaka: “I just, sliced and fried it.”
Saber: “Skills can also be applied to simple tasks. The same goes for swords, and kitchen knives too.”
Ayaka: “…….”
Without deliberately answering it, she begins to try and set the dining room table.
And, as if she was anticipating it, he had done it in a blink of an eye.
He did all the rest to the extent, that Ayaka came in carrying the cups and milk that was taken out from the fridge.
Ayaka: “……. Thank you.”
‘For once, let me say thank you.’
Without hearing his reply, she arrives at the table, he clearly says, “Thanks for the food” in the seat next to Ayaka who softly says, “Thanks for the food” and chews on it. Breakfast begins. First is the piece of tomato, after putting it in her mouth, she eats the Sunny Side-Up Fried Eggs―――
‘Aah.’ ‘Did it again.’
Despite not being aware of it.
Ayaka exhales a sigh in her thoughts.
In her usual habit, she had yet again, made Sunny Side-up Fried Eggs.
Saber: “My apologies, I take it that it would’ve been better if I hadn’t of heard that, right?”
She, didn’t say anything. In any case, he whose place is as the most excellent Servant, knew what Ayaka didn’t want to say. Was it because he had a magical connection with his Master, no that is not the case, he is just merely perceptive.
Straightaway, she speculates something. ‘Even now, he, absolutely knows what I’m apologizing for.’
Saber: “The Sunny Side-Up Fried Eggs, I like them with either frying method. So, I do not mind letting you give them to me in your favourite style.”
Ayaka: “Um, okay……”
See. He knows.
Without batting her eyes to him, Ayaka nods.
Ayaka: (Like, huh?)
She whispers in her mind. Like she was trying to avoid his perception, quietly.
Although Turnover eggs are really her favourite, no, although it was, now, she’s not really sure whether that’s the case anymore. After all she had continued to make the Sunny Side-Up Fried Eggs which her big sister had always liked.
In the first place, she liked Turnover eggs when she was younger, so she might’ve discovered her tastes with her modest rebellious spirit towards her big sister who was perfect.
Suddenly―――
Without knowing it, Ayaka was looking out the window.
8 years ago. It was as if she was dancing around and around, in that spot where that person was basking in the morning sun.
Ayaka: “……. Hey, Saber”
Saber: “What is it?”
Ayaka: “You, you were my older sister’s Servant. In the Holy Grail War, 8 years ago, weren’t you?”
Saber: “That’s right. Manaka was my Master.”
Ayaka: “What kind of Master, was she? My older sister, that is…...”
‘A genuine curiosity.’
‘That’s probably, all that it is,’ Ayaka thinks to herself.
Was it because she had hated to continue her meal in still silence, or that it might even be better for her to hear a lot or even a little bit of information about the Holy Grail War, a couple of reasons come to her mind. But, the most closest one, is that she thinks she’s curious. Cause she had suddenly become bothered about it. She still spoke of it at any rate.
Saber: “Manaka, well let’s see, she was an excellent Magus.”
He smiles.
Saber: “She was very talented. She was not very forgiving to other Magi, but even so, I felt that she carried no less than first grade talent, somehow.”
Ayaka: “Huh?”
She was feeling, hooked on his words.
She completely tilts her head.
Ayaka: “Oh. Your memory of last time, about the first Holy Grail War is fuzzy, right? I believe you’ve mentioned that before.”
Saber: “Ah……. Um, yes.”
8 years ago, he was also participating in the Holy Grail War.
The first ranked Heroic Spirit of the Sword. He, fought as my older sister’s, Manaka Sajyou’s Servant, entirely defeating the other six Heroic Spirits and had obtained the Holy Grail. However, right before that happened, he broke his contract―――
Ayaka: “Aftereffects, right. Is your memory from after being summoned this time, alright?”
Saber: “Oh, yes. There’s no need to worry, the only unreliable part of my memory, concerns the events of 8 years ago.”
He gives a nod.
It didn’t appear like there was something wrong with him.
He, was a flawless person. A person? No, a Heroic Spirit. Nestling close to herself who is the lowest of the seven ranked Masters – Princes, he is the first ranked Servant, who had sworn to fight alongside her in this Holy Grail War.
His smiling figure, is truly refined like a hero drawn in a picture book. And yet it’s overflowing with such a lively energy―――
Ayaka: (Huh?)
His usual smiling face.
Even though it should’ve been that, now, for just a brief moment.
There’s somehow, a seemingly sad, apologetic, almost unpleasant weird look on his face.
Indeed, it’s like its being suspended on his face?
Ayaka: “Saber?”
Saber: “Ayaka. May I also ask you a question?”
Ayaka: “Huh, um, sure.”
Saber: “Your older sister. About Manaka Sajyou, how did you feel about her?”
- Fragment - Ayaka 1999 Recall of 1991 Part 2
Japanese Raw
お姉ちゃん──
愛歌お姉ちゃん。
誰より輝いていたひと。
あなたセイバーと共に、八年前の聖杯戦争を駆け抜けたひと。
あの時のわたしはまだ幼くて、今では思い出せないことも多いけれど、でも、確かに思い出せることもある。
たとえば、そう。
わたしは、お姉ちゃんのことが、ずっと──
「姉さんのこと?」
わたしは──
「わたしは……」
ずっと──
「……うん。姉さんのこと、好きだった。
魔術もお勉強も何でもできて、それに、綺麗で」
「姉さんの髪はね、陽に透き通ってきらきら輝くの。
それが、すごく綺麗で、素敵で」
噓じゃない──
「一緒にいた時間は長くなかったけど、一緒の時は、いつも優しくて」
噓じゃない。
噓じゃない。
本当に。
何もかも上手にできる姉さん、ううん、お姉ちゃん。
綺麗なひと。愛歌お姉ちゃん。
お父さんと一緒に、きっと、わたしに優しくしてくれていたひと。
平凡で、何もできないわたしに。
「好きだったよ」
もう一度、言って。
わたしは微笑んでみる。
ぎこちない顔になっていませんようにと、祈りながら。
Big Sister―――
My big sister Manaka.
A person who shone more than anyone else.
A person who ran through the Holy Grail War of eight years ago, alongside Saber.
The me of that time was still young, so there are a lot of things that I can’t remember now, but, I can definitely remember some things.
For example, right.
I, about my big sister, have always―――
Ayaka: “About my big sister?”
I―――
Ayaka: “I…….”
Have always―――
Ayaka: “……Um, well. About my big sister, I liked her. She could do anything magic as well as studying, besides, she was pretty.”
Ayaka: “Well, you see my big sister’s hair used to glitter and sparkle so clearly in the sun. It was, very pretty, and wonderful.”
It’s not a lie―――
Ayaka: “Although the time that we spent together wasn’t long, the times that we were together, she was always kind to me.”
It’s not a lie―――
It’s not a lie―――
It’s true.
My older sister who was able to do anything well, no, my big sister.
A pretty person. My Big Sis Manaka.
Along with my father, she was a person, who was surely kind to me.
To the me, who is ordinary and incapable of anything.
Ayaka: “I loved her.”
I say it, once more.
I try to smile.
While praying, that I wasn’t making an awkward face.
- Fragment - ◼◼◼◼◼◼ ◼◼◼◼◼◼'s Notes [8]
Japanese Raw
杞き憂ゆう。そう願う。
そう、恐らくは杞憂に過ぎない。
このノートに記してきたすべての項目に意味などない。
二度目の聖杯戦争が開かれることはないのだから。
勝者が誰であるかに関わらず、我が家系が聖杯戦争に関わることは二度とない。
聖杯の奇跡も二度は起こるまい。
誰かひとりが必ず根源へと辿り着く。
それで、終わりだ。
だが。万が一。
過日、監督官の口走った言葉が真実であるとすれば?
Needless concerns. Well, I hope that’s all they are.
Right, they’re probably nothing more than needless concerns.
All of the entries jotted down in this notebook do not mean a thing.
Because a Second Holy Grail War will never be held again.
Regardless of whom the victor is, my family lineage will never be involved in the Holy Grail War again.
The miracle of the Holy Grail will not happen again.
Someone alone will reach the root without fail.
With that, it’s the end.
But. If by any chance.
If it comes to be, then are the words that the Overseer let slip to me the other day the truth?
= Fragment - Ayaka 1999 [3]
Japanese Raw
そして──
そして、少女はガーデンへと至る。
朝陽をたっぷりと採り入れる、ガラス製の天井と壁。
輝きの中で、足下に群がってくる鳩の群れを見つめて、自らの手指に巻き付けた絆創膏の存在を思いながら、一羽をそっと抱え上げて。
少女は過去を思う。
今ではもう思い出せることも多くない、八年前の記憶を。
姉の記憶。
父の記憶。
幾つかのことを少女は思う。
断片的にしか思い出せないふたりのこと。
記憶にない、母のことも。
「……綾香」
聞き慣れてきた青年の声が響く。
ガーデンの出入口のガラス扉のすぐ近くに、彼の姿があった。煌めく陽光のせいで、顔には陰が落ちていても、彼の表情が少女にはよくわかる。
きっと、微笑んでいる。今も。
抱え上げた鳩を、そっと放して。
蒼色の瞳をした彼へ、少女はまっすぐに頷く。
「うん。行こう」
──そして、歩き出す。
──一九九九年。再びこの東京で行われる第二の聖杯戦争へと。
(第一部『Little Lady』・了)
And then―――
And then, the girl reaches Garden.
Taking in lots of the morning sun, are the glass walls and ceiling.
In the center of its radiance, she looks at the flock of pigeons who are swarming at her feet, while she thinks about the existence of the bandage that’s wrapped around her own finger; she gently gathers one of the birds into her arms.
The girl thinks on the past.
There are not many things that she can remember anymore, her memories of 8 years ago for one.
Her memories of her older sister.
Her memories of her father.
The girl contemplates on a few things.
There were only two things that she could remember in fragments.
She has no memories, about her mother.
Saber: “………Ayaka.”
The voice of a young man who she had gotten used to hearing resounds.
Immediately close to the glass door of Garden’s entryway, was the figure of him. Due to the shining sunlight, even if shadows were to fall on his face, the girl knows his expressions well.
He is, surely smiling. Even now.
Gently releasing, the pigeon that she carried in her arms.
The girl nods straight, at he who had green eyes.
Ayaka: “Yeah, let’s go.”
―――And then, I will walk.
―――The year is 1999.
Towards the Second Holy Grail War being held in this Tokyo again.
Special Act: Servants
- Fragment - Ayaka 1999 [4]
Japanese Raw
一九九九年二月某日、午前八時二五分。
東京都杉並区、私立高校正門前。
登校する多くの生徒たち。
誰かと連れ合いながらお喋しゃべりをして歩く生徒たちもいるし、顔見知りを見つけて挨拶あいさつを交わす生徒たちもいるし、校庭で朝練に励む面々に手を振る生徒たちもいるし、ひとり静かに校門をくぐる生徒もいる。
沙さ条じょう綾あや香かの場合は、最後のそれに分類される。
誰かと一緒に登下校、ということはあまりない。挨拶されれば応こたえるものの、自分から誰かを探して声を掛けることはないし、朝の校庭はいつもの通り過ぎる風景のひとつだから意識して注視することもない。
だから、今日もひとり。同じ制服を着た同年代の子たちの中を、歩いて。
校門脇に立つ生活指導の教師に会釈をしながら通り過ぎて、昇降口へ。
いつの頃からだろう──
ひとりでいることを自然と選ぶようになったのは。
親しいと呼べるかも知れない相手が出来ても、ある程度の距離を保って。
今だって、探そうと思えばクラスメイトのひとりやふたりは見つかるだろうし、中学校や小学校が同じ生徒だっているはずだけれど、意識はしない。
友達がいない、というのとは違うはず。
そう呼べる相手がいない訳じゃない。クラスメイトの女子の中には、比較的よく話す子や、話題が合う子だって、少しはいる。
(……うん。少しは)
内心で綾香は呟つぶやく。
友達。多くはないと、自覚はしているけど。
魔術師としての運命?
世俗との適切な関係性を保つ?
そうかも知れないし、違うかも知れない。それでも、小学生の頃──具体的に言うなら八年前までは、今よりももう少しだけ友達の数は多かったような気がする。
理由はすぐに思い当たる。
八年前、小学二年生だった自分に何があったのか。
正確に言うなら、自分自身ではなくて、自分の周囲で何が起こったのか。
八年前、一九九一年の東京で行われた魔術の儀式は、結果として、父と姉を奪い去って、綾香の生きる風景の多くをがらりと変えた。
(聖杯戦争。二度目の、大願のための大規模魔術儀式)
儀式の名称を思い浮かべる。
普段なら、登校の最中に魔術絡みの何かを取り立てて意識することはないのに、こんな風に思ってしまうのは、自分でも仕方ないと思う。
だって、もう、それは始まっているのだから。
あの日の晩、この胸を貫いた刃の感触はあまり明確には思い出せないものの──思い出したくもないけど──あの時の恐怖は、ありありと記憶が再生出来てしまう。僅わずかでも気を抜くと、こうして歩いている自分は幻覚か願望か、ともかく現実ではない何かで、本当の自分はガーデンの真ん中で胸を槍やりに貫かれて死んでいく最中なんじゃないだろうか、とさえ錯覚しそうになる。
足が、全身が、胸の奥底から震えそうになる。
立ち竦すくみそうになる。
自分は弱い。それは自覚している。恐怖に身を任せてしまえば、あっという間に自分のすべては塗り潰つぶされてしまうに違いない。
でも、そうはならない。
歩いて行ける。校門をくぐって、昇降口へと進む。大丈夫。
胸に刻まれた一枚羽の令呪が、決してひとりではないと教えてくれるから。
蒼色と銀色を纏まとう彼は、私の──
「おはよう、沙条さん」
「あっ、お、おはよう、伊勢三いせみ君──」
不意に声を掛けられて、振り返る。
すっかり自分の内側に意識を傾けていたから、応える挙動がなんだかぎこちなくなってしまう。表情はいかにも驚いたものになってしまったし、何よりも、声。少し、ひっくり返ってしまったかも知れない。
対して、おはようの挨拶をくれた声の主は、何もかもが完璧かんぺきだった。
明るい声。明るい表情。それに、あんな風に元気よく、高く右手を挙げて。
転校生の伊勢三君。妙な時期に転入してきた、明るい色をした髪のクラスメイト。
「いい天気だね。難しい顔をしてたけど、何か考え事? 今日の小テストのこと?」
「えっと」
一度に三つも話題を向けられて、一瞬、迷う。
いい天気。確かにそう。
難しい顔なんてしていないと思うけど、考え事はしていた。でも、人には言えない。
ええと、小テストの予定なんてなかったような?
「沙条さん。きみは、ひとりで登校することが多いのかな」
「え……」
どこから答えようか迷ったら、もう別の話題?
「きみは、ひとりでいるのが好きなのかな」
「そ、そんなことは」
「あるよね?」
伊勢三君の明るい顔が、予想したよりも近くにあった。
綾香が半ば無意識に形作る〝ある程度〟の距離を容た易やすく踏み越えて、朝の陽気に似合った表情で微笑みかけてくる。人懐っこそうな顔。いつも、彼はこの表情を浮かべて、クラスメイトたちの輪の中にいる。
そういえば、ひとりでいる姿はあまり見かけたことがない?
(……何だろう)
子供の頃、よく足下に群がってきた鳩を思い出す。最近は、相変わらず鳩もそうだけれど、前はそうでもなかったのに鴉からすが懐いてくるようになった。
こんな風に近寄る相手を、綾香は知らない。
人間の男の子なら、特にそう。
ふと、彼セイバーの横顔が脳裏を過よぎる。
彼は、外見は自分よりも少し年上くらいの男性ではあるものの、人間ではない。だから、やっぱり、こうも自然に近付いて来る男子は、珍しい──
「僕の友達もね、ひとりでいることが多い子だったんだ。きみとは何もかも違うけれど」
「伊勢三君の……前の学校のお友達?」
「あ。学校といえば、南側校舎の噂、沙条さんはもう聞いた?」
「??」
質問に質問で返されてしまった。
それに。話題。またいきなり変わっているような。
綾香が内心で首を傾げていると、伊勢三君は次々と言葉を続けてくる。曰いわく、放課後、南側校舎に現れる不気味な人影の噂があるのだとか、都内各地でガス事故か何かが多発しているとか。クラスメイトから聞いた学校の怪談なのか、テレビや新聞の中の話なのか、随分とあやふやで意図の見えない話を次々と。
どちらにも詳しくない綾香は首を傾げるばかり。
「伊勢三君、転入したばかりなのに、詳しいんだね……」
「そんなことはないよ。僕はここに来てからあまり長くないし、知らないことばかりで目が回りそうだよ。ああ、でもね、幾つかわかったこともあるかな」
「なに?」
「きみのこと。沙条綾香さん」
「?」
いきなり、名前フルネームを呼ばれてしまって。
綾香は咄とっ嗟さに返事ができずに、視線で疑問を投げかける。
「きみくらいの女の子は誰かと一緒にいることが多いはずなんだ。なのに、きみは、自分からひとりでいるのを選んでいるよね。今もそうだし、教室でもそうだ」
「そんなことは……」
ない。
と、綾香は言い切れない。
授業の合間も、昼休みも、放課後も、こうして登校する時と同じ。
声を掛けられれば応えるものの、自分から何かをすることは、殆ほとんどないから。
「あるよね」
二度目の、同じやり取り。
足下へやっていた視線を上げると、すぐ目の前に伊勢三君の顔があった。
明るい色の髪がよく似合う、あっという間にクラスメイト女子の人気を得た転校生。人懐っこくて、いつも微笑んでいる男子。
「きみは、もしかして」
瞬間。そんな彼の顔からは。
「人間のことが」
普段の明るい表情が消えて。
「嫌いなのかな」
無感情な、仮面のような冷ややかさを湛たたえていた、ような──
The girl is once again being toyed with by the Holy Grail War―――――
On a certain day in February 1999, 8:25 A.M.
Suginami District, A Private High School’s Front Main Gate.
Lots of students are going to school.
There are students who are walking and chatting while linking up with someone, students who discover their friends and exchange greetings with them, students who were waving their hands in all directions endeavouring to make an effort in their morning training in the school yard, while some are quietly passing through the school gates by themselves.
In Ayaka Sajyou’s case, she sorted into the last category.
There were hardly any times when she’ll say, “I’m together with someone on the way to school.” She’ll reply when greeted, of course, but she won’t ever find someone by herself or call out to them, she also won’t ever consciously gaze at the morning schoolyard because that’s the one scenery that she always passes by.
That’s why, she is alone again today. She is walking, amongst kids of the same age who wore the same uniform as her.
Towards the entrance, which she passes through while giving a slight bow to the educational guidance instructor who stands at the side of the main gate.
Since when did it start―――
Since when did she naturally choose to be alone.
Even if she could make a friend who she’d might call a “bestie,” she’d keep to a certain level of distance with them.
Even now, if she were to consider trying to search for one then she’d probably find one or two classmates, although elementary and middle school should have the same students, she wouldn’t be aware of them.
It should be wrong for her to say, “I have no friends.”
It’s not like she didn’t have friends to call as such. Among her female classmates, she had a few, a girl who she speaks relatively well with, and a girl who shares some subjects with her.
Ayaka: (……...Yeah. There’s a few)
Ayaka mutters in her thoughts.
Friends. If she didn’t have many, then she was aware of it.
Is it her fate as a magus?
Should she keep adequate relationships with the world?
It may be right, or it might be wrong for her. Even so, until 8 years ago or more specifically―――back when she was an elementary student, she felt like the number of her friends was just a bit more than the ones she had now.
The reason soon appears in her mind.
8 years ago, what happened to her when she was a 2nd grade elementary student?
Or rather to be exact, then “not to herself,” but what had happened in her own surroundings?
8 years ago, the magic ritual held in Tokyo of 1991, took away her father and older sister, as a result, lots of the sceneries that Ayaka lived in had completely changed.
Ayaka: (The Holy Grail War. The second one, a large-scale magic ritual for the sake of a great ambition.)
She recalls the name of the ritual.
Usually, despite not having to be consciously on the lookout for some kind of magical entanglements while at school, the one who thought like this, believes that it couldn’t be helped even for herself.
After all, it, has already started.
On the night of that day, although she couldn’t clearly remember much about the sensation of the blade piercing through this chest―――no, she didn’t want to remember that―――but, her fear of that time, was able to revive her vivid memories of it. If she were to let her mind wander even the slightest, then even her walking along like this could be an illusion or a desire, but that’s something that’s not in this reality, her real self is not in the middle of going to die by being pierced through the chest by a lance in the middle of Garden, so even that seems like an illusion.
Her feet, her entire body, appears to be trembling from the bottom of her heart.
She appears petrified.
‘I am weak.’ She was fully aware of that. If she surrenders herself to her fear now, then there’s no doubt that all of herself will be blotted out in the blink of an eye.
‘But, that’s not going to happen.’
‘I’m going to walk. I will pass through the main gate, and head towards the entrance. It’s alright.’
‘Because this single-feathered Command Seal engraved on my chest, tells me that I am never alone.’
‘He who is clad in blue and silver, is my ―――’
???: “Good Morning, Sajyou.”
Ayaka: “Ah, oh, Good Morning, Isemi―――”
Suddenly a voice calls out to her, so she turns around.
Since she was completely concentrating on her own inner self-conscious, her behavioural response became somewhat awkward. Her expression really became that of a surprised person, and more than anything, her voice. She, might’ve toppled over a bit.
As for, the voice’s master who greeted her with “Good Morning,” everything was perfect with him.
A bright voice. Cheerful looks. On top of that, he’s ecstatically, raising his right hand up high like that.
The transfer student, Isemi. A classmate with brightly coloured hair, who had transferred in at a strange time.
Isemi/Rider: “Nice weather today, huh? You’re making quite the gloomy face, are you worried about something? Is it about today’s pop quiz?”
Ayaka: “Umm.”
Pointing three topics at her at once, she is lost, for a moment.
‘Nice weather. I guess that’s true.’
‘I don’t think I’m making a gloomy face, but I am concerned about something. Although, I can’t mention it to people.’
‘Umm, was there a short quiz scheduled for today?’
Isemi/Rider: “Miss Sajyou. You, often go to school a lot by yourself, don’t you?”
Ayaka: “Huh……?”
‘Just as I was wondering about where I should start answering from, another topic already?’
Isemi/Rider: “I wonder, do you like being alone?”
Ayaka: “N-No, not at all.”
Isemi/Rider: “Don't you?”
Isemi’s bright face, was closer than she had anticipated.
He easily steps over the “certain” distance which Ayaka half-unconsciously created, coming at her with smile in his expression which suited the morning cheeriness. It’s a friendly enough face. He always, shows this expression, within their circle of classmates.
‘Come to think of it, I don’t think I’ve ever seen him alone?’
Ayaka: (……...What is it?)
She recalls the pigeons who’d often come gathering at her feet, when she was a child. Recently, although the pigeons seem to be the same as usual, crows have been growing attached to her as well even though this wasn’t the case before.
Ayaka didn’t know, of a friend who’d approach her like this.
If it’s a human boy, especially so.
Suddenly, Saber’s profile crosses the back of her mind.
Although, he has the outer appearance of man about a little bit older than herself, he is not human.
So, for a young man to naturally approach her like this, too, is weird for her―――
Isemi/Rider: “You see, my friend was also a child who was alone a lot. However, everything about him is different from you.”
Ayaka: “Isemi……is this friend, a friend from your previous school?”
Isemi/Rider: “Oh! Speaking of school, Sajyou, the rumours of the south side school building, have you already heard them?”
Ayaka: “Huh??”
He answered her question with a question.
Moreover. The subject. It was like he had suddenly changed it again.
As Ayaka is tilting her neck with her thoughts, Isemi kept on piling his words one after the other. According to him, after school, there are rumours of an ominous phantom appearing in the south side of the school building, or is it that that are gas incidents or something repeatedly occurring in all kinds of places within the Tokyo metropolitan area? Whether it was a ghost story that he had heard from their classmates, or a story that was in the newspaper or on TV, one after another his stories were very obscure and had invisible intentions hidden within them.
Either way, uninformed Ayaka just tilts her head.
Ayaka: “You know, Isemi, for someone who just transferred in, you certainly are well-informed…...”
Isemi/Rider: “That’s not true. It hasn’t been very long since I came here, and I seem to get dizzy with just the stuff that I don’t know about. Ah, but you know, there a couple of things that I do know about.”
Ayaka: “What?”
Isemi/Rider: “About you for one. Miss Ayaka Sajyou.”
Ayaka: “Huh?”
Suddenly, he called her by her full name.
Without being able to answer him right away, Ayaka casts doubt at him with her gaze.
Isemi/Rider: “There are lots of times where a girl like yourself should be together with someone. And yet, you, have taken it upon yourself to choose to be alone. It’s true in the classroom, and it’s true even now.”
Ayaka: “T-That’s not…….”
‘True.’
And with that, Ayaka couldn’t declare it.
It’s the same when she goes to school, between classes, during lunch breaks, and even after school like this.
If she is able to talk then she’ll answer him, but there is hardly anything, that she can do by herself.
Isemi/Rider: “There is.”
The second, of the same exchange.
As she raises her gaze which had moved towards her feet, Isemi’s face was right there before her eyes. The transfer student who had in a blink of an eye obtained popularity with her female classmates, and whose bright coloured hair suits him well. A boy, who is friendly and always smiling.
Ayaka: “Are you, perhaps…?”
In that moment. From his face like that.
Isemi/Rider: “I wonder……”
The usual bright look on his face disappears.
Isemi/Rider: “Do you perhaps hate humans?”
A feeling of nothingness, filled with a coldness similar to a mask, just like a―――
- Fragment - 1999
Japanese Raw
──東の果ての地にて。
聖杯を巡る闘争があった。
──勝者は確かに存在した。
だが、その手に聖杯を得た者は誰もいなかった。
──そして、八年後。一九九九年。
──聖杯は、この東京に再び顕現した。
七名の魔術師マスターの下に、今、七騎の英霊サーヴァントが集って。
──史上第二の聖杯戦争が始まる。
―――In a place at the edge of Tokyo.
There was a conflict surrounding the Holy Grail.
―――The victor certainly existed.
But, no one obtained the Grail.
―――And then, 8 years later.
1999.
―――The Holy Grail, has once again manifested in this Tokyo.
Under seven Masters, now, seven Servants will gather.
―――The Second Historical Holy Grail War begins.
- Fragment - ◼◼◼◼◼◼ ◼◼◼◼◼◼'s Notes [9]
Japanese Raw
サーヴァント。
現界した英霊たち。
剣の英霊セイバー。
狂の英霊バーサーカー。
弓の英霊アーチャー。
槍の英霊ランサー。
騎の英霊ライダー。
術の英霊キャスター。
影の英霊アサシン。
聖杯によって七つの階梯かいていに振り分けられた最強の幻想たち。
彼らはあまりに強大だ。
先述の通り。
鋼鉄を引き裂き、大地を砕き、空さえ貫く。
魔力によって仮初めの肉体を構成された彼らは、正しく生物ではない。
人間に酷似した外観を有していても人間ではない。生物を、人間を遥はるかに超える強きょう靱じんさと破壊力を秘めて、彼らは伝説のままに現界する。
だが、彼らもまた──
Servants.
Heroic Spirits who have manifested.
Saber.
Berserker.
Archer.
Lancer.
Rider.
Caster.
Assassin.
The most powerful illusions that have been divided into seven classes by the Holy Grail.
They are very powerful.
As mentioned above.
They can split steel, smash the earth, and even pierce the sky.
They who have been constructed with temporary bodies by magic, are not proper living creatures.
Even if they do possess an appearance that resembles a human, they are not human. Hiding destructive power and a tenacity that far surpasses a human’s, or a creature’s, they manifest as they were in their legends.
But, they are also―――
- Fragment - Cú Chulainn [1]
Japanese Raw
同日深夜。
東京都新宿区、新宿中央公園。
西新宿の超高層ビルディングに囲まれた緑の木々の先に、男はいた。
オンタリオ湖へと流れ落ちる瀑布ナイアガラの名を称された大型噴水の前に、突如として、その男は姿を現す。もしも見る者がいれば──この季節、深夜の水場に近寄るホームレスはまずいないが──何もない場所に男が出現したのだ、と受け止めるだろう。例えば、瞬間的に空間を渡った、とか。
違う。空間転移ではない。それは魔法の域のわざだ。
男は霊体化を解いたに過ぎない。
暫しばらく前からこの周辺にはいたのだ。ただ、目に見えるかたちではなかっただけで。
「さて、と」
鎧よろいを纏った偉丈夫だった。
両肩から左腕にかけてを覆う金属製の鎧が、街灯に煌きらめく。
左腕とは対照的に軽装の右腕には、一本の槍がある。男の長身を優に越すほどの、木製と思おぼしき長槍だった。
過去、日本の戦場で見られた形式の槍とは趣おもむきが異なる。
鎧にしてもそうだ。異国の風情を思わせる。槍と鎧を含めて、男の姿が周囲の景色に対してさほど浮き上がることもなく、馴染なじんで見えるのは、緑の木々と瀑布型噴水のせいだろうか。元より、この公園は西新宿という街並みに対して浮いている。文明の最先端を思わせる超高層ビルディングが列ならぶ〝背の高い〟街の中に、ぽっかりと口を開けた緑の園と大げさなまでの噴水が在るというのは、いかにも例外的イレギュラーだ。
「都心をうろついてる、っつーから来てみたが」
男は、片目を閉じながら超高層ビルのひとつ──
新宿住友ビルを見上げ、口元を歪ゆがめる。
「本当にいるかよ。呆あきれるのを通り越して、感心するぜ」
再度の霊体化。
噴水の水音へ溶けるように、槍兵ランサーは姿を消す。
西新宿、超高層ビルディング群。
数年前に東京都新都庁ビルが竣工するまでは、西新宿最大の地上高を誇っていた建築物、新宿住友ビル。二一〇メートルの高さから眺める眼下の輝きは、星々の海を目にしているかのようにも錯覚できる。
無論、星であるはずもない。
あれらは所詮しょせん、人の造り出したものだ。
要は、夜を照らす篝かがり火びと用途にさほど大差はない。
「相も変わらず──」
一騎の英霊が在った。
黄金色に煌めく髪色の、王の如き男だった。
「いや、希まれなほど見事に肥大した人の欲望よな。五欲だけでは飽き足らず、朧おぼろの繁栄の果てに消費の欲さえ手にした都とは、皮肉にも程がある。道化の身で王なき城の王と思い上がり、享楽の焰に己をくべて、天に届けとばかりに城壁を積み上げる」
英雄の中の英雄。
王の中の王。
であるが故の、眼下の都市を通じて当世そのものを裁定する言葉だった。
「滑稽こっけいなことよ。司祭なき神殿で、一体何を祀まつっているのやら」
不ふ遜そんではない。
尊大ではない。
そう在るべくして在る、彼こそ、この東京へと顕現した正真正銘の王だった。
「そんなもんかね。
人間なんぞ、大して俺の頃から変わったように見えねぇが」
霊体化を解いて──
金色の英雄の視線の先へと、ランサーは実体化していた。
「その目玉は飾りか、槍使い?」
「どうかね」
殺し合うべき難敵を目前に、余裕ある仕草で肩を竦める。こちらが存在を感知できたということは、当然、先方もとうに気付いている。聖杯戦争に参加する英霊は、サーヴァントに特有の気配を感知する。具体的な場所となると話は別だが、付近にいる、と把握するだけならばどの階梯のサーヴァントにも可能な芸当だ。
それでもこの場に留まって、こうも堂々と佇たたずんで。
こうして。
声まで、掛けてくる。
並の英霊ではないことは見ればわかる。
正しく言えば、視覚に頼らずとも肌で気配を感じ取れば理解する。
(……ま、別に構わんが)
自分の主人マスターの横顔を思う。
あれは、この金色の英雄のことを告げればどんな反応をするか。具体的には、どんな表情を浮かべるかに興味があった。まさか、あれが、相手が難敵とわかって愕然がくぜんとするような性質たちではなかろうが。
(野郎セイバーといい、随分とまあ大物が揃ったもんだ)
やれやれ。
息を吐きながら、ランサーは肩を竦める。
殺しても構わない、と主人には言われたものの。これは、やめたほうがいいだろう。
少なくとも、宝具を封印したままの状態でやり合うには相応ふさわしくない相手だ。
Same day, Late at night.
Shinjuku Prefecture, Tokyo, Shinjuku Central Park.
Beyond the green trees that surrounded the West Shinjuku high-rise building, was a man.
All of a sudden, the man shows up, in front of the large water fountain which had taken its name from the Niagara river which flows down onto Lake Ontario. If someone were to perhaps witness it――― then although there are almost no homeless who would approach this midnight watering hole, in this season―――they would probably receive it, as a man having appeared in this spot out of nowhere. For example, he instantaneously traversed space, or.
No. It is not space transference. It is a magic level technique.
The man had done nothing more than released his spiritualisation.
The truth is that he had been in this area since a while ago. Although, just not in a form that was visible to the eyes.
Man: “Now, then.”
He was a hero who was cladded in armour.
His metallic armour which covers his left arm from over both of his shoulders, sparkles in the street lights.
Within the lightweight equipment on his right arm in contrast to his left arm, is a lone lance. Easily exceeding the man’s tall height, it was a long lance that appears to be made out of wood.
It differs in appearance from the types of lances, which could be seen on Japanese battlefields in the past.
This is also true for his armour. It is reminiscent of foreign tastes. Including his lance and armour, his manly figure couldn’t stand out very much against the surrounding scenery, so is it perhaps the cataract-styled water fountain and the green trees’ fault, then that it appears to have grown accustomed to him? From the start, this park is floating against the cityscape called West Shinjuku. Within this “tall” city of lined-up high-rise buildings which gives one the impression of a cutting-edge civilization, it is truly irregular, then for there to be a grandiose water fountain and a green park with an opened gaping wide entrance in it.
Man 1: “I’ve been knocking around the city centre, or perhaps I should say I've was trying to make my way here but …….”
As he closes one of his eyes, the man looks up at one of the high rise buildings―――
Looking up at the Shinjuku Sumitomo building, he twists his mouth.
Man 1: “Are you really in here? I’m way beyond speechless, you’ve got my admiration sir.”
A second spiritualisation.
Like the dissolving sound of the water fountain’s water, Lancer’s figure vanishes.
West Shinjuku, in the group of high-rise buildings.
Until the Tokyo Metropolitan new government office building completed its construction a few years ago, the building which boasted West Shinjuku’s largest surface height, was the Shinjuku Sumitomo building. The brilliance beneath one’s eyes which can be seen from a height of 210 metres, can also make the illusion of one glimpsing into an ocean of stars.
Of course, there is no way they can be stars.
Those are after all, devices invented by humans.
In short, there’s not much of a great difference between their application and a bonfire which lights up the night.
???: “Same as ever――――”
One of the Heroic Spirits happened to be there.
It was a king like man, with sparkling gold hair.
Man 2: “Nay, it is the desire of a person whose rarely grown so magnificently fat. Not tired of his five desires, o’ this capital which has even acquired the desire of consumption at the end of a hazy prosperity, is so ironically at its limits. I am in the body of a clown and as conceited as a king’s castle without a king, so shall I burn myself on the fires of pleasure, I will build up my castle walls, all so I can reach the heavens!”
A hero among heroes.
A king among kings.
Therefore, they were the words that rule the present-day itself through the eyes of the city.
Man 2: “What a ridiculous thing. In a temple without its priest, what on earth are they praying to!?”
It is not arrogance.
It is not pomposity.
There are things that must be there, even for hm, a genuine king who had appeared in Tokyo.
Lancer: “How should I know? Humans and the like, don’t seem to have changed much since my time.”
Undoing his spiritualisation―――
Lancer materialized, in front of the golden Heroic Spirit’s eyes.
Man 2: “Is that your showpiece or a decoration, Lance user?”
Lancer: “Who knows?”
Before the eyes of his formidable enemy whom he must kill, he shrugs his shoulders in a calm manner. Of course, he also long noticed that the person in front of him, was able to sense his presence. Heroic Spirits who participate in the Holy Grail War, can sense the unique presence of a Servant. The conversation is different if it is in a specific spot, but its possibly risky for a Servant of any class hierarchy to venture a guess and just say, “He’s approaching.”
Even so he remains in this place, magnificently standing like this.
Like this.
He calls out, to the voice.
He knows just by looking that he’s not your average Servant.
To put it more aptly, he could grasp it if he can sense for signs with his skin and not his vision.
Lancer: (Well, it’s not as if I particularly mind)
He thinks of his own Master’s profile.
That is, what kind of a reaction will she make if he tells her about this golden-coloured hero? Specifically, he was interested in what kind of facial expressions she’d make. No way, that’s, not in her nature to be surprised to know that the other guy is a formidable enemy.
Lancer: (Saber is fine, but this guy is equal to well…. a reprehensible big shot.)
‘Good grief.’
While exhaling a sigh, Lancer shrugs his shoulders.
Although he was told by his master, “I don’t mind if you kill him.” He should probably leave it, right here.
At the very least, he’s not an opponent to quarrel with in his current state with his Noble Phantasm still sealed.
- Fragment - 1991
Japanese Raw
──東の果ての地にて。
聖杯を巡る闘争があった。
──遍あまねく人々には知られることのない、大規模魔術儀式。
勝者となるべき者はたったひとり。
──それは、八年前。一九九一年。
──聖杯の顕現した、この東京に於おいて。
七名の魔術師の下に、今、七騎の英霊が集って。
──史上第一の聖杯戦争が始まっていた。
―――In a place at the edge of Tokyo.
There was a conflict surrounding the Holy Grail.
―――Generally, people do not know about this large-scaled magic ritual.
Only one person must be the victor.
―――It is 8 years ago.
1991.
―――The manifested Holy Grail, is in this Tokyo.
Under seven Masters, now, seven Servants will gather.
―――The First Historical Holy Grail War has begun.
- Fragment - Arthur 1991 [8]
Japanese Raw
一九九一年二月某日、未明。
東京都中央区、晴はる海み埠ふ頭とう。
海沿いに連なる巨塔の群れの影を、どう喩たとえたものだろうか。
当世について、サーヴァントとして現界した自分たちには最低限の情報が自動的にもたらされるのだから、初見の何かを前にして理解不能の混乱に陥るであるとか、未知への驚きに衝撃を覚える等ということは、ない──とは言い切れないが。
ああ、そうか、と。ある種の合点を得ることになるのだろう。
例えば、目の前の光景について。
深夜を過ぎた未明の暗がりの中、東京湾臨海地区ウォーターフロントの高層ビルディングが形作る巨大な影、眼下の海の暗がりとは対照的なそれを目にしても、彼セイバーはさほど驚かなかった。
晴海埠頭。自分たち以外には無人の、海沿いの路上にて。
視線を、セイバーは彼方かなたへと向ける。
黒色の東京湾上──
そこには、壮麗にして荘厳に聳そびえ立つ、光り輝く神殿の姿が見える。
ただひとつきりの神殿ではない。
幾つもの神殿が複層的に折り重なって偉容を成す、超大型の神殿複合体。目に見える箇所のすべてが幻影ではなく実在しているものと仮定するならば、その全長は優に数キロメートルにまで及ぶものと目測できる。
星空が、まるで海上に降りてきたかのような偉容だ。
地上に光満ちたが故に星明かりの多くを失ったこの都市にあっては、皮肉に過ぎる。
我知らず、目を奪われかけてしまう。多くを知っているとは言えず、最低限の事柄しか知識として有していないという意味では、湾沿いのビル影と大差ないはずであるのに。
海に浮かぶ光の群れは、美しい。
忌き憚たんなく、そう評するに足る光景ではあった。
だが。しかし。あれは、真なる星空の輝きではない。
斃たおすべき英霊のもたらす魔力が発光を伴って映っているに過ぎない。
その名──
まさしく、光輝の大複合神殿。
「ライダーの宝具ね。あんなところに、あなたを行かせたくないわ」
「愛まな歌か」
名を呼びながら、傍らの少女マスターへと向き直る。
神殿の輝きをきらきらと反射させながら、潤む瞳が自分を不安げに見つめていた。
たとえば、この都市のすべてが聖杯を求めて刃交わす戦場でなければ、騎士として、詩のひとつも捧ささげなければと思わせる──そんな、可か憐れんを湛えた瞳だった。
瞳に、星が宿ったかの如く。
けれど、潤んでいる。不安に揺れている。
その理由を、少女が瞳の奥底に溜ため込んでいる危惧きぐを、セイバーは理解していた。
「あの神殿は私を呼ぶためにライダーが配置したものだ。正確には、私とアーチャー、そしてランサーを。他二名の動向が未だ不明である以上、少なくとも私が行かなければ、彼は、宣言を実行してしまうかも知れない」
「だめ。ひとりで、なんて」
「危険は承知だよ」
数あま多たの宝具を操るライダーは個体としても強力な英霊だ。加えて、海上の神殿内部には先日の戦いでその威を見せつけた巨獣が最低二体は存在していることが判明している上、神殿そのものも脅威であることは想像に難くない。
神殿あれは恐らく、固有結界に類するものだろう。
聖杯戦争に参戦する英霊たちの操る宝具はおしなべて強力な武器ではあるが、ライダーのそれは桁けたが違う。文字通りに、並の英雄英傑とは格の違う相手と言える。王の中の王を自称するだけのことはある、という訳だ。
そして、そんな彼は熱望している。
自分セイバーとの決着を。
彼方に見える大神殿への〝招しょう聘へい〟に応じなければ、空翔かける太陽の船は夜明けを待たずに東京全域を火の海へと変えるだろう。ライダーはその暴挙を可能とするだけの力を十二分に有しているし、数少ない相対のみではあるものの、かの英霊が口先のみの脅しをかけるような人物ではないことは実感している。
東京。この、東の果ての都。
決して彼にとっての祖国ブリテンではなく、暮らす人々は領民でもない。
それでも──
「これは私の我が儘ままだ。私は、彼を止めたい」
「本当に、そう。あなたって、時折、小さい子のように駄々をこねてしまうのね」
「すまない」
「……そんな顔、しないで。マスターのほうはわたしが何とかしておくから」
静かに、主人たる少女が頷く。
本来、あり得ない言葉ではあった。
これほど年若い少女が、数十名を超す魔術師を束ねる神秘の一族の長おさを倒すべき敵としながら、〝単身で何とかする〟などと嘯うそぶくのは、仮に魔術に対して天賦の才を持っていたとしても、まず、不可能を口にしていると判断すべきだろう。かの一族は東京西部の山岳地帯にて、強固な結界を何重にも張り巡らせた魔術工房の奥底に潜んでいる。
魔術の城じょう塞さいにして、死の罠わなが満ちる迷宮。
そこに、か弱い少女ひとりで潜入出来るはずもない。もしも叶かなったとしても、まさか数十名の魔術師を相手にたったひとりで魔術戦を挑んで生き延びられるはずはない。
だが、セイバーは少女へ静かに告げていた。
ありがとう、と。
自分と共に聖杯戦争に臨む主人マスターの力を、彼は既に知っていたから。
「本当に、もう。あなたはとっても欲張りエゴイストな王子さま」
主人──
沙条愛歌は、ぴたりと彼に寄り添ってくる。
蒼色と銀色の鎧に、少女の翠みどり色のドレスが重なる。
体の重みを感じないのは、きっと彼女の意図なのだろう。近頃は寄り添ってくることが増えたものの、愛歌は、一貫して自分からはセイバーに直接触れることがない。
「あなたは助けたくてたまらないのね。 もろく儚はかない、人間たちを」
少女の真っ白な指先が、手のひらが、銀色の胸甲に向けられる。
胸元に手のひらを当てるかのように。
実際は、その、ほんの寸前で止めながら。
「心配ばっかりさせて」
僅かに頰を膨らませる。
愛らしい仕草だった。暗がりの殺し合いなどではなく、朗らかな陽差しの注ぐ花園こそが相応しい、眩まばゆさと無邪気を思わせる花の仕草。
それから、ふと、思い付いた風にセイバーの顔を見上げて。
やや、表情を翳かげらせて。
「あなたのことが心配よ。心配で、心配で、泣いてしまいそう、だけど……」
そのまま、困った顔で微笑んで。
「でもね、心配なんてしていないわたしも、わたしの心のどこかにいるの。あなたはどんな英霊にだって負けないのだから。あなたの振るう剣は、あなたの敵のすべてを引き裂くし、あなたの振るう輝きは、あなたの敵のすべてを打ち砕くわ。
ねえ、セイバー。わたしのセイバー。
もしも聖杯戦争がもう一度行われたのだとしても──」
「あなたは負けないわ。誰にもね」
静かな言葉。
海上とは対照的に星の数が少ない夜空に、声が溶け込んでいく。
直後──
飛来する、巨きょ軀くの気配があった。
反射的に、愛歌の腰に腕を回し、防御の姿勢を取る。
迎撃は考えず、マスターに対する万全の防護のみを考えながら、視線鋭く。二秒と経たずに、視界に影が差す。明確に、東京湾上から弧を描いて飛来したであろう巨軀が、視線の先に着地する。
大型トラック以上の巨体が、衝撃もなく優美に降り立っていた。
速度と質量が、硬い路面と巨軀の双方へともたらすはずの致命的なエネルギー量を無視して、物理法則を殺し、少女のスカートがふわりとそよぐ程度の風だけを周囲数十メートルに撒まきながら。
人面だった。
獅子ししだった。
特徴的な頭飾りを被かぶった貌かおを有する、百獣の王たる獅子の身体。
巨大。巨体。巨軀。
圧倒的なまでの質量を備えた驚異の巨獣。
それは、ある種の神聖ささえ感じさせる静かな面持ちで、セイバーと愛歌を光のない双そう眸ぼうで見下ろしていた。
斥候か、尖兵せんぺいか。それとも再度の招待を告げる使者のつもりか。
「ライダーの獅身獣スフィンクス──」
セイバーの唇から巨獣の名が漏れる。
それは、この現代で大地を踏みしめるはずがないものの名だ。
古代ギリシャやバビロニアにて語られた伝説の怪物、人頭獅身の合成獣キメラ。更なる遥かな過去、数千年前の古代エジプトにあっては天空を司つかさどる神ホルスの地上世界に於ける化身、荒ぶる炎と風の顕現として畏おそれられた伝説の四足獣。
別名を、恐怖の父アブホールという。
地中海から西アジアにかけて数多の伝説を有する獣。
この場にいたのが未熟な魔術師であれば、咄嗟に「如何いかなる魔獣が召喚されたものか」と思い違いをするかも知れないが、到底、これが魔獣等の器に収まる道理はない。
では、何だ?
それは──
伝説の中に棲すむものだ。
幻想の中に眠るものだ。
神話の中に在るものだ。
幻想種。想像された獣。古き伝説の中でのみ語られる存在。
既知の生命に類しない、神秘そのものがかたちと化したこれらの存在は、魔獣、幻獣、神獣、等の位階によって区分される。
ならば、これは。この巨おおいなる獣は何か。
それは、魔を平伏させ、幻を討ち払い、聖なる威光を伴って地上に君臨するもの。
神獣──
竜種を除けば紛まごうことなき最上位に属する、聖なりし獣!
『■■■■■■■■■────ッ!!』
巨体の神獣が咆哮ほうこうする。
静かであったはずの顔が憤ふん怒ぬに歪み、敵意と共に人間と同じ形の歯を剝むき出しにした獣の表情を貌に貼り付けて、星の少ない空に吠ほえる。
晴海埠頭の静けさが、たちまち破れる。
「行ってくれ。愛歌。
私は、これを片付けてライダーの神殿へ向かう」
「セイバー」
「愛歌。頼む」
自分は、やはり典雅の騎士にはなれないのだろう。
半ば自動的に、戦闘に対して瞬時に特化される頭脳と思考の僅かな片隅で考える。
騎士の身を案じる少女に対して微笑みのひとつも浮かべるべき局面で、こうも、鋭く視線を怪物に叩き付けるのみ、とは。代わりに、セイバーは少女の腰に回した手を少しずらして、そっと肩に触れる。
「……わかったわ」
少女が、静かに頷く。
何かを言いたげに開かれた唇からは、肯定の言葉のみ。
いいや、お前たちのどちらも逃がしはしない。そう告げるかの如く唸うなり声を上げる巨獣を視線のみで制して、セイバーは不可視の剣を構える。
そして──
On a certain day in February 1991, early dawn.
Chuuouku District, Harumi Pier.
How should one compare, the shadows of the group of buildings which stretches across the coast line to?
Concerning the present era, since minimum information has been automatically brought, to they who hath materialized as Servants, it is said that we either fall down in impossible to understand confusion in front of seeing something for the first time, or we don’t even feel the shock of surprise towards the unknown―――but I’m unable to say it for sure.
‘Ah, I see.’ I guess he had become able to obtain a comprehension of some sort.
For example, about the scene before him.
In the darkness of the early dawn which was past midnight, the giant shadow that was formed by the Tokyo Bay Waterfront District’s high-rise building, even as he saw it contrast with the darkness of the sea beneath his eyes, Saber was not particularly surprised by it.
Harumi Pier.
Besides himself on the coastal roads, they were uninhabited.
Saber turns his gaze, towards the beyond.
Above the black Tokyo Bay―――
There, magnificently and even sublimely towering over the surroundings, he could see a figure of a glittering temple.
But it isn’t just one temple.
Many temples forms its majestic appearance by heaping them into multiple layers, making it an extra-large temple complex. If he assumes that all of the passageways which are visible to his eyes were something that actually exists and are not illusions, then he could measure it with his eyes that it’s something whose over-all length is easily a few kilometres. Its majestic appearance was as if it had fallen down on top of the sea, just like the starry night. In this city which has lost most of its starlight because of the light that filled the earth’s surface, it is far too ironic.
Without realizing it, he had become captivated by it.
He cannot say that he knows much, in the sense of only having knowledge of a minimum amount of things, and yet it shouldn’t be that greatly different from it and the shadow of the buildings running along the bay.
The cluster of lights floating on the sea, is beautiful.
Without restraining himself, the scene seemed worthy enough for him to value it.
But. However. That was not the shine of a real starry night.
It is merely reflecting the prana brought by the Heroic Spirit whom he must defeat along with its luminescence.
That name―――Truly, this is a large shining temple complex.
Manaka: “Rider’s Noble Phantasm, huh? I don’t, want to let you go into that kind of place.”
Saber: “Manaka.”
While calling out her name, he turns around to the Master beside him.
As she allows the temple’s glittering radiance to be reflected in them, his cloudy eyes were uneasily staring at himself.
For example, if the entirety of this city were not the battlefield for which he would cross swords on while seeking the Holy Grail, then as a knight, it made him believe that he should offer up a poem to her ―――to her eyes, which were filled with such loveliness.
It’s as if the wisdom of the stars dwelt there, in her eyes.
However, they are blurring. They are shaking uneasily.
Saber grasped, that the reason for it, was because of his apprehensions for what the girl was stashing away in the depth of her eyes.
Saber: “That temple was deployed in order to summon me. More precisely, me, Archer, and Lancer. Seeing that the movements of the other two are still unclear, at the very least I must go, otherwise, he might carry out his proclamation.”
Manaka: “You mustn’t. By yourself, how!”
Saber: “I am aware of the danger.”
Rider who can control many Noble Phantasms is a powerful Heroic Spirit even if he is an individual. Moreover, upon ascertaining that at least two of the giant beasts which had shown its might in the battle the other day were present inside of the temple on top of the ocean, it’s not hard to imagine that the temple itself is a threat to him.
That temple is, most likely something similar to a reality marble.
Noble Phantasms which are controlled by the Heroic Spirits who participate in the Holy Grail War are all powerful weapons in general, but Rider’s one is in a different order of magnitude. Literally, he can say that his opponent differs in rank from average heroes and great men. It could be a case, where he is just calling himself a “king among kings.”
And, that he is longing for such a title.
By settling it with Saber.
If he doesn’t respond to his “invitation” to his great temple which is visible from yonder, then he probably will turn the whole of Tokyo into a sea of fire without waiting for the dawn with his flying solar ship. Since Rider has just enough power to make that kind of violence possible, there is only a few facing him in number, but he really feels that this Heroic Spirit is not the kind of person who’d similarly drop threats of only lip service.
Tokyo. This, capital at the end of the east.
It’ll never be Britain to him, nor will the people who live there be his subjects.
Even so―――
Saber: “This is my selfish wish. I, I want to stop him!”
Manaka: “Really, I see. So, even you, can sometimes whine like a small child. “
Saber: “I’m so sorry.”
Manaka: “……. Please, don’t make that face. I’m the one who should’ve been able to do something for you as your Master.”
Quietly, the girl who is his master nods.
Originally, they were unbelievable words.
This very young girl, while serving as an enemy who should be defeating the head of a family of mysteries which are controlled by magi that crosses over dozens of names, the one who boasts that she’ll “do something about it by herself” and so on, even supposing that she had a natural talent for magic, no, first of all, he should probably judge whether she’s speaking the impossible. That family is in the mountain district of the western part of Tokyo, hiding in the depths of their magic workshop which has strong barriers stretched around it.
In a magical fortress, or even in a labyrinth full of death traps.
A frail girl, shouldn’t even be able to sneak in there. Even if she does accomplish it, there should be no way that she could challenge and survive a magic battle with dozens of magi as her opponents, all by herself.
But, Saber quietly informed the girl.
“Thank you.”
Since he already knew, the power of the Master who will face the Holy Grail War together with himself.
Manaka: “Honestly, geez! You really are a very egoistical prince, you know that.”
His Master―――
Manaka Sajyou, comes and nestles tightly close to him.
The girl’s green dress overlaps, with his blue and silver armour. It is undoubtably her intention, to not make him feel the weight of her body. Although they have gotten much closer recently, Manaka, has consistently never directly touched Saber by herself.
Manaka: “You really can’t get enough of saving others, can you? They’re so fragile and fleeting, humans that is.”
The girl’s pure white fingertips, the palm of her hand, turns towards his silver coloured breastplate. Like that she places her palm against his chest. The truth is, that is, while stopping a bit on the brink of it……
Manaka: “You always make me worry about you.”
Her cheeks puff up a little.
It was a charming gesture.
Were it not for this dark slaughter and so on, if it’s certainly fit for a flower garden with bright sunshine pouring in it, then it is the gesture of a flower that reminds one of brilliance and innocence. After that, all of a sudden, she looks up at Saber’s face in a ‘I just had an idea’ kind of manner.
Slightly, her expression darkens.
Manaka: “I worry about you. I worry, and worry, to the point where I might cry, but……”
As it is, with a smile on her troubled face.
Manaka: “But you know, the me who isn’t worried, is here somewhere in my heart too. Because I know you won’t lose, no matter what kind of Heroic Spirit you face. For the sword that you wield, will tear apart all of your enemies, the radiance that you flourish, will smash up all of your enemies. Hey, Saber. My Saber. Even if the Holy Grail War were to perhaps be carried out again, I―――”
Saber: “You won’t lose. To anyone, right”
Quiet words.
His voice fully melts, into the night sky where the few number of stars contrasts with the ocean’s surface.
Directly after that―――
The presence of a giant body, comes flying out. As if on reflex, he spins his arm around Manaka’s waist, taking to a defensive stance.
He counter-attacks without thinking, while planning only of the perfect defence for his Master, he sharpens his gaze. Without 2 seconds lapsing, the shadow is visible in his field of vision. The gigantic body which probably came flying drawing an arc from above Tokyo Bay, lands clearly, in front of his gaze.
Its huge body which is more than a semi-trailer, was easily landing without even so much as an impact.
Its speed and mass, disregards the lethal amount of energy which ought to be taken to both its giant body and the hard road surface, killing the laws of physics, while spreading just enough wind to softly rustle the girl’s skirt.
It was a human face.
It was a lion.
With a face that wore a characteristic headdress on it, it had the body of a lion which is the king of beasts.
Gigantic. A giant body. A huge frame.
A miraculous beast that was endowed with overwhelming mass.
It, with a quiet look which made one feel as if it had a type of sacredness to it, was looking down at Saber and Manaka with a pair of lightless eyes. A scout, or a vanguard? Or is it an intentional messenger who is here to inform him of his second invitation?
Saber: “Rider’s Sphinx―――”
The giant beast’s name escapes from Saber’s lips.
It is the name, of something which shouldn’t be stepping firmly on the earth in this modern era. A legendary monster spoken of in Babylonia and Ancient Greece, as a human headed-lion bodied Chimera. In the further distant past, in Ancient Egypt of a few thousand years ago, it was a legendary quadrupedal beast that was feared as the manifestation of raging wind and flames, the incarnation of Horus in the surface world who governs the heavens. Its other name, is said to be Abū al-Hawl[1].
A beast with many legends running from the Mediterranean Sea to West Asia. If an inexperienced Magus was the one in this spot, then they might have misunderstood it right away as “What kind of Monstrous Beast has he summoned,” however, there is utterly no reason to fit this into the container of a Monstrous Beast.
So then, what is it?
That is―――
A thing that dwells within legends.
A thing that sleeps within illusions.
A thing that exists within myths.
A Phantasmal Species.
A beast that has been imagined. A being only spoken of within old legends.
Not equal to any well-known life-form, these beings who have transformed themselves into the form of mysteries themselves, has been classified according to court rank into ‘Monstrous Beasts,’ ‘Phantasmal Beasts,’ and ‘Divine Beasts.’
In that case, this…... This great beast is something else.
It is something, that makes demons fall prostrate, destroys illusions, and governs the earth’s surface with its sacred might.
A Divine Beast―――Falling under the undoubtedly highest rank if one excludes dragon kin, it’s a holy beast!
Sphinx: “■■■■■■■■■―――――!”
The huge divine beast roars. Its face which should have been silent is twisting angrily, affixing a bestial expression with its teeth bared in a form similar to a human with animosity on their face, it howls at the sky with a few stars in it.
The stillness of Harumi Pier, gets torn in that instant.
Saber: “Go ahead. Manaka. I shall settle this and proceed to Rider’s temple.”
Manaka: “Saber.”
Saber: “Manaka. Please.”.
‘I guess, I shall probably never become a refined knight.’
Half-automatically, he thinks in a small corner of his thoughts and intellect which instantly specialized towards combat.
In a situation where he must show one smile towards the girl who is concerned for the knight's safety, like this, he just thrusts s a sharp glare at the monster.
In return, Saber slightly shifts his hand from around the girl's waist, to gently touch her shoulder.
Manaka: “……. I, I understand.”
The girl, quietly nods.
From his opened lips which just wanted to say something, are just words of affirmation.
“No, I won’t let any of you escape.”
Raising a roar as if he is telling him this, the giant beast merely controls his glare as Saber prepares his invisible sword.
And then―――
[1] Abū al-Hawl: Father of Terror
- Fragment - Ozymandias [1]
Japanese Raw
「ほう、ほう。面白い!
三騎どころか、単騎のみで余の〝獣〟を相手取ってみせるつもりか。
我が威光、我が栄光のほんのひとかけらとは言え、万軍さえ屠ほふる熱砂の獅身獣を」
東京湾上、大複合神殿。
主神殿最奥。不気味の巨大怪球を備えた暗がりの空間にて。
膨大な魔力回路を思わせる幾筋もの淡い光に照らされながら、王は微笑む。
「──いいだろう。ならば存分に足搔あがいてみせよ、光なきもの」
Rider: “Ho, ho. How Interesting! Far from 3, do they intend to prove that they can take on our “beast” with just one Servant? Although it’s a mere fragment of my power, my glory, to take on my lion-bodied beast of the hot sands which can massacre even entire armies……”
On top of Tokyo Bay, is a great temple complex.
Inside the deepest part of the main temple.
In a dark room with a giant mysterious ominous orb in it.
While being illuminated by the pale lights of a few veins which resembles enormous magic circuits, the king smiles.
Rider: “―――Fine then. In that case show me your struggle to your hearts content, O’ lightless ones.”
- Fragment - Arthur 1991 [9]
Japanese Raw
晴海、東京国際見本市会場。
敷地内大通り。
蹂じゅう躙りん、という言葉こそ相応しい。
巨大な脚であっけなく破壊されていく瀝青アスファルトの地面、着地の衝撃でひしゃげる大型トラックの群れ。老朽化が叫ばれつつあるとは言え、数千の人間を収容し得る施設の外壁が、獣の前脚で呆あっ気けなく砕かれるなどと、誰が思っただろう。
既に未明の時刻であるため、無人と思しいことが唯一の幸いか。
巨獣スフィンクスと剣士セイバーの戦いは、この、きわめて大型の展示用施設が建ち並ぶ領域へと及んでいた。
外観から予想される以上の破壊をもたらす爪が、牙きばが、驚嘆すべき速度で次々と繰り出されていく。天然自然の生物、たとえば虎や獅子の動作よりも遥かに迅はやい。巨体でそこまでの行動を行っているということは、末端部である爪や牙の速度はどれほどか。攻撃動作の後に響き渡る破壊音と衝撃波ショックウェーブが、驚嘆すべき現実を物語っている。
それらの攻撃を、路面を、壁を、屋上を、走り抜けながらセイバーは回避する。
重い攻撃を、回避。
迅い連撃を、回避。
すべてを躱かわしながら、視線はぴたりと巨獣の中央へ向けられている。対象の全体像を輪郭として捉えつつ反撃の機会を覗 うかがっているのだ。攻撃動作の癖であるとか、連続する攻撃の合間の呼吸であるとか、そういった〝隙〟を待っている。
だが。巨獣は、どうやら高い知能を有しているらしい。
飛行能力を活用し、立体的な機動で以もって全方位からの攻撃を変則的に続け、そしてその勢いが萎なえる気配は微み塵じんもない。セイバーが何を待っているのか、理解した行動。
そして、更には──
牽制フェイントさえ行ってみせる。
連撃のさなかに敢あえての無駄な攻撃。施設の壁を破壊し、破片を撒き散らす。魔力を伴わない攻撃を基本的には受け付けないサーヴァントとは言え、ある程度の〝魔力を有した攻撃のもたらす付帯効果〟には影響を受けることもある。
「……ッ!」
飛来する鉄筋コンクリートの破片を回避する、瞬間。
これまでに一度も行われなかった、四肢を用いた全速力での巨獣の突撃!
破片への回避行動を取り消しての再度の回避行動は、既に、間に合わない。ならばとセイバーは刀身の峰を盾に見立てて、己おのが身体の前に立てる。
完全回避ではなく、攻撃を真正面から受け止める防御姿勢──!
衝撃。重い。重すぎる。
不可視の剣を取り巻く宝具、風王結界インビジブル・エアに溜め込まれた風の魔力の段階的解放に加えて魔力放出を併用して尚なお、巨獣突進の打撃を受け止めきれない。全身がひび割れそうになるほどの衝撃がセイバーを襲う。金属音が何処かで響いたかのような錯覚は、骨格すべてが軋きしむ音か。
それでも、最後まで律儀にダメージを受ける彼ではない。
巨獣も、突進で施設外壁を幾つか砕きながら地面にでも叩たたき込みつつ、牙でとどめを刺すぐらいのことは考えているだろう。
(なるほど)
思考の片隅で、セイバーは納得する。
(大した、獣だ……!)
猛烈な勢いで剣から放たれる風が、向きベクトルを変える。真正面から受け止めようとする形から、受け流す形へと。同時に、セイバー自身はぐるりと横回転しながら、跳躍。ブーツ裏からの魔力放出も併用して、広い間合いを取る。
「……確かに」
短く、息を吐いて。
「ただの剣士であれば、きみには敵かなわないだろう。だが──」
──構えを、変える。
獣は、武具の間合いの駆け引きを行うこともなく、向けた刃の切先に怯ひるみもしない。
当然だ。敵は騎士でも兵士でもなく、矢でも戦車でもなく、魔術の徒でもない。荒れ狂う暴風が如き、尋常ならざる獣に他ならない。
故にこそ、セイバーは構えを変化させる。自らの数倍以上はある巨軀を備えた獣と相対するに、戦場を想定した剣技で挑むのは相応しくないのだから。
右足と左足の間隔を通常よりも広く取って、腰を低く落として。
両手に握った不可視の剣を右肩の上に掲げ、全身に力を籠こめる。
全身の鎧を解除。
踏みしめた大地を強く意識する。
この構えは──
神秘の巨獣を斃すためのものだ。
焦燥など、セイバーの蒼色の瞳には微塵も浮かばない。
当然だ。これをするのは初めてではないのだから。
自らの身長を遥かに超えて、爪のひとつ、牙のひとつが巨漢の戦士が振るう大剣や斧おのよりも重く、鋭く、迅い、人じん智ちを超えた怪物との殺し合い。つい先日にも同種の獣に遭遇したことを数える必要もなく、人を超えた存在、神秘がかたちを成したかの如きものどもとの戦いには、覚えがある。
邪竜、巨人、巨獣、そして、唸るもの。
祖国ブリテンを蹂躙しようと迫る邪悪な怪物の悉ことごとくを屠ってきた。
だから、そう、戦い方は既に知っている!
『■■■■■■■■■──ッ!!』
灼しゃく熱ねつの火炎。
破砕の大気。
時に、王の持つ力を体現するとも称される巨獣の咆哮が、刹せつ那な、敵を灼やき尽くし打ち砕く炎の竜巻ファイアストームと化してセイバーへと襲い掛かる。
剣士の構えに誘われたかにも思える、先制の、超常の一撃!
天空神ホルスの司る力の一端を具象化させたかの如き猛撃が、敷地内大通りの並木を瞬時に炭化させ、ドーム状の屋根を有した大型施設──東館を直撃する。その形状から特撮映画に登場する〝怪獣〟にちなんだ通称で若者たちに親しまれた見本市会場東館は、数秒と経たず、熱された飴あめのように融解した。
ならば、セイバーは何処へ?
炎に灼かれ、風に砕かれ、仮初めの肉体ごと霊核を失って雲散霧消したか。
いいや。違う。
見るがいい、巨獣の頭部を。人面が在ったはずの場所を。
其処そこには、今、ぽっかりと大穴が空いている。
己の体と剣を、弓に番つがえて引き絞られた一条の矢へと変えて、セイバーは炎の竜巻ごと巨獣の頭部を真正面から貫いたのだ。
だが、頭部の大穴の向こうにも剣士の姿は見えない。何処だ。貌を失った巨獣が、異常なまでの生命力で、脳の大半を失っただろう頭部をきょろきょろと巡らせる。
──上、だ。
上空約二〇〇メートルを舞う蒼銀の剣士が踏みしめるのは、夜の星空。落下運動のみならず、文字通りに空中の大気を蹴り込んでの加速、魔力放出による再加速を伴った第二撃を行う姿勢。既に、不可視の剣は大きく振りかぶられている。
この第二撃で、巨獣の両断を狙っているのは明白。
貌を失ったまま、巨獣が上体を跳ね上げる。頭部の損傷などダメージの内にも入らないとでも告げるように、魔力で赤熱化した両前脚の爪で剣士を狙う。
猛速の落下攻撃を行うセイバーを迎撃する、左右からの同時攻撃。
貌もなく、眼球もなく、視界など完全に失っているにも拘かかわらず、巨獣の爪はあまりに正確だった。速度も十分。魔力で編まれた鎧を装備していようがいまいが、この爪の前には意味もない。後は、最も早はや、大いなる主ライダーの敵を叩き潰すのみ。
左右の前脚が──
──赤熱した爪が、砕け散る。
──高速回転する不可視の剣。
──無慈悲なまでの刃の舞踏。
これもまた、蹂躙か。
切断とは呼べないだろう。
全力を込めた魔力放出と風王結界の併用で自らの体を剣ごと高速横回転させて、セイバーは、落下しながら巨獣の赤熱爪を削り取っていた。秒間にどれほどの回転を行ったのかを視認できた者はいない。既に、巨獣には貌も眼球もない。
更に、回転を続けながらの落下攻撃が、無貌巨獣の頭部から胴部までを瞬時に削る。
両断──
二等分断とは、言えまい。
「……さあ」
着地したセイバーが立ち上がった時。
炎と風の巨獣は、最早、四肢の残骸しか残っていなかった。
「約束通り。決着を付けよう、ライダー」
(第2巻へつづく)
Harumi, the Tokyo International Trade Fairgrounds.
Its premises on Main Street.
Undoubtedly the word “trampled,” is a very appropriate word for it.
An asphalt surface which has been abruptly smashed with giant feet, a group of semitrailers squashed by the impact of its landing.
‘Though deterioration is still being called out on it, to think that the outer walls of a venue which can accommodate thousands of people, would be abruptly smashed by a beast’s frontal legs is completely unbelievable and so on,’ or so someone would think.
Since its already the period of early dawn, is it solely lucky for him that it appears to be uninhabited?
The battle between Saber and the Sphinx, had reached, this, an area that is on par with an extremely large exhibition centre. Its claws which bring more destruction than he had predicted from their appearance, and its fangs, have been lunging at him one by one at a speed that ought to be admired.
It is far swifter than a natural creature’s, for example more than the movements of a lion cub or tiger. To carry out all of its movements so far with its giant body, how much speed do its fangs and the tips of its claws have?
The shockwave and the destructive sound which resounds after they executed their attacks, tell of a reality which must wonderous. While running across, the road surface, the wall, and the rooftop, Saber dodges those attacks.
He avoids, its massive attacks.
He avoids, its rapid consecutive attacks.
While dodging everything, he turns his gaze precisely towards the centre of the giant beast. The one who is waiting for an opportunity to counter-attack while grasping a complete picture of his target as an outline. Is it a quirk of its attack movements, or a breathing interval between its consecutive attacks, either way, he is waiting for said “gap.”
But. The giant beast, seems to somehow possess a high intelligence.
It employs its flying ability, to irregularly keep up its attacks from every direction with 3D manoeuvring, and there is not even the slightest sign of it losing that momentum.
What is Saber waiting for, an action that he understood.
And then, again―――
He shows that he will even execute feints.
A deliberate futile strike amidst the repeated attacks. It destroys the venue’s wall, scattering it into pieces. Although Servants basically can’t tolerate attacks that don’t include mana, they can be affected to a certain extent by the “secondary effects which are brought by attacks that have mana.”
Saber: “………ngh!”
He avoids the flying reinforced concrete fragments, in that instant……...
Something that hadn’t even been carried out even once before, a full-speed giant beast attack that used all 4 of its legs!
His second evasive action to cancel his evasive action to the fragments, is too late, he didn’t make it in time. If that’s the case, Saber chooses the back of his sword blade as his shield and raises it in front of his own body.
It’s not a perfect evasion, but a defensive stance which intercepts the attack from head on―――!
A crash. It’s heavy. Too heavy.
Using an additional mana burst at the same time as a gradual wind prana release which he stashes away in Invisible Air, a Noble Phantasm that encircles his invisible sword, he once again doesn’t stop to catch the giant beast’s rush blow. An impact that’s ostensibly enough to crack his whole body assails Saber. A delusion like one of a metallic sound echoing from somewhere, is it the sound of his entire skeleton creaking? Even so, it’s not him whose honestly taking damage at the end.
Despite slapping down on the ground while also smashing some outer venue walls with its charge, the giant beast, is probably thinking about provoking him into a finishing blow with its claws.
Saber: (I see.)
Saber comprehends, in a corner of his thoughts.
Saber: (It’s quite, the beast…….!)
The wind which releases from his sword with a violent force, changes its vectors. From its shape as it tries to stop it head on, it turns into a fending off shape. At the same time, while Saber side-spins himself around and around, he leaps. Using it in conjunction with a mana burst from the back of his boots, he takes to a wider distance.
Saber: “……...Certainly”
Briefly, he lets out his breath.
Saber: “If you were an ordinary swordsman, I’d probably couldn’t match you. But―――”
―――He changes, his stance.
The beast, without carrying out a strategy for the gap in his armour, didn’t even falter towards the tip of his pointed blade.
Naturally. The enemy isn’t even a knight or a soldier, is neither a tank or an arrow, nor did it even have pointless magic too. Like a raging storm, it is nothing more than an unusual beast.
Thus, Saber makes changes to his stance. After all to face off against a beast that is endowed with a giant body which more than a few times taller than himself, it is not fitting to challenge it with a sword technique that assumed a battlefield.
Taking the space between his left and right feet wider than usual, he brings his hips down low.
Hoisting the invisible blade which he held with both hands above his right shoulder, he charges it with all the power in his body.
He rescinds his full-length armour.
He is strongly conscious of the trampled earth.
This stance is―――
Something meant to kill a giant beast of mystery.
There are no expressions of impatience and so on, in Saber’s blue eyes.
Naturally. After all this is not the first time that he had to do this.
Far exceeding his own height, one claw, one fang is more heavier than an axe or a great sword which is wielded by a giant warrior, as sharply, quickly, he and the monster which surpassed human intellect try to slaughter each other. Without even needing to count the similar beasts which he had encountered just over the last few days, he has a memory, of a battle with creatures who had similarly achieved the form of a mystery, an existence which surpassed humanity.
Evil dragons, giants, huge beasts, and, things that growl.
He came and slaughtered all of those wicked monsters who tried to infringe upon Britain.
That’s why, yes, he already knows how to fight it!
Sphinx: “■■■■■■■■■■■■■■―――――!!”
Scorching flames.
The crushing atmosphere.
Occasionally, the roars of the beast that feigns and also embodies the power held by a king, instantly assaults Saber, by turning into a firestorm that fully burns and crushes its enemies.
Seemingly called by the swordsman’s stance, it’s a pre-emptive, supernatural blow!
A furious attack as if it’s made to embody a fragment of the power governed by the sky father, Horus, it instantly carbonizes a row of the main street premises’ trees, as it directly hits the east building――― of the huge venue with its dome-shaped roof. The east building of the trade fair venue which is commonly known to youths by its nickname which is associated with the “monster” who appears in special effects films because of its shape, melted like heated toffee, in less than a few seconds.
If that’s so, then where’s Saber?
Did he get burned by the flames, crushed by the wind, or vanished like mist as he lost his soul’s core along with his temporary body?
No. That’s not it.
Behold, the giant beast’s head. At the spot where its human face should be.
There’s, now, a huge gaping wide hole in it.
Changing his own body and sword, into a single arrow which has been nocked to a bow and drawn to its limit, Saber pierced through the whole firestorm and the giant beast’s head from right through the front of it.
But, the swordsman’s figure cannot be seen beyond the giant hole in its head. ‘Where is he?’ The giant beast who had lost its face, with its abnormal vitality, it starts turning its head which had probably lost a great deal of its brain and starts looking around restlessly for him.
‘―――He's, above me.’
What the sky silver swordsman who is twirling at approximately 200 metres in the sky is firmly treading on, is the night-time starry sky. In addition to a dropping motion, he is accelerating himself by literally kicking the air in the atmosphere, in a stance that’ll execute his second blow which is accompanied by a second acceleration triggered by a mana burst. Already, he is brandishing his invisible sword in a grand way. With this second attack, it’s clear that he is aiming to bisect the giant beast.
With its face still gone, the giant beast flips its upper body up. As if it is telling him that even damages to the head and such will not be received as internal damage, it aims for the swordsman with both of his frontal leg claws which had turned red-hot with prana. It counters Saber who carries out his rapid drop strike, with a simultaneous attack from the left and right. With no face, no eyeballs, nor regardless of whether it is completely losing its vision, the giant beast’s claws were too precise. They have plenty of speed too. Whether he is equipped with mana compiled armour or not, it doesn’t mean anything before these claws.
After all, he is no longer, just smashing Rider’s enemies.
Its left and right frontal legs―――
―――Its red-hot claws, shatter.
―――Against his invisible blade which is rotating at high speed.
―――Against his merciless dancing blade.
Is this also, an infringement?
He’d probably wouldn’t call it slashing.
Forcibly rotating his entire body and sword to the side at high speed by using the Barrier of the Wind King in unison with a mana burst that was loaded with his full power, Saber was scraping off the giant beast’s claws as he was falling. There is nobody who could watch how many rotations he had performed during those seconds. Already, there’s also no eyeballs or face on the giant beast as well.
Furthermore, while keeping up his rotations, his drop strike instantly scrapes from the faceless giant beast’s head to its torso.
Bisecting it―――
He cannot say, that he evenly divided it in two.
Saber: “……...Now.”
When the landed Saber stood up.
The beast of wind and fire, was no longer, only the traces of its limbs were left behind.
Saber: “As promised. Let’s settle this, Rider.”
(Continued in Volume 2)
Commentary - Yuuichiro Higashide
Japanese Raw
解説 (※注意 ネタバレを含みます)
──結論から言おう。桜井光は鬼畜生である。
「Fate/Prototype」とは、大ヒットPCゲーム「Fate/stay night」の原型とも呼べるものであり、「stay night」に使用されたと察せられる幾つかのネタを散りばめながらも、そのストーリーは大きく脚色されている。
例えば年代は一九九九年である。
例えば聖杯戦争は新宿で執り行われる。
例えばアーサー王は少女ではなく青年である。
例えば主人公である衛宮士郎は存在せず、沙条綾香という黒魔術師が主人公である。
……が、実のところ。あれやこれやは瑣末なことである(主人公とヒロインの性別が逆転していることですらも)。
最大のエラー、「stay night」との決定的な違いは──沙条愛歌という少女に集約されている。
彼女は恋に生きる少女である。
それも生半可な恋ではない。自分の一生、相手の一生全てを捧げ尽くす──ですら足りず、それが無関係の他人であろうが有害な敵であろうが無害な身内であろうが、悉く煮え立った鍋に放り込むが如き恋である。
それは、「stay night」で立ちはだかる敵たち全てが持ち得なかったもの。
ギルガメッシュは傲岸不遜の、世界最古の英雄王として戦った。
言峰綺礼は「真っ当なものに幸福を感じられない」という己の業に煩悶しながら、その業を以て衛宮士郎と対立した。
そこに、あどけない「恋心」などを抱いた者はいない。間桐桜は運命に翻弄されながらも、「恋心」と「姉への慕情」を抱いたが故に光の側への帰還を果たせたのだ。
それは沙条愛歌とは、真逆の方向性だ。恋は武器ではなく、(敵対者としては)弱点であったのだから。
「Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ」は、そんな彼女が主人公の物語だ。
執り行われる第一の聖杯戦争。愛歌は眉目秀麗な剣士セイバー、アーサーと共に聖杯戦争を勝ち抜いていく。
戦っていくのではない。勝つのである。それは神に近い視点からの蹂躙であり、敵対者はいっそ哀れなほどに消えていく──あるいは、敵対することすら放棄する。
聖杯への執念、サーヴァントたちが聖杯へ懸ける願望、魔術師たちの悲願。それらはただの「恋心」の前に、無惨に破れ果てていく。
愛歌は恋というただ一つの感情を方向性ベクトルにして、さながら弾丸のように飛んでいくのだ。一目散に、標的しか見えていないとばかりに。
しかし、残念なことに弾丸は破壊することしか能がない。頭蓋に直撃すれば脳漿が飛び散るは当然だ。グロテスク、スプラッタ、ゴア、スラッシュ──。
にも拘わらず、にも拘わらずだ。この物語はおぞましいほどに美しい。
恋に生きる少女は可憐で美しい。
額に口づけされて照れる少女は美しい。
アサシンを統べる少女は美しい。
恋をした青年のために料理をする少女は可憐ですらある。
桜井光の文章は流麗で美しい。
イラストレイターである中原氏のイラストも、一分の隙もなく美しい。
……だからこそ、逆に恐ろしい。
愛歌の行為は全く文句なく恋する少女のそれであるのに、読者はそこに恋の温もりではなく、恋の恐ろしさを突きつけられるのだ。
さて、「蒼銀のフラグメンツ」はあくまで「Fate/Prototype」の前日談である。
愛歌は背後から、聖剣を胸に受けて死亡する──それは確定した未来である。
愛歌が恋をした青年アーサーは、なぜ聖剣を己のマスターである彼女に突き立てたのか。それは未だに謎である。
愛歌が恐ろしくなったのかもしれない。生贄にされた綾香を救おうとしたのかもしれない。あるいは、愛歌との決定的な対立があったのかもしれない。
いずれにせよ、愛を歌う少女の恋は破れた。無敗無敵であったはずの「恋」は、聖剣の前に敗れ去る運命だったのだ。
惨く、残酷な話である──読者はそう思うかもしれない。
しかし、それはどちら側にとってだろう。
恋の前に無造作に薙ぎ倒された凡人の側か。恋そのものを失ってしまった少女の側か。もし後者を哀れに思ってしまうなら──それは、何て矛盾なのだろう。
誰より残酷だったはずの少女に、哀れみを抱かせるなど。
それ故に、やはりこう結論せざるを得ないのだ。
──桜井光は鬼畜生である、と。
Afterword - Hikaru Sakurai
Japanese Raw
後書き
聖杯によって叶えられる願いは、ひとつ。
対して、聖杯起動の魔術儀式に参加する魔術師と英霊の数は七人七騎。
すなわち、争い、戦い、殺し合い、最後に残る者だけが願いを果たす。
聖杯戦争。空前の絢爛にして絶後の死闘──
本作は、ゲーム、コミック、アニメーション等の複数媒体で展開中のTYPE-MOON作品『Fate/stay night』の原典小説を原案として形作られた、『Fate/Prototype』のスピンオフ小説です。一九九九年の東京を舞台として描かれる『Fate/Prototype』に対して、本作はその八年前──一九九一年の東京で繰り広げられた最初の聖杯戦争を、複数の〝断片フラグメンツ〟として紡ぐものです。
およそ十年前、『Fate/stay night』発表時のことは今でも覚えています。
伝説的な作品である『月姫』を手がけた奈須きのこさんと武内崇さんによる新たな商業作品が発売されるという報せに、業界全体が大きく揺れたように記憶しています。そこには大きな期待と予感があり、それは確かな現実となりました。
──胸躍る物語、魅力に溢れた人物、練り込まれた世界。
まさに衝撃でした。
そして、二〇一二年。TYPE-MOON十周年記念アニメーション『Carnival Phantasm』三巻の映像特典である『Fate/Prototype』を目にした瞬間、わたしは、あの頃と同じか、それ以上の衝撃を受けました。
『Fate』の原典となる存在について、それなりの情報は知っているつもりでした。けれども、映像の形で、そして『Fate/Prototype -Animation material-』に於ける奈須さん手ずからのシノプシスという形で〝珠玉の物語の断片〟として顕れたそれは、凄まじいまでの輝きを放っていました。
そして、その衝撃は、ずっとこの胸に在って──
気付けば、小さな〝物語の断片〟がわたしの中で芽吹いていました。
一九九九年の東京聖杯戦争に於いて運命的な再会を果たすはずの、ふたりの姉妹とひとりの騎士。沙条愛歌、沙条綾香。そして、第一位のサーヴァント・セイバー。
刃を交える以前、八年前、最初の聖杯戦争での三人の姿。
微笑む愛歌。
嬉しげにくるくると踊るその姿は、咲き誇る花のよう。
数奇な運命を経て、コンプティーク編集部、そしてTYPE-MOONさんの元へとこの断片は届きました。そこから先は、もう、驚嘆と奇跡の連続です。輝く断片を目にして紡いだほんの小さな断片は、奈須さんを初めとする方々のお力を得て、〝一九九一年の聖杯戦争〟を描き出す〝断片の物語フラグメンツ〟へと編み上がって行きました。
愛歌とセイバー、そして姉を見つめる綾香の物語。Little Lady。
本書に纏められた物語です。
きっと、断片を編むことはここで終わるものと思っていました。
けれど──
多くの応援をいただいた結果、〝断片の物語〟は更なる先へ続くこととなりました。
八年前の玲瓏館美沙夜とサーヴァントたちの物語。Best Friend。
二〇一四年九月現在、月刊コンプティーク誌上では『Best Friend』の連載が既に終了を迎え、更なる第三の断片である『Beautiful Mind』の連載が開始されます。
来月発売予定の第二巻では、書き下ろしの物語が収録されます。きっと、第三巻にも新たな断片が加わることでしょう。
本書、連載。そして今後の書籍。
数多の断片。物語の群れ。
いずれもお楽しみいただけましたら、無上の幸いです。
ここからは謝辞を。
奈須きのこさま、武内祟さま。『Fate/Prototype』の八年前を描くという桜井の無茶なお願いに対してご快諾いただいた上、相談や監修でも多くのお時間とお力を割いていただき、本当にありがとうございます。
中原さま。いつも、美しくも繊細なフルカラー・イラストをありがとうございます。今尚紡がれていく一九九一年の断片たちは、中原さんの絵によって確かな実体を得るのだと実感しています。
月刊コンプティークの小山さまと編集部・営業部の皆さま。ありがとうございます。
そして、この物語を楽しんで下さるすべての方々に、幾万の感謝を。
それでは──次の断片で。